谷間世代給付金案~常議員会で討議の報告

 先日ブログにも掲載したが、日弁連が司法修習中に給費を得られなかった世代に対して、会費減額をする案を撤回したと思ったら、こんどは20万円を給付する案をだし、各単位会に意見照会をかけている。

 20万円の給付を谷間世代に行うと、日弁連にとって(つまり全世代の弁護士にとって)約20億円の支出となる。

 どうしてそんなに、日弁連執行部が谷間世代を優遇したがるのか、私には謎だ。ちなみに同じ時期に給費を得られずに修習を行い、裁判官・検察官になった人たちには特にそのような救済策はなされていないし、救済策を講じる予定もなさそうだ。


 常議員会で、討議事項に上がったので、私は2点質問してみた。


①谷間世代の裁判官・検察官に国が救済策を講じるかどうか、そのような動きがあるかについて調査しているのか(これは従前、谷間世代救済の件について、執行部が常議員会で、裁判所検察庁の動向も見ながらと発言していた記憶があるために質問した)。

②このような施策を実行する立法事実・根拠事実をどうやって把握しているのか。客観的な谷間世代の困窮を示す調査資料があれば出して欲しい。


 担当副会長の回答は、①について、調査していない。②については、客観的な調査は行っていないので資料はない。日弁連執行部が、各地でそのような声があると聞いているためではないか。というものだった。


 およそ、法律家には釈迦に説法ということになるが、『「立法事実」とは、立法的判断の基礎となっている事実であり、「法律を制定する場合の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実、すなわち社会的、経済的、政治的もしくは科学的事実」(芦部信喜、判例時報932号12頁)』を意味する。


 日弁連が、一般会計の剰余金のうち、ほぼ半額に匹敵する20億円もの支出を行う施策を行う場合、その支出の合理性を支える事実について、当然きちんと把握して然るべきだろう。
 その根拠が、「執行部がそのような声を聞いたから」、というのではあまりにもお粗末にすぎる。


 お話を簡単にするために、全員が同じ額を納税し、同じ公共サービスを受けている人口4万人のB国(日弁連)があったと仮定しよう。T世代(谷間世代)は、いまは多くがB国の国民だが、B国の国民になる前に、S国(司法修習)で、無給という酷な扱いを受けていたことあったと例えることが出来そうだ。なお、T世代のなかにはJ国(裁判官)、P国(検察官)の国民となった者もいるが、J国、P国ではT世代に対して何らの施策も採っていない。


 このような状況下で、
 「B国国民になる前に、S国から不当な扱いをうけたT世代の人が、S国から受けた不当な扱いが原因で困っていると聞いたんで、事実は全く調査していませんがそのT世代の国民全てに対して申し出てくれれば、国庫一般会計に貯めていた万一の時のためのお金の半分を出してばらまきます。よろしくね。」、なんてことをB国首相が言ったらT世代以外の納税者は納得できないどころか、激怒するはずだ。

 そもそも、T世代に対して不当な扱いをしたのはS国なんだし、その不当な扱いはB国国民になる前に行われた話なのだから、S国に責任を問うのが筋だろう。


 確かにB国が好景気に沸いていて、右肩上がりの成長が今後も十分見込める余裕十分の国民ばかりであったのであれば、あるいは、このような施策もあり得るのかもしれない。

 しかし、B国国民の所得は各世代において減少しつつある。国税庁統計(日本)から算出されたデータによれば、所得の中央値を見ると、2006年の1200万円から、2014年には600万円と、わずか8年でキレイに半額になっているとの指摘もある。それでもB国の税金(日弁連会費)はほとんど減額されていないどころか、滞納を続けるとB国を追放される処分を受ける苛酷なものとしてB国国民に課されている。

 仮にB国の国民になったのだからということで、(J国・P国との均衡を無視して)相互に助け合うべきだと強調するにしても、全体としてB国が傾いている状況でT世代以外の国民も納付した税金を使うのだから、きちんとした根拠とその支出の合理性を全国民に説明する必要があるはずだ。


 日弁連執行部の人気取りかどうか知らないが、雰囲気で20億円もの支出をされてはたまったものではない。


 そんなに助けてあげたいなら、何度も言っているように、助けてあげる余裕があって、助けてあげたい人たちで基金を作ればいいじゃない。少なくとも日弁連執行部に所属する人たちは、しつこく谷間世代救済を主張するんだから、喜んで私財を投げ出してくれるはずだ。

 良いカッコしたいけど、かかる費用は他人の金で、とは虫がよすぎないか。

 

 

日弁連は、もう、法科大学院とつるむな

 日弁連が今年12月1日に、司法試験に関するシンポジウムを開くそうだ。
 その宣伝文句は以下のとおり。(下線は筆者が加筆したものです。)

「日本弁護士連合会では、新司法試験の開始以来、毎年、司法試験の出題内容から運営方法まで、その時々の重要課題を取り上げて「司法試験シンポジウム」を実施しています。
 昨年度のシンポジウムでは司法試験合格後2~3年程度のモニターに司法試験論文問題を解いてもらい、司法試験の出題について法科大学院での学修の成果を確認するという以上の負担を課している面がないか、問題意識をもって分析と討議を行いました。本年度はその延長線上に立って、以下について取り上げます。
 法科大学院では、特に法律基本科目については期末試験を課して学修の成果を図り、成績評価を行うことになっています。学修進度により出題形式や分量、内容は異なると思われますが、本年度は、法律基本科目の学修が基礎力・応用力を含めてひと通り終了する時期である2年次の時点での学修成果を図る目的の期末試験においてはどのような出題形式、分量、内容となっているのかを分析するとともに、本年度司法試験の出題形式、分量、内容についてもあわせて分析します。
その上で、2年次の成績評価とその後の司法試験の合否との間の相関も分析することを通じて、法科大学院での学修の成果を図るという本来の趣旨に近い司法試験にするには、法律基本科目の学修が終了した時点での法科大学院の学修成果に何を、あるいはどのような内容を加味することが必要なのか、あるいは必要ないのか等、より踏み込んだ検討を行うことも含めて、標記シンポジウムを開催いたします。
奮ってご参加ください。」


 この宣伝文句を見れば、「司法試験(新司法試験)は、法科大学院の学習の成果を確認する試験である(べきだ)」というスタンスで、日弁連はシンポジウムを開催することはすぐに分かる。


 しかし、司法試験法は1条1項で次のように記載してある。
「司法試験は、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする」
 つまり、法科大学院の学習の成果を確認する試験ではないのだ。
 確かに、同法4項には、司法試験は法科大学院の教育との有機的連携の下におこなうものとされているが、そうであっても、法曹になろうとする者に必要な学識と応用能力があるかを判定する試験であることに変わりはない。決して法科大学院の学習の成果を単に確認するだけで足りる試験ではないのである。


 司法試験合格率を一向に向上させることが出来ないばかりか、近時に至っては志願者を実質数千人にまで減少させてしまった法科大学院が、そもそも司法制度改革審議会の青写真では、「新司法試験は、法科大学院の教育内容を踏まえたものとし、」「新司法試験と法科大学院での教育内容との関連を確保するため、」とあるではないかという点だけを指摘して、(よりよい法曹育成のためではなく)自らの存続のために、司法試験合格者を増やすように主張し続けているように見える。

 この法科大学院の主張を端的に言えば、法科大学院の教育成果を確認するというレベルまで、司法試験の合格レベルをひき下げろ(合格者を増やせ)、という主張である。合格者が出せなければ法科大学院志願者はさらに減少し、経営が行き詰まるからだろう。既に半数以上の法科大学院が閉鎖されている現状から見ても、法科大学院経営維持のためのなりふり構わぬ主張と見るのが素直だ。

本題から少し外れますが、成仏理論のパロディで。

(新成仏理論)
 問題の捉え方がそもそも間違っている。食べていけるかどうかをLSが考えるというのが間違っているのである。何のためにLSを設立したのか。私の知らない大学教授が言ったことがある。世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない、と。人々のお役に立つ仕事をしていれば、LSも飢え死にすることはないであろう。飢え死にさえしなければ、LS、まずはそれでよいのではないか。その上に、人々から感謝されることがあるのであれば、LS、喜んで成仏できるというものであろう。

人々のお役に立っていれば、世の中の人々が法科大学院を飢えさせることをしないんじゃないのだろうか・・・?


 閑話休題。本題に戻ります。

 そもそも、司法制度改革審議会の意見書自体が、法曹需要の飛躍的増大という絵空事が生じるという予測をもとにした、スタート地点からズッコケた視点で出来上がっていた意見書であって、未だにそれを墨守することは現実を見る能力がない、と言わざるを得ない。


 仮にそれを措いたとして、司法制度改革審議会意見書を見るならば、確かに新司法試験について「法科大学院の教育内容を踏まえたものとし、」との記載がなされてはいる
 しかし、同意見書はその前提として「法科大学院において充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われることを前提として、」という記載を置いているのだ。


 だとすれば法科大学院が、司法制度改革審議会意見書を振り回して司法試験を自分達の教育内容を踏まえたものとするよう求めるのであれば、その前提として、まず、自分達が充実した教育を行い、かつ厳格な成績評価や修了認定を行っていることを示すべきだろう。


 この点、司法試験法5条では、「予備試験は法科大学院卒業者と同等の学識及び応用能力並びに法律の実務に関する基礎的素養を有するかどうかを判定する試験」とされているから、予備試験合格者と法科大学院卒業者は全体として同等の能力を有しているはずであって、司法試験においてもほぼ同程度の合格率でないとおかしい。
 ところが実際には、予備試験組の司法試験合格率77.6%に比べ、法科大学院組の司法試験合格率は24.7%と著しく悪い。これは、予備試験合格者を決定する予備試験考査委員が、法科大学院ではこの程度のことは身に付けているはずだと想定しているレベルよりも、遥かに低いレベルの能力しか法科大学院では身に付けることができていない、という事実を意味していることになろう。

 また、このような司法試験合格率しか取れないということは、(一部優秀な法科大学院の存在は否定しないが)法科大学院は全体として、充実した教育が行われ、かつ厳格な成績評価や修了認定が行われている、とは到底いえないだろう。
 そればかりではない。近時の採点実感では、「条文の引用が不正確又は誤っている答案が多く見られた。」「基本さえできていない答案が少なからず見られた。」「法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案も相当数見られた。」などと、レベル低下を憂う採点委員の感想が目白押しだ。


 このような状況にありながら、法科大学院側は、簡単に言えば、自分達が卒業させた生徒達はきちんと法曹としての素養が身についているはずだから、基本的には合格させろ、と要求していることになる。


 私に言わせれば、自らの教育能力のなさを棚に上げた、恥知らずな、極めてド厚かましい要求としかいいようがない。
 さらに言わせてもらえば、司法制度改革審議会意見書には、法科大学院について
•多様性の拡大を図るため、法学部以外の学部の出身者や社会人等を一定割合以上入学させるべきである。
•地域を考慮した全国的な適正配置に配慮すべきである。
•夜間大学院や通信制大学院を整備すべきである。
とあるが、いまや、全然守られていないんじゃないのか。

 それどころか、理念としていたはずのプロセスによる教育もかなぐり捨てて、法科大学院在学中に司法試験を受験できるよう求める等、もはや、国民の皆様のためによりよき法曹を生み出そうとすることよりも、自分達の延命だけを狙ったとしか思えない主張もされている。


 法科大学院には多くの税金が投入されている。それは国民の皆様にとって有益な、よい法曹を生み出すという約束があったからではないのか。制度を自分達に有利に変更させ、国民の血税を自分達の延命のために利用しようとするのなら、法科大学院は無用の長物どころか、その存在はもはや有害ですらある。


 どうしてそのような、ド厚かましい法科大学院側に日弁連が尻尾を振って協力する必要があるのか。


 失敗には誰にでもあるが、失敗を失敗と認められずに現状を維持し続けることはさらに傷を大きくすることであって、賢い選択ではない。


 いくら導入に賛同してしまったからとはいえ、日弁連も、早く目を覚まして欲しいと思ったりするのである。


例年繰り返し指摘し,また強く改善を求め続けているところであるが,相変わらず判読困難な答案が多数あった。極端に小さい字,極端な癖字,雑に書き殴った字で書かれた答案が少なくなく,中には「適法」か「違法」か判読できないもの,「...である」か「...でない」か判読できないものすらあった。

脱字,平仮名を多用しすぎる答案も散見され,誤字(例えば,検当する,概当性,多事考慮,通交する等)も少なくなかった。

☆問題文では,Xらの相談を受けた弁護士の立場に立って論じることが求められているにもかかわらず,各論点の検討において,問題文に記されているY側の主張を単に書き写してXに不利な結論を導いたり,ほとんど説得力がないYやAの立場に立つ議論を案出したり,Xの側に有利となるべき事情を全く無視して議論したりする答案が相当数見られた。原告代理人としては,もちろん訴訟の客観的な見通しを示すことは重要であるが,まずは依頼人の事情と主張に真摯に耳を傾けることこそが,実務家としての出発点であろう。

☆例年指摘しているが,条文の引用が不正確又は誤っている答案が多く見られた。行政事件訴訟法や道路法の条文を引用していない答案も見られた。

☆冗長で文意が分かりにくいものなど,法律論の組立てという以前に,一般的な文章構成能力自体に疑問を抱かざるを得ない答案が少なからず見られた。

☆どの論点を論じているのか段落の最後まで読まないと分からない答案や,どの小問についての解答かが明示されていない答案が見られた。

結論を提示するだけで,理由付けがほとんどない答案,問題文中の事実関係や関係法令の規定を引き写したにとどまり,法的な考察がされていない答案が少なからず見られた。

☆法律解釈による規範の定立と問題文等からの丁寧な事実の拾い出しによる当てはめを行うという基本ができていない答案が少なからず見られた。

☆問題文等から離れて一般論について相当の分量の論述をしている答案(設問1⑴において処分性の判断基準を長々と論述するものなど)が少なからず見られた。問題文等と有機的に関連した記載でなければ無益な記載であり,問題文等に即した応用能力がないことを露呈することになるので,注意しておきたい。

☆一般的な規範については一応記載されているが(例えば,原告適格や処分性の判断基準),それに対する当てはめがなされていない答案や,あるいは,提示した一般的な規範とは全く別個の根拠で結論を出している答案が見受けられた。これでは一般的な規範が何のために記載されているのか不明であるし,その内容を正確に理解していないのではないかという疑念を生じさせるものである。

問題文の指示を十分に把握せずに答案作成をしているのではないかと思われる答案も少なからず見られた。例えば,設問2⑴において,路線の廃止に係る処分性を検討するに当たり,その前提として道路の区域の決定及び供用の開始の法的効果を論ずべきことが会議録に明記されているにもかかわらず,その検討を行っていない答案が少なからず見受けられた。

☆小問が4問あったことも一因と思われるが,時間が足りず,最後まで書ききれていない答案が相当数あり,時間配分にも気を配る必要がある。

☆行政手続法上の不利益処分の概念を正しく理解できていないため,ウェブサイトの記載を処分基準と誤解する答案が目立ったことなどに鑑みると,法科大学院においては,行政法学(行政法総論)の基礎的な概念・知識がおろそかにならないような教育を期待したい

☆法科大学院には,単に条文上の要件・効果といった要素の抽出,法的概念の定義や最高裁判例の判断基準の記憶だけに終始することなく,様々な視点からこれらの要素を分析し,類型化するなどの訓練を通じて,試験などによって与えられた命題に対し,適切な見解を導き出すことができる能力を習得させるという教育にも,より一層力を注いでもらいたい。本年も,論点単位で覚えてきた論証を吐き出すだけで具体的な事案に即した論述が十分でない答案,条文等を羅列するのみで論理的思考過程を示すことなく結論を導く答案のほか,提示した一般的な規範とは全く別個の根拠で結論を出している答案すら散見されたところであり,これでは一般的な規範が何のために記載されているのか,そもそもその内容を正確に理解しているのかについて疑念を抱かざるを得ない。法律実務家を志す以上,論述のスタートは飽くまで条文であり,そこから法律解釈をして規範を定立し,具体的事実を当てはめるというプロセスが基本であるが,そのような基本さえできていない答案が少なからず見られた。上記のような論理的な思考過程の訓練の積み重ねを,法律実務家となるための能力養成として法科大学院に期待したい。

☆各小問に即して,上記のような観点からの能力の不十分さを感じさせる答案として特に目に付いたものとしては,原告適格,重大な損害,裁量権の逸脱濫用の判断に当たり,単に問題文に記載された事実を書き写すだけで,これを,問題文に指定された立場から法的に評価していない答案(設問1⑴,1⑵,2⑵),裁量が肯定される実質的な理由を検討することなく,単に法律の文言のみによって判断する答案(設問1⑵,2⑵),法的論拠を全く示すことなく,突如として本件内部基準の法的性質やその合理性の有無についての結論を述べる答案(設問2⑵)等が挙げられる。

☆法律実務家は,裁判官,検察官,弁護士のいずれにせよ,自己の見解とは異なる立場に立っても柔軟にその立場に即した法的検討,論述を展開し得る能力を身に付けることが期待されているものである。問題文に,Xらの依頼を受けた弁護士の立場で解答することを求める指示があるにもかかわらず,Xらの主張は認められないとの結論を導く答案や,Y側の主張を十分に理解した上でこれに法的評価を加えようという姿勢が見られない答案,ほとんど説得力を感じさせない主張の展開を試みる答案などが少なからず見られたのは,法科大学院教育又は学生の学習態度が,前記のような条文解釈に関する学説・判例の暗記に終始してしまっているところに一因があるのではないかとの懸念を生じさせるものである。

法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案も相当数見られた。法律実務家である裁判官,検察官,弁護士のいずれも文章を書くことを基本とする仕事である。受験対策のための授業になってはならないとはいえ,法科大学院においても,論述能力を十分に指導する必要があると思われる。

☆法科大学院教育において,一般的な判断基準や主要な最高裁の判例を学習し覚えることが重要であることはいうまでもないが,更に進んで,これらの基準を具体的な事案に当てはめるとどのようになるかを学ぶ機会をより一層増やすことが求められているのではないか。

※(坂野注)

「少なからず」という言葉(副詞)は、「数量・程度などが軽少でないさま。 たくさん。かなり。」という意味です。たくさんなのだが、たくさんというのは憚られるときなどに用いられる言葉です。

 一部の優秀な法科大学院の存在は否定しませんが、法科大学院の教育能力が全体的に見ればロクでもないことは、採点実感から見ても明らかでしょう。条文の引用が不正確又は誤っている答案が多く見られた。」「基本さえできていない答案が少なからず見られた。」「法律的な文章という以前に,日本語の論述能力が劣っている答案も相当数見られた。」という評価を受けた受験生達のなかから1/4が合格できてしまうのが、今の司法試験ということです。

 各地の弁護士会が、司法試験合格水準を適正に維持するよう声明を出していることも危機を物語る一徴表といえましょう。

谷間世代給付金案~続報

 司法修習の際に給費や給付金を受けられなかった、いわゆる谷間世代に対する日弁連の会費減額案は撤回されたが、先日お伝えしたとおり、新たな施策として谷間世代会員に20万円を支給する案が浮上している。

 今般、日弁連から、各弁護士会に10月15日付けで意見照会がなされ、その大枠が判明した。

支給対象
・新65期~70期(修習中に給費ないし給付の支給がなかった会員)のうち、給付を希望する会員
・給付時点(各年の7月1日時点)で、弁護士としての登録期間が通算して5年を経過していること
・弁護士会、日弁連の会費を滞納しているものを除く

給付額 20万円

※日弁連は、支給制度にすることにより、会費を事務所や会社が負担している会員にもメリットが出ること(そのような会員は、おそらく大都市に多いので東弁の会費減額反対に配慮した可能性が大)、既に育児免除により会費を免除されている会員にもメリットが出ることを示している。

 私が、何人かの谷間世代の方にお話を聞いたことがあるが、「確かに不公平感はあるがそれは国の制度が引き起こしたものであって、責任があるわけではない弁護士会や日弁連に対して積極的に救済を求めることは考えていない。しかし、弁護士会や日弁連が救済策としてなんとかしてくれるというのであれば、拒否はしない。」という御意見が多かったように思う。

 つまり、筋違いの救済を積極的に弁護士会に求めるわけではないが、頂けるのであれば有り難く頂戴します、というスタンスの方が多いのではないか。


 また、私と修習期が近い裁判官とお話ししたときに、弁護士会内で谷間世代救済の話が出ていて・・・と述べると、「谷間世代って何?」と真顔で返された経験がある。少なくとも裁判所において、谷間世代の不公平感については問題にすらされていない可能性がある(おそらく検察庁もその可能性は高い)。


 私は、本来責任を負うべき立場ではない弁護士会や日弁連が対策を取るのは、結局谷間世代以外の犠牲で谷間世代を優遇することになるし、国に対する施策を求める上でも障害になる(もう、弁護士会や日弁連が対策したじゃないか、もともと弁護士会費、日弁連会費が高いのが悪いのであって、裁判官・検察官においても同様の施策は採っていない等の反論の論拠を与える可能性がある)から、反対だ。

 それはさておき、仮にこの施策が実施された場合、財源は日弁連の一般会計収支差額約44億円をやりくりして出すことになるようだが、その規模は約20億円となるそうだ。
 有事に備えての留保なら分かるが、そんなに余っているなら全会員の会費減額するのが筋だと思う。しかし、日弁連は執行部の人気取りに偏っているのか、全会員にお返しするという発想がないようだ。


 支給額20万円を提案する日弁連執行部の理由がまたなかなかのものだ。

 私も知らなかったが、死亡弔慰金・災厄見舞金・傷病見舞金制度が日弁連にあるようで、死亡弔慰金は45万円、厄災見舞金、傷病見舞金はそれぞれ10万円の支給がなされるそうだ。

 そこで、将来予想される、南海トラフ地震、首都直下型地震で、弁護士の死傷者数や災厄で被害を受けた会員への見舞金を試算すると、南海トラフ地震で約15億9000万円、首都直下型地震で約5億2000万円必要なので、約20億円は残しておきたいという発想のようだ。

 会員への見舞金以外に、現実に必要になると思われる地震保険でカバーされない会館の修復費用、罹災地域弁護士会への支援金などは、まるで計算外なのだ。


 結局、支給ありきで、シミュレーションしているんだろうなという感を払拭できない。

 この日弁連の意見照会については、11月14日までの期限が付され、かなりタイトな日程で意見を求められている。


 筋違いの救済を振りかざして迷走するより、国に対して不公平是正を求めて活動している委員会を、全力で支援するのが日弁連の本来のあり方のような気がするのだが。


 岡口基一裁判官の下記のツイッター投稿に関して、最高裁は10月17日に戒告の処分を下した。裁判官の独立や表現の自由の問題もあるが、最高裁の判断について、雑駁な感想を述べておきたい。(詳細な主張書面を読んでいるわけではないので、誤解などもあるかもしれないことを予めお断りしておきます。)


問題のツイートは次の通り。

公園に放置されていた犬を保護し育てていたら,3か月くらい経って,
もとの飼い主が名乗り出てきて,「返して下さい」
え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・
裁判の結果は・・


 この記事には、裁判の結果を伝える報道記事にリンクが貼られ、このツイートを見た人が報道記事を容易に読めるようになっていた。


最高裁は、上記のツイートに対し、
「本件ツイートは,一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方とを基準とすれば,そのような訴訟を上記飼い主が提起すること自体が不当であると被申立人が考えていることを示すものと受け止めざるを得ないものである。」

と判断している。


 つまり最高裁は、上記のツイートを一般人が普通の注意をもって閲覧すれば、「岡口裁判官が犬の返還を求めた飼い主の提訴自体が不当であると表明している」という内容として読むはずだと断定したということだ。


 果たして本当にそうなのだろうか。


 私は弁護士であって法律家だから一般人ではないのかもしれないが、私が素直に読むならば、犬の返却を求められた犬を保護した人(以下「保護者」という。)の反論または感情を要約して表明したものに読めてしまう。


 公園に放置されている犬を可哀相に思って保護し、愛情をかけて育てていた保護者が、3ヶ月ほど経過した後に、いきなり「本当の飼い主は私だから犬を返せ」と請求されたら、誰だって「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3ヶ月も放置しておきながら何言ってるの?」と反論することは当然だろう。

 実際に、犬の所有権を巡る裁判の判決は、「原告はいったんはこの犬飼えないとして、公園に置き去りにし、被告が保護したときは雨中泥まみれで口輪をされていた状態」と認定されていた。(ただし、原告の所有権放棄までは認めず、被告に対して元の飼い主への引渡を命じた。)

 この裁判の認定のように犬が雨の中、何も食べられないように口輪をされ、泥まみれで放置されていたのであれば、そのような飼い主から犬を返せといわれた保護者は、なおさら「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?ひどい状態で公園に置き去りにした上に、3ヶ月も放置しておきながら何言ってるの?可哀相な犬のためにも返すことは出来ません。」と反論することは想像に難くない。というより可哀相な犬を保護するだけの人であれば、ほぼ確実に犬のためを思って、捨てた飼い主に反論するだろう。ちなみに愛護動物を遺棄する行為は、動愛法44条3項で100万円以下の罰金とされている。


 だからこそ、話し合いで決着がつかずに裁判に至ったはずだ。


 したがって、私が出来るだけ素直に「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」の部分を読むとしたら、犬の保護者からなされるであろう当然予想される反論か、保護した人が当然持つであろう心情を要約して表したものとしか読めないのである。


 ツイート自体の構成からしても、「え?あなた?・・・」の部分が岡口裁判官の主観であると判断することは困難だ。
 ツイートの構成から見れば、「返して下さい」という飼い主の主張に続いて、「」の記載はないものの、保護した人が当然抱くであろう心情または当然行うであろう反論を表現した文章が記載され、その内容も「あなた」との呼びかけがあることからも分かるように、保護者から所有者に対する主張と見る方が自然だ。さらにその後に行を変えて、「裁判の結果は・・・」とつながっており、当事者同士が裁判になったことが示されている。
 つまり、ツイートの構成から見ても、飼い主・保護者のお互いの主張が平行線となり、裁判に至ったという経緯が記載されているだけと読むのが自然だ。だからこのツイートが岡口裁判官の原告への評価を明確に示した記載には到底読めないのだ。


 最高裁からすれば、私の上記の考え方が、一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方ではないということになるのだろうが、どうしても私には解せない。

 なお、最高裁は、飼い主が東京高裁に対してツイートで傷ついたと主張して抗議してきたことを記載しているが、判断基準として一般人の受け取り方を問題としていながら、一般人ではない当事者の抗議を補足的に記載していることもイマイチな感がある。


 私事になるが、むかし歯医者で、「痛いなら言って下さいね」と言われたので、素直に「あ、ひょっろ、いらいれす(あ、ちょっと痛いです)。」といったら、歯医者から「痛くない!!」と断言され、それ以上「痛い」といえなくなってしまったことがある。なんとなく、今回の最高裁の判断を読んだとき、この歯医者での経験を思い出してしまった。

 今回の最高裁の断定は本当に正しいのだろうか。えらい裁判官の判断だからといって鵜呑みにせず、きちんと考えてみる必要があるようにも思うのである。あなたの権利が誰かに侵害された場合、冤罪で起訴された場合、最後の砦になるのは、裁判所だけなのだ。


 最高裁としては、仮に懲戒不相当の判断になれば、懲戒を申し立てた東京高裁長官のメンツが丸つぶれになるところでもあったので、岡口裁判官を戒告するためには、どうしても岡口裁判官が不当な評価を飼い主に対して与えていることにしなくてはならなかったのかもしれないが、私自身が判決をざっと読んだ上での雑駁な感想としては、余りに強引な認定ではないかとの思いを禁じ得ない。


 また、さらに残念なのは、全裁判官が一致しての見解だということだ。誰かが反対意見を書くのではないかと思っていたが、全員一致とは、ちと恐ろしい。


 もし、多くの方が今回のツイートに関して、私と同じような受け取り方をされるのであれば、それが一般の方の受け取り方に近いということになるかもしれない。

 仮にそうだとすれば、「最高裁の裁判官が全員一致で考えた一般人の受け取り方」と、「本当の一般人の受け取り方」に大きなズレがあることになる。

 万が一そうであるならば、最高裁は一般人の常識が欠けた人たちばかりで構成されている危険があるということにもなりかねないのだ。


 なお付言するが、私自身としては、岡口裁判官のツイート全てが問題がないと思っているわけではない。厳重注意を受けたツイートなどは、私から見てもどうかなと思うところはなきにしもあらずである。

 しかし、今回の最高裁の判断は、個人的な意見として言わせて頂ければ、非常に残念に思うものであったりもするのだ。

平成29年度司法試験採点実感から~公法系1

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 そういえば、H29年度司法試験採点実感について、コメントをしていなかったことを思い出した。もうじき、H30年度の採点実感が出されると思うが、基本科目についてだけでも、一応検討しておこうと思う。

(公法系第1問:→以下は坂野の雑駁な感想です。)

☆問題文には,検討すべき点について,ヒントとなる記述が多々あるにもかかわらず(例えば,立法経過に関する議論から,妊娠等の自由の制限と収容の点が大きなテーマであることに気付くべきであろう。),これに言及していない答案があった。また,問題文に書かれている前提を誤解していると思われる答案もあった。まずは,問題文をしっかり読んで,その内容を理解することが重要である。

何らかの意図があって問題文が設定されている以上、問題文に無意味な記載はほぼないと考えるべきです。問題文の前提を誤解しているなどはもはや論外。問題の前提を誤解している人が法曹になったとしたら恐怖です。

☆被侵害利益を適切に示さないもの,違憲審査基準を示さないものが散見されるとともに,違憲審査基準を一応示していてもそれを採用する理由が十分でないものが一定程度見られた。

→被侵害利益を明確にしなければ適切な違憲審査基準は選択できないでしょう。また、ある違憲審査基準をとる以上、それを採用する理由を明確にしなくてはなりません。理由もなく勝手な都合で違憲審査基準が選択されたら、困るでしょう。

☆本問において違憲を主張するとすればその瑕疵は法律にあるのであり,また,問題文に「Bの収容及び強制出国の根拠となった特労法の規定が憲法違反であるとして」と記載されていて,法令違憲を検討すべきことが示されているのに,適用違憲を詳細に論ずるものがあった。繰り返しにはなるが,問題文はしっかり読んでほしい。

おそらく法令違憲と適用違憲との区別すら分かっていない受験生が解答した可能性があるということ。この区別が出来ていない受験生がいるということは以前も指摘されていたが、法曹になる資格どころか、法科大学院を卒業させてはいけないレベル。

☆外国人の人権享有主体性について全く触れない答案が散見された。マクリーン事件判決を意識したものも,マクリーン事件判決について,単純に権利性質説を説いた部分しか参照できていない答案が多かった。

→超基本判例のマクリーン事件を教えていない法科大学院はないと思うので(あったらそれこそが大問題)、外国人の人権共有主体性を書き落とすとすれば、やはり法科大学院を卒業させてはいけないレベルと考えられます。

☆本問では,単純な権利性質説の論述では不十分であり,マクリーン事件判決の「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は,右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない。」「在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしゃくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。」という論理とどのように向き合うのかということが問われている。このことが意識されない答案が予想したより多かったことは遺憾であった。

司法試験委員が想定し、論じて欲しかったレベルの議論まで、多くの答案が到達できなかったということ。そしてそのような答案が、司法試験委員の想定以上に多数に上ったため、受験生のレベルが極めて危険な状況にあるということが、「遺憾」という悲痛な言葉に、込められているように感じられます。

☆権利性質説に関する論証も不十分なものが少なくなかった。例えば,「妊娠・出産の自由も,権利の性質上外国人にも保障される。」としか記載していないものが見られたが,妊娠・出産の自由がどのような性質の権利なのかを指摘して初めて妊娠・出産の自由が外国人に保障されるという論証になるはずである。

→法律家は理屈で説得する職業でもありますが、何の分析も評価もなく、結論だけ断言されても誰も説得されません。法曹となるべき素養を適性試験と入試で確認して入学させておきながら、こんなことも身に付けさせることが出来ていないのであれば、法科大学院の教育能力に疑問符がつけられても文句は言えないでしょう。

☆収容について,人身の自由という実体的権利の問題と,令状等なくして収容されるという手続的権利の問題とがあることについてきちんと整理された答案は僅かであり,人身の自由と手続的権利の問題が混然一体として論じられて整理されていない答案や,淡白な記述にとどまる答案が多く見られた。

→散見されたのではなく、「多く見られた」という指摘から、現在の司法試験受験生の全体としてのレベルダウンが看て取れます(もちろんその中には優秀な方がいることは否定しませんが)。法的な問題を整理して分析することは、法律家の基本と言っても良いと考えますが、分析する前に整理が出来ないのであれば、議論は迷走するしかありません。

☆さしたる検討もなく,「収容=逮捕」として,憲法第33条の例外に当たらないから違憲とする答案も見られた。
行政手続きと刑事手続きの違いを理解していないのか、時間がなかったのかは分かりませんが、少なくとも私が受験時代に読んだ教科書では、憲法33条は人身の自由及び刑事裁判手続き上の保障と項目分けされており、行政手続きに類推適用されるべきかという論点が記載されていたと思います。

☆問題文では,特労法における収容の要件,手続が詳細に示されているが,これらを十分に検討せず,単に裁判官によるチェックが欠けるから違憲とするだけの答案も目立った。憲法第31条以下の規定の一般的理解が十分でないと考えられた。

→私の記憶では、佐藤幸治の教科書では、行政の実体・手続きの適正性は基本的には13条の問題とし、31条は刑罰との関係におけるものであると明記されていたはずです(但し、20年近く前の教科書ですが)。その上で、厳密には刑罰の性質を有しなくても身体の自由を奪う行政処分に31条を準用する余地を認めていたと思います。あくまでも憲法上の規定としては31条は刑事裁判手続き上の保障という理解でした。行政手続きは、目的も多種多様であり、制限を受ける権利の性質・内容・程度、行政処分で達成しようとする公益の内容・程度など様々な考慮要素があるため、刑事手続きと同列に考えられないはずです。

☆例年指摘しているが,誤字(例えば,妊娠を「妊妊」としたり,「娠娠」としたりするものがあったほか,より懸念されることに,幸福追「及」権,収容を「収用」とするもの,主権を「主観」とするものなど,法概念に関わる誤字もあった。)がかなり認められるほか,乱雑な字で書かれて非常に読みづらい答案が相変わらずあった。

重要な法概念にかかわる誤字があるということは、その概念の内容についてきちんと勉強できていないという可能性が高いと考えられます。例示された誤字は、司法試験受験生であれば誤解していてはならないものです。法科大学院ではこのようなことをどう考えているのでしょうか。

☆基本的な事項の理解に努めることの重要性を改めて指摘しておきたい。
要するに基本が出来ていない。これではダメだと採点者は言っています。

 

 

(続く)

 

谷間世代に対する日弁連救済案の変更?

 本日の常議員会で、谷間世代救済?についての日弁連の動向が報告された。

 谷間世代に対する日弁連会費減額案について、大阪は台風で常議員会が流れたこともあり、賛否留保で意見照会に回答していたが、全国単位会の照会結果は次の通りだそうだ。

 賛成 33単位会

 反対 14単位会

 留保 5単位会

 この結果から、日弁連執行部は会費減額による谷間世代への対応をを変更した方が良いと判断したようだ。一見、33単位会が賛成しているから、あっさり実現するようにも見えるが、実は反対・保留の内訳に問題があったのだ。

 反対意見に東京弁護士会(会員数8269名)、保留意見に第1東京弁護士会(会員数5203名)、第2東京弁護士会(会員数5408名)、大阪弁護士会(会員数4566名)が含まれていたのだ。

上記の4会だけで、全弁護士数(40098名)の58.5%を占めており、執行部としては総会決議などで敗北することを恐れたのかもしれない。

 しかし、執行部は会費減額に代わる案を検討していることが明らかになった。

 それは、谷間世代弁護士に一律20万円を支給するという案だそうだ。

 多分この案が実現すれば、効果のはっきりしない会費減額よりも、有難いと思う谷間世代の弁護士は多いはずだ。

 執行部の株も、間違いなく上がるだろう。

 だけど、ちょっと待って欲しい。

 そのお金は、執行部の人が出したお金ではないのだ。

 全会員の負担している日弁連会費から拠出されるのだ。

 つまり、全弁護士の負担なのであって、執行部が感謝されるいわれは本来ないのである。

 しかも、詳細はまだはっきりしていないが、国の政策の失敗なのに、どうして日弁連会費で尻ぬぐいしなければならんのか、一番肝心な部分がはっきりしていない。

 例えば、規制緩和で法人タクシーを馬鹿みたいに増やし、その後、タクシー運転手の労働環境が悪化したからといって、再度規制をかけたりしていたけど、そのタクシー運転手の被害に対して法人タクシー業界が自腹切って何らかの補填をするなんてことは、普通ではありえないと思うんだけどな~。

 そこのところをはっきりせずに、単に可哀相だとか不公平ではないとかいう理由では、全弁護士が負担することを正当化するだけの理由にはならんと思うんだけど。

 もちろん、既に弁護士になっている谷間世代に対する対応だから、今後の新規法曹希望者を増やす理由にはならないし。

 はっきりいえば、谷間世代に対する救済を日弁連や各弁護士会がやろうとしていることは、他の世代を犠牲にしていることと等しいのだ。

 そのような犠牲を谷間世代以外に強いておきながら、日弁連とか弁護士会への求心力を強めたい・・・なんて、分裂を深めてるだけじゃないの?

 求心力が欲しいなら、日弁連や弁護士会は本当に弁護士のために頑張ってくれているんだな~、大事にしなきゃあかんな~と、それぞれの弁護士に実感させるのが一番だ。

 本当に谷間世代を救済したいのなら、日弁連執行部と有志で基金を作ったらいいじゃないか。その方がずっと日弁連執行部への求心力は高まるはずだ。そうそう、会長選挙前に派手に旗揚げしていた「広げよう!司法の輪 日弁連の会」なんかは、今の日弁連会長が代表だったし、きっと基金に協力してくれるはずだぞ。

 

 日弁連の対応は、私から見れば、なんかずれているとしか思えない。

 

大阪弁護士会のLAC負担金に関して~ご報告

 台風直撃の影響で、常議員会が延期され、今日の常議員会は、2回分の決議・審議をしなければならない非常にタイトなものだった。案の定、予定終了時間である5時を大幅に超過しても終わらなかった。

 だが、8月8日のブログで書いたように、LAC案件の負担金に対する私の質問に対して、回答をすると執行部から約束してもらっていたので、来客との待ち合わせ時間を少し過ぎるまで頑張って、審議事項の最後までは出席していた。

 弁護士費用保険(LAC)に関して、①弁護士会が保険会社から依頼を受けて弁護士を紹介する紹介案件と、②弁護士が直接クライアントから依頼を受けて保険を利用する選任済案件、という2種類があることは前のブログでも記載したとおりだ。

 ①は弁護士会が弁護士に紹介する手間をかけているので負担金という発想も、ギリギリ理解できなくはないが、②に関しては全く弁護士会に手間をかけていないのでどうして自分の依頼者が弁護士費用保険を利用するというだけで7%もの負担金を弁護士会に納めなくてはならないのか、理解が難しいところである。

 前回の常議員会で、選任済案件に負担金を課している弁護士会はどれだけあるのか質問していたが、今日の常議員会でその回答が得られた。

 選任済案件に負担金を課している単位会は、全国で唯一、大阪弁護士会だけだということだった。担当副会長は神奈川、新潟の弁護士会にも確認してくれたそうだが、やはり今は負担金は課していないとの回答だったそうだ(かつて負担金を課していたかことがあるかは不明)。

 紹介案件について負担金を課している弁護士会は、担当副会長の調査のご記憶では13会だということだから、全国52単位会(弁護士会)のうち、紹介案件について負担金を課しているのはわずか25%の弁護士会にすぎないということだ。

 ということは、大阪弁護士会は、LAC紹介案件に負担金を課している少数派であるだけでなく、選任済案件にも負担金を課している全国唯一の弁護士会ということだ。

 おそらく総会決議を経てそのような負担になっているはずだし、執行部提案に漫然と賛成しているうちにこうなってしまったのかもしれないが、果たして、大阪弁護士会会員の多くは、選任済案件にも負担金を課されることを、ホントに納得しているのだろうか。

 選任済案件にも負担金を課す日本唯一の弁護士会という状況から考えれば、大阪弁護士会執行部のエライ先生方は、LAC案件などやらなくてもやっていけるので、あんまり深く考えてくれていないのではないか、との疑念を拭いきれない。

 また、他の多くの弁護士会ではたとえ紹介案件でも負担金を課さずにやって行けてるのに、どうして大阪ではそれができないのかという疑問も湧いてしまう。

 谷間世代に対する会費減額の大盤振る舞いをする前に、もっと他に、やることがあるんと違うのかな~、大阪弁護士会は。

う~ん授業改善報告書かあ・・・・。

 私は、縁あって関西学院大学の法学部と、法学研究科(大学院)で、春と秋に一つずつ演習講座を担当させて頂いている。

 ぶっちゃけ非常勤講師のお給料は安い。関関同立の非常勤講師は結構安めに設定されているとの、捨て置けない噂もあったりする。西宮北口から山の上にあるキャンパスまでタクシーを利用することや、事務所維持費を考えると完全赤字だったりもする。

 しかし、私は教えることが好きだったりするので、ちょっと大変でも講師を続けさせて頂いている。法学部で教え始めてからもう12年ほどになる。

 大学院では会社法についてお話しさせて頂いているが、法学部では、ペットに関する法律の諸問題と題して、ペットの法律上の扱いからはじまって、ペットがトラブルを起こした場合等の法的構成などについて、かなり実務家的視点を交えて、お話しさせて頂いている。

 最近、大学側から、学生による授業評価を実施するようにと、多くの講師もいわれているようだが、私も例にもれず、大学側から指示を受けた。

 そこで、学生にインターネットで授業評価を提出するように伝えた。

 先日、大学側から親展で、その結果が届けられた。

 結果的には全学平均や学部平均よりも高い評価を学生さんから頂いた。授業に関する10項目ほどについての学生さんの評価は、5点満点で5~4.5点であり、特に授業満足度は5点を頂いた。

 他の大学のある教授にお伺いしたところ、学生の評価なんか気にしてちゃダメですよ、とのお言葉を頂いたが、やはり評価してもらえると嬉しいものである。

 ところが、大学側は、授業改善報告書を出せというのである。

 私としては、ここまで学生さんに満足して頂けているのなら、改善する必要は、そんなにないんじゃないかとも思うのだが、おそらく、学生を募集する際に、うちの大学では、教員に対して、このような評価もして常に改善に取り組んでいると対外的に示せるし、文科省に対する対応も含めてこのような報告書を大学側は求めているのだろうと思う。

 大学側も、大変なんだな~と同情する反面、これだけ評価して頂いているのであれば、改善報告書が必要なのか?と、改善報告書を求める一律の扱いに対して、少し反発心を覚えてしまったりもするのである。

 


 私は、7月19日のブログで、いわゆる谷間世代に対する弁護士会費・日弁連会費の減額は、筋違いであるとして反対する記事を書いた。

 そしてその記事の中で、

「日弁連執行部主流派は、良いだろう。自分達が主導して谷間世代救済を行ったと胸を張れるからだ。また谷間世代は会長選挙の際には相当大きな票田になりうることも、おそらくその背景にはあるのだろう。

 しかし、その実態は、他人の金(谷間世代以外の会員の会費)を使い、さも自分が救済したかのような顔をすることになるだけの話だ。」

と記載した。


 今でもその考えは変わらないが、弁護士会単位で谷間世代に対する弁護士会費を減額することを決議した某弁護士会所属の方から、やっぱりなぁ~(もしくは、なんだかなぁ~)と思われる話を耳にした。

 大阪ではない、西日本の某弁護士会でのお話である。


 その某弁護士会では、会長をはじめとする執行部が音頭をとって、谷間世代の弁護士会費減額を提案し、総会で可決した。
 当時の会長は、総会のあとに谷間世代の弁護士複数から、(弁護士なら誰だって、弁護士会費が減額になれば助かるのだが)「先生のおかげで助かります!」などと言われ、「若手のためにできることはやる!」等と、胸を張ってカッチョイイお答えをされていたようだ。
 まあ、そのような受け答えからすれば、その会長さんは、若手のために可能な限りの尽力をするというお立場のようなので、もちろん、私的な部分でも若手のために可能な限りの尽力をなさっていると、普通思うだろう。
 そのお話を聞いたとき、私もそう思った。


 しかし実態は違った。


 少し話が飛ぶようだが、ご存じのとおり、司法修習のうち弁護修習は弁護士事務所に割り当てられて、そこで弁護士業務に関する修習を行う。弁護士としては、机やスペースを用意するだけでなく、まだまだとても戦力にならない修習生に起案させたり添削したり、法廷に連れて行ったり、相談に同席させたり等、手間ばかりが相当かかる。
 司法修習生を弁護修習のために事務所に受け入れることは、内容的にはほとんどボランティアに近い、はっきり言えば事務所にとっては、経営上迷惑な制度でもあるのだ。
 特に、弁護士が激増していながら裁判所に係属する事件数が減少中の昨今は、弁護修習先の事務所を見つけること自体が、大変になりつつある。


 話を戻すが、某弁護士会の会長さんは、これまで司法修習生を事務所に受け入れることに消極的であったそうだ。それ自体、若手支援の立場に矛盾しかねないように思うが、ただ、会長時に、谷間世代の救済、若い世代への尽力を公言し、他の世代にツケを回す形で谷間世代の会費減額を推進したので、周囲はさすがに、今回は司法修習生を事務所に受け入れるのではないかと思ったそうだ。

 
 そりゃそうだ。
 あたしだって、そう思う。


 谷間世代の会費減額をするということは、その減額分をそれ以外の世代で負担するということである。他の世代を犠牲にしてまで、若手のためにと銘打って谷間世代の会費減額を提案・推進する以上、ご自身が先頭に立って、若手のために行動しているか、少なくとも行動する堅い決意があるとみて、普通は間違いないところだからだ。しかも弁護修習の受け入れ先を探すのに、弁護士会は相当苦慮している状況下にあり、その事情も会長経験者なら、当然よ~~~く分かっていらっしゃるはずだからだ。


 まず隗より始めよとは古今の名言。
 知らないとは言わせない。


 しかし、その会長(経験者?)さんは、司法修習生の受け入れを明確に拒否したそうだ。


 おそらく、その方のお考えはこうではないか。

 「他人の金(弁護士会の金)を使うのであれば、谷間世代を救済しても良いけど、自分の懐が痛むのなら若手のために尽力することはできない。」

 もっと分かりやすく言えばこうなるか?

 「会長としては、谷間世代を救済したいが、個人としては若手支援はできない。」

 
 私の邪推が当たっているとすれば、な~んだ、結局、谷間世代の救済実現!と大戦果でも上げたような顔しながら、「その実態は、他人の金(谷間世代以外の会員の会費)を使い、さも自分が救済したかのような顔をすることになるだけの話」ってことじゃない。

 まあ、私から見れば態度が一貫していないように見えちゃうね。