日弁連副会長の発言もなあ・・・・

 弁護士ドットコムニュースで、日弁連副会長の関谷文隆弁護士が、司法試験に関して次のような発言をしている。

「『司法試験』を固定して考えていると、どうしても合格率に目がいきがちです。

しかし、合格率のみに目を向けるのではなく、まずは『未修者コースでも、法科大学院の教育を3年間受けて修了すれば、司法試験に合格する』という設計にすることが重要です。

現状において、このような司法試験の設計になっていないことは、反省すべき点だといえます。はたして設計通りの司法試験といえるのか?という問題は常に検証を要するもので、毎年議論されています。」

https://www.bengo4.com/c_18/n_10324/

から引用(下線は筆者が付したもの)。

 ずいぶんもってまわった言い方をしてくれているので、分かりにくいが、要するに、司法試験を簡単にして、法科大学院制度を守ってくれというのが、そのいわんとするところだ。

 確かに司法制度改革審議会意見書により、司法試験法が改正され、同法1条1項の「司法試験は、裁判官、検察官又は弁護士になろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」の原則は揺らがないものの、同条3項で「司法試験は法科大学院の課程における教育及び司法修習生の修習との有機的連携の下に行うものとする」との条文が追加された。

 司法試験を法科大学院の教育状況に併せてレベルを下げて簡単にせよ、という法科大学院擁護者の論拠の一つは、司法制度改革審議会意見書と、それによって挿入されたこの条文だ。

 では、法科大学院支持者が金科玉条のように、繰り返し持ち出す、司法制度改革審議会意見書にはどう書いてあったのか見てみよう。

「法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価及び修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院では、その課程を修了した者のうち相当程度(例えば約7~8割)の者が後述する新司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うべきである厳格な成績評価及び修了認定については、それらの実効性を担保する仕組みを具体的に講じるべきである。」

(司法制度改革審議会意見書第2、2、(2)、エから引用)

 まず司法試験に7~8割合格させるとは書いていないのだ。

 司法試験に7~8割のものが合格できるようしっかりと教育しろと、法科大学院に注文をつけているのだ。

 それに、法科大学院の厳格な成績評価と修了認定について、それらを担保する具体的仕組みは、未だ出来ていないようだけど、どうなってるのか是非、中教審で法科大学院の延命に必死になっている先生方に教えてもらいたいものだ。

 反論があるのなら、今年の(今年に限らないけど・・・)採点実感を読んでみてほしい。反論が意味をなさないことはすぐに納得できるはずだ。

 採点実感には、基本が出来ていないという指摘が目白押しだ。あれだけ大学側が批判していた論点ブロックの暗記もさらにひどくなっている様子が繰り返し指摘されている。

 それに厳格な成績評価と修了認定が出来ているのなら、法科大学院教育の改善や、教育水準の向上について、法科大学院が、制度発足以来ずっと指摘され続けていることは説明がつくまい。

 次に、同意見書の司法試験の箇所を見てみよう。

法科大学院において充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われることを前提として、新司法試験は、法科大学院の教育内容を踏まえたものとし、かつ、十分にその教育内容を修得した法科大学院の修了者に新司法試験実施後の司法修習を施せば、法曹としての活動を始めることが許される程度の知識、思考力、分析力、表現力等を備えているかどうかを判定することを目的とする。」

(司法制度改革審議会意見書第2、3、(2)から引用)

 司法試験を法科大学院教育と連携させるのは、まず、法科大学院で7~8割のものが合格できるだけのレベルまで充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価と修了認定を経ることが、大前提なのだ。

 ボロボロの教育しかできていない法科大学院制度(再度いうが、反論のある方は、司法試験採点実感を読まれたい。また、私はごく一部の優れた法科大学院を否定するわけではない。法科大学院制度全体の話をしている。)を前提に、司法試験を法科大学院教育と連携させたら(要するに法科大学院卒業者全体のレベルに併せて司法試験合格レベルを下げたら)、どうなるか。

 ボロボロ(実力不足)の法曹の大量生産ということになる。

 それは受験生が悪いのではない。きちんとした教育能力もないのに、そのことも分からず、「偉い私が教えてやれば、司法試験くらい合格させるレベルにすぐにでも引き上げてやれる」、と自分を過信した学者の先生方が悪いのだ(裏には少子高齢化時代を見据えた大学の生き残り策があっただろうとは思うが、大学の生き残りのために、国民や国家の制度を犠牲にして良いものではなかろう)。

 そもそも司法制度改革審議会意見書は、法曹需要が飛躍的に増大するかのような完全に未来予測を誤った幻想がスタート地点だったので、現在ではその存在意義すら疑問符がつく。

 裁判所のデータブック2018によれば、全裁判所の新受全事件数は、制度の変更などもあり単純比較は出来ない面もあるが、データブックの表に載っている中で最も多いのは、昭和35年の約785万件、平成時代では過払いバブルのおかげでH15年に約611万件となったものの、その後ずっと減少傾向にある。

 H29年では、約361万件だ。60年近く前の半分以下、そうでなくても15年前の半分程度の事件しか裁判所に持ち込まれていないのである。

 法曹需要は、裁判所の新受事件数だけでは計れないとの指摘もあるが、裁判所に持ち込まれる事件数が法曹需要の大きな流れを示すこと自体は否定できまい。

 スタート地点から間違っていたことが明らかになった、司法制度改革審議会意見書、それが設計し、しかも教育効果を上げられていない法科大学院制度を後生大事に墨守するのは、現状を把握できない愚か者のすることだと指摘されても仕方ない面もあろう。

 繰り返しいうが、法科大学院制度が功を奏しているのなら、採点実感であれほど受験生の答案が酷評される事態はありえないのである。副会長としては、設計通りの司法試験をいう前に、設計通りの法科大学院かどうかをまず検討すべきだろう。

 それにも関わらず日弁連の副会長が対外的に堂々と司法試験だけを問題視しているようなので、私としては極めて残念としかいいようがない。

 

 日弁連執行部は、どこまで法科大学院に尻尾を振り続けるつもりだろう。

 いつになったら目が覚めるのだろう・・・・。

死刑廃止論に関する資料がでています。

 先日のブログで、死刑廃止決議に関する大阪弁護士会執行部の各委員会に対する意見照会回答書の公開について触れた。

 今川会長は、大阪弁護士会のHP会員専用ページで、各委員会(委員会の意向により一部非開示)の意見照会に対する回答を掲載することにされた。

 大阪弁護士会執行部は、最終的に、死刑廃止を求める総会決議を実施しようとしており、そのために会内での議論を活発化させるための方策だそうだ。

 大阪弁護士会の皆様には是非ご覧いただいて、死刑廃止を求める総会決議を行うべきかについて検討していただきたい。

 一般の方々は、弁護士会=死刑廃止論で凝り固まっているかのような印象をお持ちだと聞いたことがあるが、個々の弁護士は必ずしもそうではないことが分かる資料だ。また、死刑の代替刑として仮釈放のない終身刑導入を考えていることもわかる。

 ちなみに、私が聞いたところによると、学者で終身刑の導入に積極的に賛成している人は一部のようで、むしろ終身刑の導入については弁護士会等が積極的である、との見方もあるそうだ。

 私個人としては、とにかく死刑を廃止したいがために、その危険性を軽視したまま終身刑の導入に突っ走るのはいかがなものかと思っている。ドイツでは死刑廃止の際に、終身刑を導入したが、収容者の精神障害や自殺などの問題が発生したことから結局絶対的終身刑は廃止されるに至っているそうだ。

 このように実際にも導入後に大きな問題が生じた例があるにもかかわらず、死刑廃止を実現したいがために、死刑廃止に代わる刑としては終身刑をセットで提案してよいものか、慎重な検討が必要であろう。

 いずれにせよ、大阪弁護士会の皆様には、ぜひ多くの委員会の、死刑廃止に関する意見をお読みいただきたいと考えている。

駐車場にいた犬

 先日、映画のレイトショーを見た後の深夜、月極で借りているお寺の境内の駐車場に車を入れようとしたところ、いつもと違う影が車の前を通り過ぎた。

 大体、野良猫数匹が、決まった車の下を寝床にしている(幸い私の車は寝床ではないようだ)ので、猫ならすぐに分かるのだが、どうやら違う動物のようだ。

 一瞬タヌキかなと思い、自分の駐車スペースに車を駐め、降りようとしたところ、その影が近づいてきた。

 犬だ。

 その犬は、5mほど近くまで寄ってきたかと思うと、すぐに方向を変え、木の陰に戻っていく。

 私は、駐車場から出ようとしたが気になって戻ってみると、やはりこちらに近づいてきては、5m程のところで身を翻し木の陰の方に逃げていく。

 私は以前にもコンビニの駐車場で似たようなシチュエーションに出会ったことがあるのでぴんと来た。

 その犬は、ご主人とはぐれたのだ。

 そして駐車場でご主人を待ち続けているのだ。

 車や人が近くに来るとご主人が迎えに来てくれたのかと思って近づいて確認しては、がっかりすることを繰り返していたのだろう。

 首輪はしているようだったので、首輪に連絡先があるかもと思い、身をかがめて近づいてみたがどうにも警戒しているようで、どんどん逃げていく。疲れ果てているだろうに、ご主人がきっと来てくれると信じて、他人に容易に心を許さないのだろう。

 このままお寺の境内から出てしまえば、外は道路だ。道路では眠ることも出来ないだろう。

 私は、犬のことを心配しつつも、下手に手出しをして犬により大きな負担をかけるわけにはいかず、後ろ髪を引かれる思いで駐車場を出たのである。それ以来、車を使っておらず駐車場に足を運ぶ機会がないので、あの子がどうなったかは分からない。

 

 あの子は、ご主人に会えたのだろうか。

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廃墟の中から見上げるひんやりとした空(ゴットランド島)

同感、同感・・・

 同業の弁護士の方にしか分からないかもしれないが、月刊弁護士ドットコムという雑誌がある。

 巻頭には「フロントランナーの肖像」というコーナーがあり、毎号、ちがう弁護士に対するインタビュー記事が掲載される。

 私は結構、他の弁護士さんの思いや経験談を読むのが嫌いではないので、このコーナーを楽しみにしているが、今回取り上げられた榊原富士子先生のお話しには、つい、「そうだよね~」と大きく頷いてしまう部分があった。

「・・・受任の最初に電話一本入れて話し合いをすれば済むケースなのに、いきなり弁護士がついて提訴したり、当事者に上から目線の内容証明を送りつけたりし、当事者がびっくりして相談に来られるケースが珍しくなくなりました。当事者の裁判なのに、相手方弁護士の批判を展開し始める代理人もいます。代理人がわざわざ紛争を拡大するのは、家事事件にはおよそ似合わないやり方ですよね」(月刊弁護士ドットコムvol49 P11)

 そんなことを書いてきたら紛争がより先鋭化しちゃうじゃないか、とにかく相手に感情をぶつけることが優先事項で、根本的な紛争解決などどうでもいいと思っているのか?と疑うような書面を書く弁護士を、最近立て続けに(2人は若手、1人はベテラン)相手方にしたからである。

 そのような弁護士からの書面は、事実に立脚せず主観を根拠に自己中心的な主張を言いつのる傾向が強く、また過度の感情的表現が満載であるばかりでなく、相当上から相手を見下したような書きぶりをしているものだから、読まされる方は非常にストレスを感じる。

 もちろん、そのような書面を送りつけられた側の当事者は、怒り心頭、徹底的に戦って欲しいという気分がわき起こり、双方で妥協できそうな落とし所があっても、感情面を傷つけられたことから迅速円満な解決が遠のいていくことが多いのだ。

 無茶な書面を書いてもらった依頼者からすれば、弁護士が言いたいことをさらに過激に言ってくれるので、胸のすく思いがするのかもしれないが、そのような書面が現実の紛争解決に役立つことは通常考えにくい。また私の経験からしても、そのような書面を送りつけられて紛争解決に役だったことは、一度もない。

 弁護士が少し気をつけて書面を作成すれば足りるはずだが、そのような配慮をしていない(配慮の必要すら気付けない?)と思われる弁護士が増えてきているのかもしれない。

 その点で、私は榊原富士子先生の実感に、同感することしきりなのである。

 当事者が喧嘩している段階であれば感情的な言い合いがあっても良いのかもしれない。

 しかし、弁護士は、例外的な場合(例えば交渉を決裂させて欲しいという依頼がある場合等)を除いて紛争を解決するために依頼を受けたはずである。だとすれば、無思慮な批判的・感情的表現を相手方に浴びせることは、本来の目的に反する可能性があるはずだ。また、上から目線の言い方は間違いなく相手方の感情を刺激し、事件の解決を困難にする方向に向かわせる。

 上記のようなことに配慮し、その上で表現行為を行うだけの慎重さ・冷静さが、弁護士には求められているように思うのだがなぁ~。

 だって、我々の目的は基本的には、紛争拡大じゃなくて、紛争解決のお手伝いでしょ?

 

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初秋のゴットランド島

来年の日弁連会長選挙

 来年の日弁連会長選挙向けて、各候補(予定者)が活動を開始している。

 誰が始めたのか知らないが、選挙運動期間前に立候補予定者が、「~~~の会」という団体を立ち上げて、選挙準備活動と自分の政策を広めるのだ。

 まあ実質的な選挙活動だと思うのだが、各候補が行うことから、実質的にはそのような活動を行わないと出遅れてしまうため、やらざるを得ないという変な状況になっている。

 一般の弁護士からすれば、そのようなFAXや政策パンフが送られてくるので、ああ、来年の選挙はこの人が立候補するのだなということが大体分かる。

 とはいえ、裏では様々な駆け引きがあるようで、例えば、主流派では主流派候補の当選確率を高めるために候補者を統一するべく様々な説得などが行われるようで、「~~~の会」を設立しても途中で降りる人もいる。

 現段階で来年度の日弁連会長選挙に立候補すると目されている人は、私の知る限りだが、次の通りだ(万一私が書き落としていたとしても選挙活動を紹介しているわけではないだろうから、文句は言われる筋合いはなさそうだ。ただし、ご連絡頂ければ追記します。)。

(立候補すると思われる方を50音順に記載します。)

★ 荒 中(あら ただし)弁護士:34期 仙台弁護士会

  ~新たな時代の司法を考える会(あらし会)

★ 及川智志(おいかわ さとし)弁護士:51期 千葉県弁護士会

 ~共に日弁連を替えよう!市民のための司法をつくる会(変えよう!会)

★ 川上明彦(かわかみ あきひこ)弁護士:34期 愛知県弁護士会

 ~近未来の日弁連を考える会

★ 山岸良太(やまぎし りょうた)弁護士:32期 第ニ東京弁護士会

 ~頼りがいのある司法を築く日弁連の会

★武内更一(たけうち こういち)弁護士:38期 東京弁護士会

 を代表とする「憲法と人権の日弁連をめざす会」は、以前は高山俊吉弁護士を代表として、ずいぶん前から活動しております。伝聞ですが、今回の日弁連選挙に出馬するという情報があります(伝聞情報なので最後に書かせて頂きました。誤っていた場合はご指摘下さいませ。)

※10月16日後記:武内更一弁護士は「改憲をはばみ、貸与金請求をやめさせる会」(やめさせる会)を立ち上げられたようです。

(参考)

★小林元冶(こばやし もとじ)弁護士:33期 東京弁護士会

 ~魅力ある司法を実現する会

 を設立する準備をされていたようですが、立候補辞退を2019年9月に表明。

(ご紹介ここまで)

 個人的に面白いなと思っているのは、及川智志弁護士だ。

 51期であり、他の候補と比較して20期近く若い修習期からの出馬になりそうだ。

 私の感覚では、宇都宮健児元会長を除けば、日弁連会長を目指す人の多くは、会派や弁護士会、日弁連などの会務について、雑巾がけを長期間こなし、少しずつ地盤を固めて会派などの推薦を受けて立候補する人が多いように思う。

 もちろん会務に通暁するという面では、長期間の雑巾がけは良い面もあるのだろうが、他方、長期間の雑巾がけをしているうちに、次第に会派やしがらみに囚われてしまう傾向が強いようにも思われる。だからこそ、私から見てであるが、日弁連が思い切った打開策を講じることができていないのではないかと感じることも少なくはない。

 若さを不安視する声もあるのかもしれないが、米国大統領だって、セオドアルーズベルトは42歳、ケネディは43歳だったはずだ。

 選挙対策がモロ分かりの各団体による事前運動が選挙規定違反かどうかの問題はさておいて、どのような、日弁連に関する政策を各候補が発表しているのか、今後発表するのか、注目しても良い頃合いかもしれないね。

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早朝の散歩道~ゴットランド島

 

 

 昨年2月頃に、常議員会で死刑廃止論について大阪弁護士会で総会決議をあげるかについて検討されていたことは、ブログに書いた。そのときは、散々議論した結果、総会決議を得るために議案を総会に提出することは見送られた。

 しかし、再度、死刑廃止を求める総会決議を挙げようとする提案が常議員会に持ち込まれている。

 死刑廃止に関して、会内議論を喚起する目的でシンポジウムなども何度も開催されている。

 こんなに何度もされると、理由は分からないけれど大阪弁護士会執行部は、死刑廃止を求める決議をどうしてもやりたいのだろうな~と、私は思ってしまう。

 今回、大阪弁護士会執行部は死刑を廃止すべきかについて、全委員会、PTに意見照会をかけた。これ自体はよいことだと思う。私は、死刑存廃論は、その人の思想・生き方にも関わる重大な問題であると考えているし、そのような問題について、大阪弁護士会が、会として統一的な意見を出そうとするのであれば、様々な意見を聞き、議論を尽くした上で行うべきだと思うからである。

 今回、その意見照会の結果が、常議員会に提出されていた。

 私から見れば様々な意見(もちろん死刑廃止論ばかりではなく、存置論からの意見、思想に関わるような問題について弁護士会が意見を出すべきでないとの意見もある)が出されており、非常に死刑存廃議論の参考になると思った。そこで、その意見照会の結果を全会員に配布するか、そうでなければ公開させて欲しいと、昨日の常議員会で今川会長に申し入れた。

 もちろん常議員の中には配布に賛成ではないという意見の方もいたし、意見照会を全委員会・PTにかけた以上、その結果を全委員会・PTに伝えることは当然ではないのかという意見の方もおられた。

  今川会長は、慎重に検討して回答すると返答していたが、私としては検討するまでもなく、全会員に公表すべきだと考えている。

 弁護士会として、(会員内で必ずしも意見の一致を見ているとはいえない)死刑廃止を求める総会決議を行うのであれば、大阪弁護士会の中での多様な意見は、可能な限り会員に伝えて判断の参考資料とすべきだと思うからである。

 少数の常議員会で総会決議案に入れることを決定すれば、総会に現実に出席する人は少ないから、死刑廃止を求める決議が大阪弁護士会執行部の議案として総会に提出され、しゃんしゃんと総会を通過し、「大阪弁護士会の死刑廃止を求める決議」として世に出てしまう可能性が極めて高い。

 そうなった場合、世間は、大阪弁護士会所属弁護士は全て死刑廃止論なんだと誤解するだろう。

 もちろん今回の意見照会の回答を配布したから決議して良いというものでもないが、死刑存廃に関して弁護士会での統一的意見を出そうと考えるのであれば、最低でも可能な限りの情報を会員に提供すべきだろう。

 もし今川会長が、全会員に配布はしないものの、公開は止めないと仰ってくれるのであれば、PDF化して当ブログでも公開しようと思っているが、今川会長が配布もしないし公開も禁止するというのであれば、私としては全会員に有用と思われる資料を皆様にお伝えすることができなくなってしまう。

 なにも、おかしな情報を配布・公開せよと言っているのではない。ある重大な問題に関する弁護士会の各委員会等の意見を、大阪弁護士会の構成員である各会員に配布または公開して欲しいというだけの話である。

 私から見れば、配布しない方がおかしいのだが。

 現在は、今川会長の返事待ちというところである。

 

大学の非常勤講師

 私は京都大学出身だが、縁あって、関西学院大学の法学部と法学研究科(大学院)の非常勤講師をさせて頂いている。

 私は紀州犬が好きなので、法学部ではペットに関連する法律問題を演習形式で教えている。大学院の方は、ビジネス法務特論ということで、主に会社法のコーポレートガバナンス関係の演習を担当している。

 本業はもちろん弁護士なので、我が儘を言って、隔週開講・2コマ連続での講義をお願いしていたが、数年前から法学部の方はそのカリキュラムだと学生が授業をとりにくいとの指摘があり、法学部の方は毎週開講とせざるを得なくなった。

 最近の大学は、学生をお客様とみなして顧客満足度を高めようとしているらしく、学生による授業評価を毎年のように行っている。

 某えらい先生にお聞きしたところ、「学生に講義の質なんかわかりゃしないから、学生の評価なんて気にしたらダメですよ」、とのことらしいが、一応平均以上の評価を頂けているので、学生の方には少しはお役に立てているのではないかと思っている。

 なお、非常勤講師の給与はとても、と~っても低い(と思う)。

 授業のためのレジュメ作り等の準備や、課題・レポートの評価等にかかる時間を含めて計算すればマクドナルドの時給にも届かない。

 噂では、関関同立の非常勤は特に安いとも聞いたことはあるが、真偽の程は明確ではない。

 ただ、それであっても興味深い(だろうと思う)知識を提供して、学生さんがそれを吸収していく姿を見るのはとても嬉しいものだ。

 ということで、先日、大学側から来年度の授業をお願いされたので、私は、学生さんの成長見たさに、またもや引き受けてしまった。

 全然割に合わないよね~という心の声も(そこそこ大きく)聞こえるが、それよりも、来年度も新しい学生さんと、勉強できることを私は楽しみにしているようなのだ。

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ストックホルム夕景

谷間世代への給付が日弁連財政を圧迫?

 先日の常議員会には緊急案件で出席が適わなかったが、常議員会資料を見てみると、日弁連から「一般会計から会館特別会計への繰入額見直しについて」の意見照会があったとのことだ。


 題名だけ見ると何のことか分からないのだが、提案理由にはこう書いてある。


 「日弁連は、本年3月1日の臨時総会において、いわゆる谷間世代会員のための給付制度、及び育児期間中の会費免除期間の延長を承認した。前者の財源として日弁連一般会計から日弁連重要課題特別会計に20億円の繰り入れを行う予定であり、後者により、毎年9000万円の減収が見込まれている。(中略)日弁連一般会計について大規模な支出と減収が予想されることから、日弁連財政の健全性を維持し、会計間のバランスを保つため、日弁連一般会計から日弁連会館特別会計に対する繰入額を変更することにつき、2019年6月28日付けで各単位会に賛否を問う照会があった。」


 要するに、谷間世代への給付を行うために一般会計がひっ迫するので、会員が納めている日弁連会費のうち、日弁連会館積立金に回されている毎月800円部分を700円にして、実質毎月100円を一般会計に残したい、ということだろう。もちろん将来の会館の修理等に関する積立金は当初の予定よりも減っていくことになる。


 では、今年3月1日の臨時総会で日弁連執行部はどう言っていたかみてみると、

「今回の給付制度の金額を検討するに当たっては、今後も当連合会が積極的な活動を続けられ、かつ想定され得る有事にも対応できるだけの経済的基盤を確保することを前提とした。谷間世代の会員数は約9,700人であり、給付金額20万円とした場合、その事業規模は20億円程度となる。当連合会は、平成29年の決算の一般会計の繰越金は、約44億円であるところ、南海トラフ地震や首都直下型地震といった有事を想定した際の非常時の支出を想定しても、給付金20万円であれば、当連合会の活動の経済的基盤を辛うじて維持できるものと判断した。」


 つまり、南海トラフ地震、首都直下型地震が来ても大丈夫と大見得を切っているわけだ。

 ところが、今回の提案理由をみれば、会館特別会計に積み立てるお金を減らして、一般会計に回さないと日弁連財政の健全性が維持できないということであり、本年3月1日の説明から僅か3ヶ月あまりで、当初の目論見と異なり毎月の会館積立金を減らして一般会計に回さなければ財政は不健全になってしまう事態が明らかになったということだろう。

 一体どんな杜撰なシミュレーションをすれば、3ヶ月で健全性が破綻するような判断が可能なのか、執行部に聞いてみたいものだ。

 今回の提案にも、会館特別会計繰入額を変更しても大丈夫という、ぺらぺらのシミュレーションが一応ついているが、そもそも3ヶ月で破綻するようなシミュレーションしかできない執行部に、まともなシミュレーション能力があるとも思えない。また、シミュレーションの前提たる大規模修繕費をどう算出したかも一切明確にされていない。こんな穴だらけかつ根拠不明のシミュレーションで会員を説得できると思っているのなら、弁護士全員は日弁連執行部に完全になめられ切っていることになるだろう。


 一般企業で、このような滅茶苦茶な事業計画を役員達が立案して実行し企業の財政にダメージを与えたら、よくて左遷、場合によってはクビをとばされても文句は言えまい。

 毎月の会館積立金額が減るだけではないかと思われるかもしれないが、天災が発生した際に日弁連会館の修理費用は、誰も援助してくれないだろうから、当然日弁連会員が負担しなくてはならない。

 会館積立金の額を減らし、当然見込まれる将来の会館修理等の資金積み立てを先送りにしていくことは、将来発生した場合に必ず必要となる天災による大規模修理等にかかる費用を、前倒しで食いつぶしていることとさほど変わらない。


 そもそも谷間世代を産み出したのは、国の政策ミスであり、本来であれば国が責任を負うべきであって、日弁連が谷間世代に対して給付金を支給することは全くの筋違いも良いところなのだが、日弁連執行部はええカッコしたがりなのか、いわば他人の金をアテにして給付金支給を提案し総会決議を得てしまったのだ。


 私は日弁連執行部に言いたい。

 ええカッコしたいなら、みんなのお金をアテにせず自腹でやれ。
 先を見通せないのなら、せめて将来に禍根を残すことはするな。

 

(追補)

  この意見照会に対して大阪弁護士会の意見は次のとおり(このまま常議員会で議決されたかは不明だが、おそらく議決されたものではないかと思われる)。

 「賛成する。ただし、各単位会及び会員間の財政の健全性に関する更なる議論のために、より充実した資料を提示すべきである。」

 

 いや、意見照会に対して、大阪弁護士会で検討して意見をまとめるためには、まず資料を先に出させるのが本筋ではないのか。資料を検討して初めて賛成すべきかどうか分かるはずではないのか。

 とにかく一旦賛成しておいて、あとで資料を出すようにって、結局日弁連執行部への盲目的追従ではないのか。

 この点に関して、大阪弁護士会執行部も、私から見れば、なんだかな~という感じは否めなかったりするのである。

 

 

 

大パブ閉鎖に関する雑感~その3

(続き)

以前も書いたかもしれないが、知人の医師とお話しした際に、どれだけ弁護士会が会費を使って人権擁護活動を行っているかについて説明したところ、その医師の答えはこうだった。


「そんなに、採算の取れない事業をやれるなんて、弁護士とか、弁護士会って、すげー余裕あるんやね・・・・。」


 おそらく一般の方々の見方も同じではないかと思う。

 そして、弁護士会が自らの負担でその任を買って出るのであれば、少なくとも害にはならない範囲で、やらせておけばいいと思われるだけではないのだろうか。

 また、本当に弁護士会の自腹を切っての施策が、執行部の先生方のお考えのように一般国民の皆様の利益に本当に適っているのであれば、感謝されることはあっても、さして注目を浴びないということはないように思うし、やめないで欲しいという要望が多数寄せられたり、マスコミだって報道するだけではなく、バックアップしてくれてもおかしくはないはずだ。

 広報の拙さも勿論あるだろうが、国民の皆様からさほどの感謝が頂けていないということに仮になるのであれば、一般の国民の方々からは、そこまでする必要はないと思われているからではなかろうか。

 「弁護士から見れば人権擁護のために必要なのだから国民の皆様の考えに関わらず必要だ」という上から目線になりすぎていないか、弁護士会執行部の自己満足に陥っていないか、今の弁護士の状況から見て本当に身の丈にあった活動なのか、等について再検討すべき点があるように思う。

 

 執行部の唱える理想は悪くないが、多くの弁護士がいま置かれている状況を見ずにその理想を追及すれば、理想と現実のギャップに会員は耐えられない。

 もっと弁護士会を支えている個々の会員のことを、第一に考える行動をとる執行部が、なぜ誕生しないのか、私には不思議で仕方がなかったりもするのである。

 

(この項終わり)

大パブ閉鎖に関する雑感~その2

(つづき)

 大パブの話から少しずれていってしまうが、弁護士会は人権擁護のために必要があると考えた場合、採算度外視、会員の負担無視、で突進してしまう傾向にあるように思われる。結果的にはそのための費用は会員である弁護士の負担に帰してしまうのだが、執行部の方は、とにかく人権擁護が先にあるようで、会員の負担をどこまで真剣に考えているのか、私には見えない場合も多いのだ。

 弁護士会の執行部の方は、人権擁護に必要なら、人に知られなくても歯を食いしばって弁護士が頑張っていれば、いずれ制度が変わり国費が支出されるなどして、救われる必要のある方が救われるようになると、未だに考えていると思われる。

 現にそのような説明を常議員会で執行部から聞き、被疑者国選もその一例だとの説明を受けたことがある。


 私はひねくれ者だから、「制度が変わって人権が救済されるようになった例があるとして、その制度変更の理由に弁護士が歯を食いしばって頑張ったからと指摘された例はあるのか」、と突っ込んでみたところ、執行部からは、まともな回答は得られなかった。

 

 マスコミのいうように弁護士も自由競争社会で、どんどん競争すべきというのなら、利益を上げられない者は退場せざるを得ないから、経済的利得を重視しろということだろう。だとすれば、経済的にペイしない事件は扱わないことが時代の流れに沿う、ということになってしまうのではなかろうか。それが望ましいかは別として、国民の皆様が、弁護士の自由競争を望むのなら、弁護士としても経済的利得を重視せざるを得ず、仮に儲け最優先主義を取る弁護士がいてもそれを国民の皆様から非難されるいわれは、全くないということになろう。

 被疑者国選だって、正直言えば、かけた時間や手間暇に比べて僅かな費用しか出ないので、きっちりやるなら自分で事務所を構えている弁護士には、かなりの赤字案件だと思う。人権擁護の点において、被疑者国選は間違いなく意味のある制度だとは思うが、経済的面を重視して見れば、弁護士会が自腹を切って始めたあげく、結局ペイしない仕事を抱え込んでしまっただけではないのかという疑念も、ないではない。

 確かに弁護士が全般的に余裕があるのであれば、執行部のいうような「弁護士が歯を食いしばって・・・・」といような牧歌的な発想があっても良いかもしれないが、既に現実はそんなに甘いものではなくなっていると私は思う。

 

 かつて法曹資格がプラチナ資格と呼ばれ、取得すればある程度安泰な生涯が見通せた時代は、司法改革による弁護士大増員で、もう終わっている。

 いまさら、誰も責任を取ろうとはしないのだが、法曹需要が劇的に増加することを前提として制度改革を設計した、司法制度改革審議会の意見書は、制度設計の前提段階で既に完全に法曹需要の予測を誤り、その誤った予測を前提に司法制度改革の設計をしたことが、以下のとおり明らかになっている(ちなみに法科大学院維持派の学者は、何かと言えば、この誤った前提に基づいて作成された司法制度改革審議会意見書を引っ張り出し、法科大学院制度等を正当化しようとする。そもそも法曹需要の飛躍的増大という予想が間違っていたことはもう明らかなのだから、いい加減に現実を見て欲しいと思っているのは私だけではないはずだ。)。

 日本全体の人口が減少に転じているし、2018年版裁判所データブックによれば全裁判所の新受全事件数は昭和60年の6,680,565件から、平成29年には3,613,952件までほぼ半減しているのである。この間に、弁護士数は昭和61年次の13,159人から、平成30年次には40,098人へと3倍以上増加したのである。


 上記のデータから極論すれば、現在の弁護士界は、半減したパイを、3倍以上の人数で奪い合う時代なのだ。しかも日本の人口減少傾向からすれば、さらにパイは縮む傾向にあると思われる。弁護士は見栄っ張りだからなかなか本音を言わないが、上記のデータに加え、弁護士向け営業セミナーの案内やポータルサイトからの営業電話が、そこそこの頻度であることなどから考えても、仕事が殺到していて順風満帆、将来的にも安泰が見込める左うちわの法律事務所なんて、そんなに多くはないはずだ。

 日弁連執行部や弁護士会執行部の方々は、会務に多くの時間を割くことのできる余裕がおありなので、おそらく順調な事務所経営をされていて実感できないのだろうが、おそらく執行部が無意識のうちに前提としているような、弁護士全般に余裕があった時代はとうに過ぎ去っているのである。

 

(続く)