見識を疑われるのはあなたのほうだ。

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 報道によると日弁連の法曹人口に関する緊急提言に関し、町村官房長官が、「見識を疑う」と発言したそうです。

 

 町村官房長官は、①法科大学院が法律家養成制度としては完全な失敗に終わっていること、②法律家の質の低下が極めて憂慮すべき事態に陥っていること、③訴訟事件も破産事件も減少しており、経済界も弁護士雇用をしなかったため、法律家の需要増加の予想が間違っていたこと、④司法制度改革は裁判官・検察官の増員や、大幅な司法予算の増大が前提であったにもかかわらず、司法予算はほとん増加していないこと、など、さまざまな事実を無視して「弁護士のエゴだ」と仰っているようです。

 

 町村官房長官ほどの方が、このような事実をまったく知らず、マスコミに迎合して事実と反する発言をされるとは考えられないので、ひょっとしてと思ってプロフィールを見てみると、文相・文科相を経験された方であることがわかりました。

 

 これまで法律家の養成は法務省・司法研修所が担ってきましたが、司法制度改革が法科大学院制度を導入した結果、法律家の養成過程の相当部分が文科省の管轄化にある法科大学院に移りました。つまり新司法試験を受験するためには原則として法科大学院を卒業しなければならないので、法律家になるためには文科省の大幅な関与を受けなければならなくなったのです。

 

 従来から、司法試験合格者を増加させると法律家の質が落ちるということは指摘されていました。ところが、文科省・大学は、質は法科大学院制度で維持できると主張し、マスコミもその主張を鵜呑みにしました(ほとんどの新聞が法科大学院の記事を書く際に、ほとんど必ず「優秀な法律家を養成するための法科大学院」と書き続けていました。さすがに最近はなくなりましたが。)。

 

 さて、実際はどうだったのでしょう。旧司法試験合格者と法科大学院出身の新司法試験合格者の双方を司法研修所で教育した教官に対するヒアリングからは、結論は明らかです。法科大学院出身の新司法試験合格者は優秀な方は優秀ですが、全体としてみれば明らかに質が落ちているのです。

 

 そうすると、文科省(そして法科大学院)としては、法科大学院制度で司法試験合格者の質は維持できると大見得を切った以上、「すみません、法科大学院は失敗でした。質を落とさないためには合格者を少なくするしかありません。」とは、なかなか言えない立場なのです。

 

 町村官房長官は「質が維持されるのは当然だ」とも発言されたそうですが、質がすでに大幅に落ち始めている現実を全く無視して(もしくは全く調査もしないで)発言していることは明白です。法務省のHPに公開されている委員会の議事録やヒアリングを読めば、一目瞭然に法律家の質が下がりつつあることはわかるはずだからです。

 

 町村官房長官は、その経歴からして明らかに文科省と近い方です。そして、町村官房長官がどのような立場でご発言されたのかはわかりませんが、少なくとも事実を無視して(もしくは確認せずに)、自分と関係の深い文科省の利益に沿った内容の発言をされる町村官房長官こそ、その見識を疑われるべきではないでしょうか。