冷蔵庫の音

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 普段気にされたことがある方はそう多くはないかもしれないが、電気冷蔵庫も音を出している。
 コンプレッサーが動き出す音、冷媒の流れる音、コンプレッサーの動作が止まった際に冷蔵庫が身震いする音など、実は冷蔵庫は意外に多彩な音を出している。
 しかし、冷蔵庫の音に関して、私は普段は気にすることは滅多にない。

 1人で留守番していて心細いとき、病気で楽しみにしていた旅行に行けず横になっているとき、どうしてもやる気が出ずに寮の部屋で学習机に突っ伏しているとき、失恋して泣き疲れぼーっとベッドの上に座り込んでいるとき、同い年の友人が亡くなったことを知り呆然としているとき等、私の記憶に残る冷蔵庫の音は、このような少し寂しく、やるせない気持ちを抱いている情景と、何故か結びついている。


 冷蔵庫の音に関するこのような感覚は私だけかと勝手に思っていたのだが、あるシンガーソングライターの曲を聞いていたときに、私との抱いている感覚をもっと的確に表現しているのではないかと思われる歌詞にめぐりあった。


 柴田淳さんの「変身」という曲だ。


「変身」 作詞・作曲 柴田淳

別れは一瞬だった こんな長く二人で歩いて来たのに
君が隣りにいること 当たり前のことではなかったんだよね

散らかす度 君に怒られてたのに
もうなにをしたって怒ってはくれない

二人じゃ狭すぎたこの部屋が こんなに広いとは思わなかった
僕が黙ってると 遠くで冷蔵庫の音だけ
静かすぎて寒いよ

無意識のうちに 僕は君と同じ人を求め続けていた
だから 君と違うトコ見つけたなら たちまち冷めてしまった

君が育てていた花に水をやる
君が消えないように ずっと 消えないように...

どうしても受け入れられないことがある
かけがえのないモノがある
それが困るなら 僕は変わるか終わるしかない
君の愛した僕を

それでも 心の片隅に隠して
僕はきっと生きてくだろう
誰と出会っても いつか誰かと結ばれようと
演じ続けてくだろう

君を忘れた僕を


(歌詞の引用ここまで)

 遠くで聞こえる冷蔵庫の音に焦点を当てることによって、寒いほどの静けさ、そして、その静けさを通して「僕」の後悔と喪失感と寂寥感が痛切な痛みを伴って伝わってくる。
 その後の歌詞も、今現在の「僕」ではなく、君と一緒だったからこそ、その存在でいられたときの「僕」、君が愛してくれた「僕」、を守り通したいという、純粋な願いとその裏に存在する「君」への忘れ得ぬ想い(祈りといっても良いかもしれない)が伝わってくる。


 柴田淳さんの鋭敏な感性に脱帽せざるを得ない。


 是非、お聴きになることをお薦めする。

 本日、日弁連から5月25日に開催される総会議案書が届いた。

 やはり、議案の最後に7号議案として、会員提案の議案が記載されている。

 ただし、7号議案の提案理由については、僅か19行の提案理由しか記載されていない。

 これに対して、7号議案に対抗する執行部の6号議案(2)は100行以上の提案理由が記載されている。まあ執行部は、後出しジャンケンができる立場なので、沢山理由が書けたのかもしれないが、会員への訴求力は、理由が充実している方が高い可能性がある。

 私は会員提案の7号議案について、どのような提案理由を記載して日弁連宛に提出されたのか全く知らないが、日弁連総会に対して会員の賛同を得ようとする提案であったろうから、本当はもっと詳しく書かれており、それを執行部が要約して記載したではないかのではないかとの疑念を持っている。まあ、これはあくまで推測なので、間違っている可能性もそこそこあるが、万一執行部が勝手に要約した(若しくは文字数を限定させるなどして要約させた)とするなら、これは問題だろう。

 しかし間違いようがないのは、会員提案議案については、議案書におけるフォント(文字の大きさ)が、執行部の提案・理由に比較して、明らかに小さく(2ポイントほどか?)設定されていることだ。

 そのせいか知らないが、会員提案議案は、弱い印象を受ける。ざっと議案を見てしまった会員であれば、フォントが違ってきているので、議案ではないと思って読み飛ばしてしまうおそれすらあるだろう。

 会員の議案提案が総会直前であり、印刷の都合上やむを得なかったとか、紙幅の関係でやむを得なかったというのであれば分からないでもないが、6号議案(2)は内容的には明らかに7号議案への対抗策であって7号議案提案後に作成された内容であることは丸わかりだし、7号議案記載のページには相当広い余白も残されているので、今回の場合、そのいずれでもない事は明らかだ。

 しかも見開きの左ページにフォントの大きな執行部の提案理由が記載され、その右側に7号議案が記載されているため、一目でフォントの違いは明確だから、校正ミスとの言い逃れも通らないだろう。

 となると、執行部は意図的に、かつ徹底的に会員提案議案を冷遇しているといわれても仕方がないだろう。

 議案も明らかにしない状態で執行部への委任状勧誘を行ったことも併せて考えてみると、そこまでやるか、ちょっと姑息すぎませんか、と私などは思ってしまうのである。

  会内民主主義って、一体何なんだろうね。

 

太地中学校のこと

 私が中学時代を過ごしたのは、太地中学校だった。
 太地中学校は、平見地区という高台にあり、灯明崎まですぐという、環境抜群、通学大変という地域にあった。


 私は、太地町の中でも平見地区とは、町の反対側の端の地区である森浦地区に自宅があったため、そこから自転車通学をしていた。森浦地区のみ自転車通学が許されていたため、結構うらやましがられたのか、通学路で軟式テニス部の先輩から雑草を投げつけられたこともあった。実際には、先輩達からのお下がりの少々くさいヘルメットの着用が義務づけられていた上に、雨などが降るとかなり辛く、友人と仲良くお話ししながら帰宅することもできなかったため、それほど羨ましいものではなかったように思う。

 小さな町であるとはいえ、町の端から端まで自転車をこぐ必要があったため、そこそこ運動量必要だった。また、1クラス35人程度の学級が学年に2クラスしかなく、生徒数は多くはなかった。

 そのおかげかどうか分からないが、東牟婁郡の陸上大会や駅伝大会に、選手として出場させて頂いたこともある。幸いにも、駅伝大会では3位に入賞し、賞状のコピーを頂いた記憶もある。

 学校自体は、木造平家建で、相当古かった。強い雨が降ると雨漏りがして、掃除用のバケツを雨だれ受けに使って凌いでいたような状況だった。

 また、風が通りにくい構造だったので、夏場は暑くて、窓枠から窓を外して、窓の外に置いて対応していたりもした(窓を開けても半分しか開かないため)。

 晩秋になり、日が落ちるのが早くなる頃、居残りで体育祭などの準備などで遅くなると、遠くに梶取崎灯台が、暗い太平洋に向けて灯火を投じる姿も見えた。なぜだか、私には、灯台が黙り込んだまま、そこにいるように感じられた。

 みんなが思春期だったこともあり、猿が集団で順位付けをするために争うように、意味もなく尖ってみたり、いわゆる不良に絡まれかけたり等、良い思い出ばかりというわけではない。しかし、思い返してみれば、校長先生がしょっちゅう芝を刈ったり、廊下にニスを塗っていたり、住み込みの用務員のおばさんが猫を何匹も飼っていたり、汲み取り式のトイレだったり、おそらく現代では考えられないような中学生活だった。もう、霞のかかったような記憶で、対象が誰だったのかもよく思い出せないが、同級生の女生徒に意味もなく一方的にドキドキしたことや、下級生からラブレターをもらってすぐ近くの灯明崎の神社に呼び出されたりしたことも、なんだか懐かしい思い出だ。

 私達が卒業した後、鉄筋の校舎が立てられ、居住性は格段に増したようであるが、現在では、過疎化が進んで、私達の頃からすれば、生徒数も3分の1程度になってしまったと聞いた。

 帰省したときは、ときおり、わざと近くまで行って校舎を眺めると、自分は変わっていないつもりでも、何もかも変わっていくのだ。そして、もうあの頃には戻れないのだ、と少しだけ、センチになったりする私がいる。

 現在、大阪弁護士会の常議員会では、5月25日に高松で開催される日弁連定期総会において、大阪弁護士会にも投票権があるので、その投票権をどのように行使するかについての議案が出されている(現在討議中であり決議は来週の常議員会)。

 さて、4月19日のブログにも書いたが、執行部は定期総会の議案の内容も明確にしないうちから、委任状勧誘のFAXを会費を使って全会員に送付した。

 その4月19日に届いたFAXによれば、6号議案は「宣言・決議の件」とだけ書かれており、どのような内容の宣言・決議を行うのか全く分からない。そのような状況でありながら、執行部としては、弁護士に、執行部宛の委任状を出して欲しい、という内容だった。

 簡単に言えば、「あんさん(一般会員)は、中身なんぞ知らんでもかましまへん、執行部があんじょうしたるさかいに、執行部宛に委任状だしとき」

 という扱いだ。まあ、完全に会員をなめきっていると言っても過言ではないだろう。

 執行部が何を考えてこんな変てこな委任状集めをしたのかについて、常議員会で日弁連副会長でもある大阪弁護士会の会長に質問しておいたので、ひょっとしたら次の常議員会で説明してもらえるかもしれない。

 それはさておき、大阪弁護士会の常議員会では、もちろん上記のような内容不明の議案では、賛否の議論することは不可能なので、総会議案書が取扱注意で配布されている。取扱注意なので、もちろん公開することは現段階ではできない。

 だが、大まかに言えば議案書の内容によれば、6号議案は二つに分かれ、

6号議案(1)は憲法9条改正に関するもの、

6号議案(2)は、「安心して修習に専念するための環境整備を更に進め、いわゆる谷間世代に対する施策を早期に実現することに力を尽くす決議(案)」

 とされている。

 

 ざっと見たところ、6号議案(2)は、7号議案を緩やかにして、谷間世代救済については日弁連の努力義務にしておこう、というような内容に読めた。

 私の見る限り日弁連執行部とべったりな大阪弁護士会執行部(大阪弁護士会の会長は日弁連副会長を兼任するのが慣例)の意見は、もちろん6号議案に賛成し、7号議案に反対というものであり、おそらく次の常議員会では賛成多数で、日弁連執行部と同じ立場での議決権行使と決議されるものと思われる。

 私個人の感想だが、6号議案(2)を提出するやり方は、法曹人口問題の時と同じく、日弁連執行部が会員を丸め込むために行う伝統的な常套手段だ。

 つまり、執行部から見て過激と思われる提案が会員からなされた場合、実質的には実効性をそぎ落としているものの、方向的にはよく似た提案をぶつけて、委任状を集め、会員提案をつぶすのだ。

 そして、努力規定化されてある執行部案は、その後はほとんど実行されず、実際にはかけ声だけに終わる。後に会員から批判を受けても努力規定だからとか、努力はしたとか、言い逃れができる。

 

 伝統的に行われているということは、変わりばえはしないが、日弁連総会の対策としては、極めて有効であるということでもある。

 ちなみに、先の常議員会で、執行部は谷間世代救済について考えているようだが、裁判官、検察官について、どのような動きがあるのか把握しているかと質問したところ、大阪弁護士会執行部の返答は、「そのような話は聞こえてきていない。」というものだった。

 いや、谷間世代の問題が法曹全体の問題であり、その対応について真剣に考え、6号議案(2)のように、力を尽くすというのなら、聞こえてくるかどうかの問題ではなく、積極的に聞きに行くはずだろう。まあ、上記の返答からしても、おそらく日弁連執行部は、いくら「力を尽くす」と本気っぽい書き方をしていても、本気ではない可能性が高いと私には思われるのである。

 私は、残念ながら、裁判期日が入っており総会には参加出来ないが、実りのある議論が総会でなされることを期待している。

「銀河英雄伝説」~田中芳樹著

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 銀河・英雄・伝説と広大・偉大・そして歴史を全て含んだ、えらく大上段に振りかぶった題名だが、その名に恥じぬ内容で、いわゆるスペースオペラ小説としては、実に面白い。最近再読したが、やはりその面白さは変わらなかった。

 私が知人に勧められて初めて読んだのは、40歳過ぎの頃で、約10年ほど前に出版されたと思う創元SF文庫版だったが、文庫本で10巻にわたる長編だ。その他にも外伝が5巻存在する。この小説を読み始めたときは、小説を読める通勤電車の行き帰りの時間が、とても待ち遠しかった覚えがある。

 小説の中では、実に様々な人物が、銀河帝国側と自由惑星同盟側で登場し、活躍する。

 まだ未読の方の楽しみを奪うかもしれないので、あまり内容に触れることは避けたい。また、未読の方で、興味を持たれた方は、ここでブログを読むのを止めて、銀河英雄伝説の第1巻を手に取るべきだ。

 登場人物の人気投票を行えば、おそらくトップ3は、帝国側の常勝の天才ラインハルト、同盟側の不敗の魔術師ヤン、そしてラインハルトの腹心であり親友でもあったキルヒアイスで占められるのではないかと思うが、それ以外の個性豊かな登場人物の誰かに自分をなぞらえて、作者の紡ぎ出す銀河の歴史をたどるのも楽しいものだろう。

 

 私が自分を登場人物になぞらえるなら、客観的な年齢からいけば、そこまで昇進できるかどうかは別として、ビュコックかメルカッツあたりになるだろう。客観面を無視して最大限に自分を美化することが許されたと考えても、主人公の器でないことは自覚しているので、僭越ながら性格的にはミッターマイヤーあたりではないかと思うのだが、実は、とても自分には真似ができないという点で秘かに憧れるのはオーベルシュタインであったりもする。

 以前アニメ化もされており、クラシック音楽をBGMとした銀河英雄伝説のアニメーションを深夜に御覧になった方も多いはずだ。

 最近、新しく「銀河英雄伝説 Die Neue These」が製作されており、深夜に放映されている。旧アニメ版と比較すると、キャラクターのデザインは旧アニメ版の方に分があるように思うが、艦隊どうしの戦闘シーンなどはおそらくCGを駆使した、新アニメ版の方が遥かに良いように思う。

 大ベストセラー小説であるが、ベストセラーだからと毛嫌いせずに、ご一読をお薦めする。

 

 


 5月25日に高松市で行われる、日弁連定期総会が、荒れるかもしれない。


 司法修習時代に貸与制となり、無給で司法修習を送らざるを得なかった、いわゆる谷間世代(新65期~70期)に対して、最高裁は今年1月から最初に貸与を受けた新65期に対して返還請求手続きを開始した。

 これに対して、弁護士802人が発議して、日弁連総会で最高裁に対して返還請求を撤回するよう、日弁連として宣言することを求める議案(第7号議案)を出したのだ。7号議案を提出した団体から、(おそらく全会員向けに)4月17日付けで賛成を求める委任状勧誘のファクシミリが届いている。


 もちろん、会員に向かって、給費制復活、谷間世代救済を旗印に掲げてきた日弁連なら、本来賛成してもおかしくはないはずだ。
 しかし、日弁連執行部は、決して7号議案に賛成しないだろう。


 かつて私は、2月22日のブログで、谷間世代に対する救済として会費減額は筋違いであると主張して次の通り記載した。

(引用開始)
 結局、谷間世代救済のポーズをとって弁護士会費を減額させることにより、給費制復活・谷間世代救済を目指して頑張っている委員会・本部が行っている国に対する活動に対し、結果的に水を差す(沈静化させる)こと、が隠れた本当の目的なのだということが一番得心がいくように思う。

 少ない司法予算の制約もあってだと思うが、修習生に対する給付金制度導入と引き替えに、日弁連は谷間世代の救済を切り捨てることに合意した。そして、自ら一度は切り捨てに合意した以上、谷間世代の救済を、再度(本気で)国に求めるような「ちゃぶ台返し」は、さすがの日弁連執行部としても、おそらくはできなかったのだろう。

 かといって、日弁連執行部としては、日弁連会員の一万人(20%以上)ほどを占める谷間世代に対して、正直に、「将来の修習生のために、苦渋の選択で君たちの救済を切り捨てました」とも言えなかったのではないか。

 だからこそ、小原会長の常議員会での説明にも「法曹三者の信頼を維持するため」という、一見不可思議な理由が出てきたのだろうと推測する。

 しかし、もしそうだとすれば、給費制復活、谷間世代救済について日弁連は形式的には支援するように見せかけながら、一方で単位会を使ってその実質的な弱体化を積極的に進めることになるのだから、真剣に給費制復活・谷間世代救済に向けて活動されてきた方々に対して、極めて欺瞞的な行為だと言えないだろうか。
(引用終わり)


 日弁連執行部の、7号議案に対する態度で、日弁連執行部の意図が、かなりはっきりと見えることになるだろう。
 総会で、日弁連執行部が、「将来の修習給付金の獲得のために谷間世代を切り捨てた。でも谷間世代救済を求める君たちに話す勇気がなかった。日弁連として対外的に一度は君たちの救済について切り捨てに同意した以上、君たちを救済しろと対外的に本気では言えないのだ。本当に申し訳ない。」、等と謝罪・土下座でもすればともかく、そうでなければ、「法律でそう決まっている以上、仕方がない」等、執行部は苦しい言い訳を強いられる可能性があるように思う。


 仮に「法律でそう決まっている以上、仕方がない」という理屈がとおるのであれば、死刑廃止論だって、「法律に死刑の規定がある以上、仕方がない」といわれれば、それで執行部は「はい、そうですね」といわないと、一貫しない。
 


 と書いていたら、早速日弁連から、定期総会に関する委任状勧誘のFAXが本日届いた。

 私の記憶では、通常なら、日弁連総会の議案と提案理由を記載した小冊子と一緒に委任状が閉じられて配布されていたように思うのだが、今回の執行部からは、議案や提案理由が記載された小冊子も届かないうちから、委任状勧誘だ。しかも、FAXの宛名は会員各位になっているから、全会員に対して会費を使って行っているものだ。


 7号議案提案団体に対する、明らかな対抗意識がすけて見えるといえば、執行部は反論するかもしれない。


 それでも、会員に議案の内容を周知させていないうちから、執行部宛の委任状を勧誘するのは、「議案内容は知らなくても良いからともかく執行部に委任してくれ」、「悪いようにはしないから盲目的に執行部を信頼してくれ」、ということであり、なりふり構わずに、会員発議の7号議案をつぶそうという意図があるように、私には、見えてしまう。


 こんな執行部の自己防衛・ごり押しを会費を使って行われたら、やってられないと思う会員も多いはずだ。


 悪いようにしないとは、ホントは悪いようにするときにこそ、使う言葉だ。


 弁護士の皆さんは、よくよく考えて委任状を提出して頂くようお願いします。

(前回の続きです)

 

 今回は、ロースクール擁護派の伊藤委員(山梨学院大学法科大学院客員教授)の発言を見てみます。

 

「(自分は検事を辞め、弁護士登録し、法科大学院客員教授になっていることを述べたあと)私はずっと前からこの問題を考えるときに,所詮この給費制・貸与制というのは司法試験に合格した人の話ではないかと。だから,余り感動を覚えないんです。特に地方の法科大学院などへ行っていますと,受かるか受からないか分からない。当初の合格者の数も当てにならない。しかも合格率も予想していた数字とは全然違うということで,とにかく受かりたいから来たと。だから,受かった先にお金をもらえるか,もらえないかということについては,学生はほとんど関心がない。それよりは,とにかく約束どおり数字をきちんと保障してくれて受かるような体制をつくってくれというのが彼らの一番の声ではないかと私の周りの人たちは言っております。つまり,受かって給費してもらえるか貸与してもらえるかという人よりはるかに多くの人たちが法科大学院に入りながら,恐らく三振でアウトになって外れていってしまう。その人たちのかかったものをどうやって補償してやるのかということのほうが私にとっては心配だなと。ですから,言いかえれば,言葉は悪いですが,もしそういう受かった人にくれてやるようなお金があるのなら,法科大学院で勉強し,司法試験に合格し,かつ就職する,そういう法曹養成教育全体に対して何らかの支援を考えるべきではないかと考えます。」(下線は坂野が注記)

 

 あ~あ、またもや、法科大学院にとりすがった方の、利権擁護発言としか思えないなあ。

 

 どうして合格率が当初の目標まで届かないかというと、あっちこっちの大学がバスに乗り遅れるなとばかりに教育体制も整っていない状況であっても法科大学院を乱立させ、それを維持しようと意地を張っていることと、厳格な卒業認定が出来ていないからです。

 

 バカみたいに法科大学院の乱立を認可した文科省などは、確か、競争させて法科大学院を淘汰すればいいと言っていたように記憶していますが(法科大学院協会だったかな)、私の記憶が確かだとして、どれだけ淘汰されてますかね。募集停止はまだまだ、姫路獨協くらいじゃないですか。

 

 乱立させておきながら、約束した淘汰をしないから、ロースクール生が溢れ、合格率が下がるんです。小学生でも分かる理屈でしょ。

 

 そればかりではありませんよ。先日、大阪弁護士会法曹人口・養成検討部会では、山梨学院大学より遥かに偏差値の高い関西有力大学ロースクール2校の実務家講師においで頂いて、 実情をお聞きしました。その先生方に、本音のところ、卒業させて実務家にしても良いとお考えのロースクール生はどれくらいいるのかお聞きしました。

 

 詳しくは言えませんが、お二人平均で、上位4分の1くらいなら、とのお話でした。

 

 ただし、お金を頂いて教育しているのだから諸般の事情から、厳格に卒業認定してダメな人を落とすことは出来ないのが現状だとのことです。実務家教員は学者教員と違って、実際に司法試験に合格して合格者のレベルを知っているから分かるんです。司法試験に合格していない学者教員は合格レベルなんてさっぱり分かっていないはずですよ。

 

 仮にお二人の平均をとっても、上位4分の1ですから、少なくとも関西有力法科大学院と同じレベルのロースクールは、厳格な卒業認定をするなら、本来成績上位4分の1以下の方を卒業させてはならんというのがスジです。

 

 おそらく伊藤委員の法科大学院なら、卒業認定できるのは、それ以下の数になるはずです。

 

 これが国民に約束したロースクールの厳格な卒業認定ではないのでしょうか。そしてこの厳格な卒業認定をやれば、合格率は相当上がりますよ。だって受験者が4分の1になるんだから。

 

 ロースクールの淘汰や、厳格な卒業認定という国民への約束も守らずに、ロースクール卒業生の当初予測された合格率だけ守ってくれって、なにわがまま言ってるんですか。子供じゃないでしょ。有識者でしょ。

 

 さらに言えば、ロースクール乱立状態になった時点で、当初の予測された合格率が実現不可能であることくらい、高校生でも分かります。自分の一生をかけた法科大学院進学時に、それが分からなかったと仰るのであれば、法曹になる以前に、状況把握する一般的な能力が欠けてしまっているといわれてもしょうがありません。

 

 三振アウトの人が多く生じてその方々を救済する必要があるというのであれば、法科大学院が責任を持って売り込めばいいじゃないですか。法科大学院関係者や法的ニーズを研究する社会学者の中には、まだまだ法的ニーズはあると仰ってる方がたくさんいらっしゃいますよ。少なくとも厳格な卒業認定(すなわち学生の品質保証)をして、卒業させているのだろうし、法科大学院の目標でもある幅広い教養や豊かな人間性も身についているのだろうから、本来社会では、ニーズもあって品質保証された人材がいれば、当然引っ張りだこの状況にあるはずではありませんか。もし売り込めないなら、ニーズがあるという主張が嘘であるか、法科大学院の厳格な卒業認定が嘘であるか、いずれかでしょう。

 

 どうしても、就職できないなら、ご自分の大学でお雇いになったらいかがですか。法的素養も自分の大学が保証しているわけだし、まさか厳格な卒業認定していながら能力不足とは言わんでしょう。

 

 残念ながら、伊藤委員のこの発言部分は、私には、法曹養成がどうなろうと構わんので、ロースクールの尻ぬぐいを税金でして下さいというお願いにしか読めません。

 

疲れてきましたが、もう少し続けます。

 


「それからもう一つは,先ほどの井上先生のお話にもありましたけれども,この問題は結局同じことを議論しているのです,昔の話と。ですから,国が一回決めたことはきちんとやってみるということが必要だと思うのです。法曹に対する信頼あるいはいろいろなものに対する信頼というのは,約束したことをきちんと守るというところに一番あるのではないかと思うわけです。若い優秀な人たちが法律家の世界へ来なくなっているという話が前回も出ていましたけれども,その大きな理由は,我々があるいは国が約束したことを守っていないからではないか,そういうところに問題があるのではないかと。」

 

 あのね、一度決めても間違っているならやらない方がマシなんです。過ちを改むるに憚ることなかれ。過ちを改めざるこれを過ちという。は古今の名言。まさか知らないとは言わせませんよ。給費制を貸与制に変更するにしても、法科大学院制度を含む法曹養成制度が上手くいっていることが前提だったのではないですか?

 

 それに優秀な人材を集めるためには、約束を守ることではなくって、お金をかけるか、権力を与えるか、名誉を与えるか、くらいしかないと思いますよ。それ以外にあるなら是非教えて下さいな。約束を守るだけでヘッドハンティングが出来ますか?もちろん法務博士なんて名誉でもなんでもない。どの弁護士も肩書きに入れていないと思いますよ。誰も格好悪くて使えない博士号でしょ。

 

 都合の悪いところを無視して、自分の主張だけ言いつのるのなら、中学生だって出来る。伊藤委員にも、もっと大人の議論を期待したい。

 

  


「それから三つ目は,弁護士会はいろいろおっしゃいまして,その弁護士会の皆さんのお気持ちも分からないわけではないのですけれども,私が感じたのは,今回の調査でも回答率が13.4%と言っていますね。つまり,自分たちは余り関心がないのではないか。とにかく,弁護士会全体の問題として,弁護士全体の問題として,そんなことはあまり考えていないのではないかと感じざるを得ないなと。」

 

 この点に関しては、正しい指摘かもしれません。これは、おそらく、弁護士会がこれまで一般会員の意見を無視して派閥の力学で、これまでの日弁連の意向を決定してきた経緯が大きく影響しているようにも思えます。

 

 しかし、よくよく考えてみて欲しいのです。

 

 今、弁護士として活動している人間にとっては、極論すれば給費制は自分の問題とは全く関係ないのです。あくまでこれから法曹を目指そうとする方について、給費制を論じているのですから。

 伊藤委員に即していえば、伊藤委員が法科大学院を退官されたあと、その法科大学院教員の待遇がどうなろうと伊藤委員は普通関知しないでしょう。

 そこを敢えて、弁護士が忙しい中、13.4%も回答を寄せたということは、どのような意味があるのか、今一度考えてみて欲しいのです。

 

 

 まさかその意味も分からずに、伊藤委員が有識者を名乗ることはされないだろうと思うから。

 

 

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません

法科大学院等特別委員会における、議事録が一部公開された。

その中で井上座長が、法曹志願者の減少は司法試験の合格率が低いことが原因だとの趣旨を述べている。私は7年近く前に、井上座長の認識は誤っていることを指摘したつもりだが、一向に認識は変わっておられないようだ。

以下に過去の私のブログを参考までに掲載する。

(以下過去のブログ記事)

 法曹養成フォーラムの第3回議事録が先週末に公開された。

 http://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/housei01_00056.html

 

 私は例によって、法科大学院維持派の委員に注目しているが、今回も井上委員と伊藤委員、鎌田委員が吠えている。

 

井上委員

「(貸与制は自分も関与し一生懸命考えた良い制度だと自画自賛し、給費制維持の主張は不可解と論じた上で)

 もう一つ,志願者減の話を川上オブザーバーはされたのですが,御発言の中でいみじくも言っておられたように,志願者が減っている最大の原因は,司法試験合格者の数が低迷というか伸び悩んでおり,合格率が下がっているということにある。社会人については特にリスクが高いわけで,そこに主因があるのに,日弁連では,他方で,合格者数を更に削減すべきだということをおっしゃっており,言っておられることが矛盾しているとしか思えません。また,法科大学院から司法試験,司法修習を経て法曹資格を得るまでに全体として5年間という長期間を要するという御指摘も,それはそのとおりなのですけれども,制度改革以前の状況を考えてみますと,大学在学中から司法試験に挑戦して受かるとしても,30歳前後になってようやく受かる。しかも,合格率は3%くらいでしかありませんでしたので,多くの人はそれでも受からなかった。その何年もの間どうやって受験勉強をしていたのかというと,多くの人は予備校に行っており,その費用だけでも当時の額で数十万円から100万円を超えるという状態で,これ以外に生活費等が当然かかっていた。例外的な人はいましたけれど,多くの人はそれくらいの状況におかれていたのです。それに比べて今の制度の方が,もちろん万全とは言えないですけれども,相当に整備され改善されていると私などは思っています。実際に学生たちと話して,なぜ法科大学院を選ぶ人が減ってきているのかと聞くと,司法試験に受かった後の給費制・貸与制の問題ではなく,それより前のほうのハイコスト・ハイリスクにあるという答えが返ってきます。ロースクールにお金が掛かるのに,司法試験に受かるかどうか分からない。こういった状況がコストに比べて非常にハイリスクだということなのです。ですから,そこのところをどうやって手当てしていくかということが,むしろ肝要なのではないかと私は考えます。」(下線は坂野が追加)

 

 あ~あ。どうしてこう学者の先生って、ご自身の見込み違いを認めることが出来ないんでしょうか。エライ先生ほどそうなのかなぁ。

 

 未だに、井上委員は、法科大学院志願者減少の原因を、新司法試験合格率の低迷に求めている。

 

 まず、司法試験は、法律で、「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」(司法試験法1条1項)と決まっている。つまり、どんなに法科大学院がいい教育を仮にしていたとしても上記の学識と応用能力がなければ、どれだけ井上委員が法科大学院擁護を述べても合格させることは出来ないのだ。

 

 当たり前だ。法曹になるために必要な学識と応用能力が認められないんだから。

 

 そればかりか、実際の採点委員の意見によると、こんなレベルで実務家登用試験に合格させて良いのか不安に思う。という趣旨の意見もあるくらいだ。

 

 法的三段論法すら出来ていない答案が多いとは、法科大学院教育の崩壊を示す指摘でもある(平成21年度新司法試験採点雑感に関する意見参照)。フォーラムの有識者委員には、せっかくその資料をお送りしたのに、無視されたのかなぁ。それともエライ先生には、新司法試験考査委員の意見など、捨て置けという、おつもりなんだろうか。

 

 現実を見ない点では、もっと問題があるように思うんだけれど。

 

 何度も指摘しているが、井上委員が指摘している旧司法試験は、合格率が2~3%だったが、志願者は年々増加していた。合格率が志願者の数を決めるのであれば、当然旧司法試験の志願者は減少していなければならないんじゃないのだろうか。こんなかんたんな質問に、エライ学者さんは答えてくれない。奥島氏もそうだった。

 

 旧司法試験についても、合格者の平均年齢は30歳にはなっていなかったはずだ。

 

 平成元年からの司法試験合格者平均年齢は、私の資料によると以下のとおり。

 

 平成元年  28.91歳

 平成2年   28.65歳

 平成3年  28.63歳

 平成4年  28.22歳

 平成5年  28.29歳

 平成6年  27.95歳

 平成7年  27.74歳

 平成8年  26.35歳(但し、この年以降若手優遇枠~いわゆる丙案~あり)

 平成9年  26.26歳

 平成10年 26.96歳

 平成11年 26.82歳

 平成12年 26.55歳

 平成13年 27.42歳

 平成14年 27.52歳

 平成15年 28.15歳

 平成16年 28.95歳

 平成17年 29.03歳

 平成18年 29.33歳(旧試験)    28.87歳(新試験)

 平成19年 29.9歳(旧試験)     29.20歳(新試験)

 平成20年 29.8歳(旧試験)     28.98歳(新試験)

 平成21年 29.5歳(旧試験)     28.84歳(新試験)

 平成22年 28.8歳(旧試験)     29.07歳(新試験)

 

 なんのことはない。新制度になっても、30歳前後になってようやく合格することには変わりがないのだ

 

 しかも新制度だと、法科大学院を卒業しなければ受験すら出来ない制度であるため、法科大学院通学~卒業のための費用がどっかとのしかかる。仕事も辞めなければ法科大学院にはまず通えない。5年間で三回失敗すれば受験資格さえ失われ、かけてきた費用は丸損だ。

 

 旧制度だと、仕事をしながら何度でも受験できた。つまり職業を持っている人は仕事を辞めて法科大学院に通う必要がないので、受験しやすかった。優秀な人間は長時間の回り道(法科大学院)を通らずに済んだ。当然法科大学院に支払う高額な費用も不要だった。自分の仕事と収入の範囲内で、司法試験に時間と費用をかけて実力を身につけチャレンジすることが出来たのだ。

 

 さて、どちらがより公平で、開かれた制度であり、どちらがよりリスクの大きい制度であり、どちらがより多くの多様な人材が法曹界を目指すことが出来たのかは、おつむの偏ったエライ先生方以外は、もうお分かりのはずだ。 

 

 いみじくも井上委員本人が、言っているではないか。

 

「実際に学生たちと話して,なぜ法科大学院を選ぶ人が減ってきているのかと聞くと,司法試験に受かった後の給費制・貸与制の問題ではなく,それより前のほうのハイコスト・ハイリスクにあるという答えが返ってきます。ロースクールにお金が掛かるのに,司法試験に受かるかどうか分からない。こういった状況がコストに比べて非常にハイリスクだということなのです。」

 

坂野注(井上委員は無視していますが、坂野としては、新人弁護士の就職難・低収入化など、リスクとコストに見合ったリターンが見込めなくなってきた面も相当強いとは思います。

 

 それなら話は簡単だ。ロースクール制度を止めればいいじゃないか。

 

 都合の悪いところを無視して、自分の主張だけ言いつのるのなら、中学生だって出来る。井上委員には、もっと大人の議論を期待したい。

 

 

(余力があれば続けますね)。

 

 

※記載内容については、全て執筆者の個人的な見解に基づくものであって、当事務所の統一した見解・意見ではありません。

京大グライダー部 OBトーク

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 先日、春学期の講義のために大学に赴いた。
 春学期は、いつも新人を勧誘しようという各クラブやサークルがいて、活気がある。

 さすがに、私に勧誘のビラをくれる学生はもういないが、私にもビラをもらって期待と不安でドキドキしながら、説明会にいった時代があった事を、思い出す。


 私が大学時代に所属していた、京大グライダー部は、一時新入部員が激減して存続すら危ぶまれる事態にあったところを、私の1年後輩のM君が、呼びかけて様々なOBの支援を行うように段取りを組んでくれた。

 その一環として、OBトークがある。
 要するに、食事目当ての新入生が多くやってくる説明会~飲み会に、クラブのOBを呼んで話しをさせ、クラブに興味を持ってもらうという催しだ。

 事務所は大阪であるものの、京都に在住している私は、大学に近いところに住んでいる、というそれだけの理由で何度もOBトークに参加する(させられる)ことになった。


 今年は、日程が合わずに、失礼したが、小惑星探査機「はやぶさ」に関与していた大学教授、現在大手航空会社の最前線で活躍するパイロット、等の後輩と、現在の仕事の話しや、大学時代の思い出をお話しする(もちろん勧誘が主目的であるが)ことは、そこそこ楽しかったし、新入生にも好評だったと聞いたこともある。


 OBトークで私は、手がけた訴訟や法曹界裏話などを主にお話しするのだが、実は、新入生に最も伝えたいことは、「今を大事にして欲しい」ということだ。


 過ぎてみれば分かるが、本当に時の流れは早い。
 そして、人間なんて先のことは、分かっているようで、実は全く分からないのだ。
 同級生を何人か、病や事故で失うとその思いは、特に強くなる。

 「いつか~しよう」と思っていても、いつかなんか来ないことの方が多いのだ。
 思っているだけでは何も体験できない。
 ましてや、死んでしまえば、それこそ何も出来ない。


 生きているうちに、今しかできないことを一生懸命にやることは、本当に大事だし、人生を充実したものにするには、それに尽きるようにも思う。


 もちろんそれは、私自身の悔悟に満ちた自戒でもあるのだが、どういうわけか、若いうちにそのことに気づける人、さらに進んで実戦できる人はごく希だ。


 旅客機ならともかく、グライダーの体験搭乗なんて、普通の生活を送っていれば、まずそのチャンスは巡ってこない。
 

 今しかできないことを、体験してみることは、本当に大切だ、と力説して、「少し無理してでも、グライダーの体験搭乗に参加すべきだ」、と新入生にお話しすることが、私のOBトークでの役目だったりするのであるが、実はその裏の奥底の方で、若い人に私よりも後悔の少ない人生を送ってもらいたいという気持ちが流れていたりするのである。

 

 昨年10月16日のブログで、私は、「広げよう!司法の輪 日弁連の会」について私は、同会が日弁連会長選挙に向けたダミー団体ではないことを願って、最後にこう書いた。

  http://win-law.jp/blog/sakano/2017/10/post-204.html

 私としては、「広げよう!司法の輪 日弁連の会」と菊地裕太郎弁護士が、今までのような団体と違って日弁連会長選挙終了後でも(勝敗に関係なく)、私的な団体とその代表者として、正しい問題意識の下で、永続的に積極的な活動を行ってくれることを強く希望するものである。

 結局、菊地裕太郎弁護士の勝利で日弁連会長選挙も終わり、新年度へと変わろうとする季節になって、私は、上記日弁連の会が、どのような活動を今後してくれるのかと思って、HPを閲覧しようとした。

 しかし、すでに同会のHPが見当たらないのだ。

 たしかHPのアドレスは、次の通りだったと思うのだが

 https://www.shihonowa.com

 をクリックしても、既にページが存在しない。

 私のミスかと思って、「広げよう!司法の輪 日弁連の会」で検索しても、残念ながら同会のHPにヒットしなかった。

 もちろん私の記憶違いで、実は、別のところにちゃんとHPがあるのかもしれない。

 しかし、あれだけ豪華なパンフレットを全会員に配布するくらいに、問題意識を持って日弁連のために行動する気があるように見せていた(見せかけていた?)会だったはずなのに・・・・。

 もし、本当にHPが削除されているのなら、

 正直、「広げよう!司法の輪 日弁連の会」と、その代表者には、がっかりだなぁ・・・・・。