フェルマーの最終定理(フェルマーのさいしゅうていり)とは、3 以上の自然数nについて、xn+yn=znとなる 0 でない自然数 (x,y,z) の組み合わせがない、という定理のことである。 

 

 17世紀の数学者、フェルマーが残したこの難題に挑んだ、多くの数学者達のドラマを描いたのが、サイモン・シン著「フェルマーの最終定理」である。

 フェルマー自身がこの問題について、「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここでは記すことはできない」と記述しており、幾多の数学者がこの難題に挑んでは跳ね返されてきた。~ウィキペディアによると、フェルマー自身の証明は不完全だった可能性が高く、勘違いだったのではないかとの指摘もあるそうだ。

 

 この難題は、ついに、360年経って、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによって証明されるが、その証明に日本人数学者の功績が大きく影響していたことは、この本で初めて知った。

 

 日本人数学者による、谷山・志村予想(モジュラーでない楕円曲線は存在しないという予想)が、フェルマーの最終定理を証明する大きな鍵となっていたのである。

 

 しかし、研究中の谷山は挙式を数ヶ月後に控えながら自ら死を選んでしまう。 そして、二つ目の悲劇が起こる。谷山の婚約者だった女性が、谷山の後を追ったのである。

 

 その女性は、こう書き記していたという。

 

 「私たちは、何があっても決して離れないと約束しました。彼が逝ってしまったのだから、私もいっしょに逝かねばなりません。」

 

 盟友を失いながらも志村は、更に研究を続け、多くの証拠を積み上げる。そして、証明こそ叶わなかったものの、単なる観測ではなく、「予想」の名に値する理論であることが受け入れられていき、最後には、フェルマーの最終定理の証明の鍵となっていく。

 

 私は、大学入試の頃以来、数学からは遠ざかっていたが、難しい数学のことなど分からなくても、数学者達のすさまじい程のドラマは読むものの胸を打つ。

 

 数学なんて・・・・、と毛嫌いされず、人間ドラマとして是非一読されることをお勧めしたい本である。

 

新潮文庫 税抜781円

月光~2008.5.21掲載

  時々帰宅する際に、鴨川に架かる橋から空を見上げます。時々、いい月が出ているときなどは、つい上を見ながら歩いてしまうことがあります。

 

 しかし、いくら京都といっても都会です。高原で見る夜空の月には、かないません。

 

 私は一度、秋の奥志賀高原の真夜中に、物凄い月夜に出会ってしまったことがあります。

 

 ほぼ満月だったのですが、標高1500mの澄み切った空気の中、雲一つない夜空に輝く月は、こういう表現が正しいのかわかりませんが、壮絶な明るさで、高原を照らしていました。

 誰もいない高原が、辺り一面見渡せ、木々の影さえ見えました。

 まるで、ひんやりと冷たい高原の空気、それ自体が、蒼い光を帯びているかのような明るさで、見渡す限りの高原を包んでいたのです。

 

 この空間を水晶の形に切り取って真っ暗な部屋に浮かべることができたら、どんなに美しいだろうか、柄にもなくそんなことを考えながら、しばし呆然と見とれてしまった私なのでした。

Portrait展

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先日、日弁連の代議員会に出席した。

普段はしゃんしゃんと終わるところ、珍しくいくつか意見や質問が出た代議員会だった。

その帰りに、銀座のギャラリー小柳で、開催されているportrait展を見に行った。

諏訪敦先生の作品が目当てだった。

少し分かりにくいところいあるギャラリーだが、HPの地図を参考にすればすぐ分かる。

エレベーターに乗って、降りたところが既に会場になっている。

私以外、誰もお客がいない。

諏訪先生の迫力のある大作を鑑賞するには絶好の、もったいないくらいの条件だ。

4月8日まで開催されている。

せっかくの機会をお見逃し無く。

反射望遠鏡~2008年10月17日投稿

私は、夜空の星を眺めることは結構好きな方ですが、特に天体の知識があるわけではありません。

 

 ですから、星の名前や星座については実はあまり、知らないのです。

 

 ところが大学時代、一度だけ反射望遠鏡を振り回したことがあります。以前も書いたように私は京大グライダー部に所属していました。グライダー部というところはなぜか、理系の学生が多いクラブで、私の同期でも文系の学生は教育学部のI君(途中でやめちゃいましたが)くらいしかいませんでした。

 

 ちょうど私が3~4回生の頃、2年後輩に理学部の学生であったK君がいて、クラブの学生のたまり場で、何かの拍子に理学部の反射望遠鏡の鍵を預かっているとかいう話をしてくれたのです。幸い私と同期には、盛岡一高天文部の部長であったC君がいたため、相当な夜更けでしたが、C君・K君ほか何人かで忍び込んで星でも見ようぜ、ということになりました。

 

 確か理学部の屋上に設置されている、40㎝クラスの反射望遠鏡だったと思います。暗い中、理学部の建物に入り込み、屋上まで行きました。そこで、C君に星雲やら、惑星に照準を合わせてもらって、交互に宇宙をのぞきました。

 

 C君が選んで見せてくれた星雲の名前は忘れてしまいましたが、その星雲は望遠鏡の視野の真ん中に捉えられていても、その真ん中を見つめると見えず、望遠鏡の視野の端を見ようとすると何となく目に画像が捕らえられるというもので、じつに儚げな感じがしました。 

 

 また、土星も見せてもらったのですが、時期も良かったのでしょう、ぱっと見たところ、まるで輪っかを帽子のようにかぶった可愛い子どものような佇まいをしていたように思います。

 このとき私が初めて直に見た土星は、望遠鏡の視野の中では、たった今、真っ暗な虚空からマジシャンが取り出して、そっとおいたような、それでいてずいぶん昔からあるような、実に不思議な雰囲気で、闇の支配する宇宙の中に、たった一人で白く輝きながら「ポッ」と奇跡のように浮かんでいました。

 

  その後、今まで、望遠鏡で土星を見たことはありませんが、機会があれば是非あの可愛い姿を見てみたいと思っています。

 先だって、受験時代のH君との話とカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲のことを書きましたが、その際に私が候補にあげた曲の一つがJ・Sバッハ「管弦楽組曲第3番の「air」楽章」です。いわゆるG線上のアリアとして有名な曲ですから、ご存じの方も多いでしょう。いろいろな楽器で演奏されますが、やはりオーケストラによるものが一番しっくりきます。

 

 私がこの曲からうける印象は次のようなものでした。


 既に私はこの世での生を終えています。天上に向かう途中のようです。冥界の使者なのか天使なのかは分かりませんが、ある存在が、ゆるやかに、私に立ち止まって振り返るように身振りで伝えます。

 私は何の疑問もなく、そうするのが当たり前であるかのように、振り返ります。私の動きは水中であるかのように、ゆっくりです。人々が生活し、暮らしている、しかし、私のいなくなった地球を眺めながら、自分の人生を静かに想い起していきます。楽しかったこと、悲しかったこと、どうしようもなく切ない思いに暮れたことなど、自分が人生で体験した光景が、既に記憶の底にしまい込み思い出すことさえなかったことまで含めて、ゆっくりと目の前を流れていきます。しかし不思議と話声や音は聞こえません。

 心はもはや何物にも乱されることはありません。感情から解き放たれ、ひたすらに静かに穏やかなだけです。ただ、私が体験してきた全てのことに、やはり意味があったのだという想いだけは間違いなく感じられるようです。

 

 ここまでで、私がこの曲から受ける印象のおよそ半分くらいです。これ以上は私の言葉で表現することはできません。あとは、実際に曲を聴いて感じて頂くしかないようです。私の個人的な印象ですが、この曲は、もはや、人の領域を超えて神の領域までをも表現した曲であり、神の領域を人間の言葉で表現することは不可能であるからです。
 
 おそらく、この曲を作曲したときのバッハの魂は、完全に浄化され、あらゆる色を拒絶して純白に輝きながら結晶化しており、既にこの世ではなく、天上に存在していたにちがいありません。 

 

 わずか5分程度の小曲ですが、その曲に含まれた世界は広大です。忙しい師走ではありますが、少しだけその広い世界を覗いてみられてはいかがでしょうか。

 

 今年のブログは、これで終わります。今年6月からはじめた、読みにくいブログを読んで下さった方々、有り難うございました。皆様が、良き年をお迎えになることを願っております。


 なお、当事務所は新年は1月7日より始業いたします。ブログも更新していく予定です。

 今後ともイデア綜合法律事務所をよろしくお願いいたします。

0.03点の向こう側~2009.4.27掲載

私の手元に、平成8年度の私の司法試験の成績表がある。

 

平成7年度司法試験、753人が合格した論文試験で、総合成績A(1000番以内)で惜敗した私は、今度こそという思いで、平成8年度の司法試験に臨んだ記憶がある。

 

平成8年度の成績表には次のように書かれている。

 

論文試験の合否   不合格
論文試験の総合得点 145.47
論文試験の総合順位 544

 

 平成8年度の司法試験出願者は25395名、司法試験論文式試験の合格者は768名、単純合格率は3.02%である。私は、この768名が合格した同じ論文式試験で成績は544位(上位2.14%)でありながら不合格とされた。
 これは以前もブログに書いたことがあるが、検察官志望者の減少と司法試験合格者の高齢化から導入された、丙案(論文式試験合格者を、概ね5/7を成績順に決定し、残りの概ね2/7を受験回数3回以内のものから選抜する方式)という、不公平きわまりない合格者決定方式が施行された最初の年であったからだ。

 

 当時の司法試験は5月に行われる短答式試験(競争率約5倍)に合格して初めて、7月の論文式試験(競争率約7倍)を受験できた。そして、論文式試験合格者は10月の口述試験を受験できるが、口述試験の合格率は95%以上だったはずなので、7月の論文式試験が司法試験のまさに天王山だった。
 受験生は、その天王山に向けて真剣に努力を重ね、実力を身につけていく。そして、3日間の論文式試験で合格に必要な実力を発揮できたものが合格できたのだ。ところが、丙案では違った。私の積み上げた実力は、受験回数が多いということで否定され、私より成績の低い受験回数の少ない受験者が少なくとも220名くらいは合格したのだ。

 

 ちなみに、司法試験委員会が発表した、合格最低点は、平成8年度論文式試験で次の通りだった。

 

 無制限 145.50点以上
 制限枠 141.50点以上

 

 私の得点と、無制限受験者の合格点の差はわずか0.03点であった。私より約4点も点数の低い者が受験回数が少ないという理由で合格し、私は不合格だった。

 

 また、論文式試験の合格者768名の5/7の順位は、548.57位であり、私の順位は544位であるから、厳格に5/7を適用してもらえば、合格していなければおかしい。しかし、あくまで、比率は概ね5/7となっているので、ぎりぎりで切り捨てられたのであろう。

 

 おそらく、平成8年度論文式試験の不合格者の中では最高点を私は取っていたのではないかと思う。

 

 

 0.03点の向こう側とこちら側。決定的な違いであった。

 

 向こう側は司法修習生として、弁護士・裁判官・検察官への道が開かれ、こちら側は何もない。むしろ周囲の冷たい目と、どれだけ努力すれば合格するのか分からない精神的な徒労感、来年受験するために必要な経済的負担の問題、合格できなかった場合の将来の不安感など、精神的・経済的荒野が広がっているだけである。

 その2年後、私は、合格できたからまだ良かった。しかし、丙案の実施により、本当に多くの人間が人生を狂わされたことも事実である。

 

 法科大学院制度と新司法試験、合格者の激増により、今の受験生は私達のときより10倍以上合格しやすくなった。

 しかし、試験制度の変更に対して、受験生は何時の時代でも弱い立場である。

不思議な体験~2


 前回のブログにも書いたように、霊的なものについては極めて鈍感なS弁護士だが、どうにも説明が付かない不思議体験が、実は、もう一つある。

 男子学生なら誰しも、女性と二人きりでドライブしたいと思うものだ。しかも、できれば、夜中の方がなぜか嬉しいものである。もちろん学生Sも例にもれなかった。

 京都の学生がドライブするコースなら、たくさん考えられるが、ワインディングを楽しむのなら、山中越え・途中越えの他に、周山街道という手段もあった。周山街道は国道162号線が京都市から北へと伸びていくもので、そのまま日本海まで行けてしまうルートである。


 当時読んでいたバイク雑誌で、周山街道には幽霊が出るという噂もある、という記事も読んだ記憶もあったが、もちろんそんなことは信じていなかった。


 さてある日の深夜、学生Sは、お付き合い中の女性を助手席に乗せて、周山街道を気持ちよく北に向かって走っていた。確か、夜食でも食べようと誘ったかなにかで、あまり北に走りすぎると京都市内のラーメン店がしまってしまうかもしれず、ある程度のところでUターンをして、京都市内に向かって走っていた時のことだった。

 もちろん深夜なので、対向車はほとんど通らない。対向車があってもライトの光でかなり手前から気付くので、以外に安全なのだ。たわいもない話をしながら、学生Sは気分よく、制限速度+αのスピードでコーナーをクリアしていくのを楽しんでいた。
 おそらく学生Sは自分の大したこともない腕前に酔っており、助手席の女性は横Gをかけられすぎて車に酔っていたのかもしれなかった。

 トンネルを越えて、すこし進んだところの左カーブ。
 スピードがそこそこ出ていたためか、学生Sが、やや膨らみ気味にカーブを曲がったその瞬間だった。

 突然、白い車が目の前に現れた。
 やばい!
 直感的にそう思った学生Sは、「うわっ」と叫び声を上げ、助手席の女性は「きゃっ」と声を上げる。学生Sは、さらに左にハンドルを切ってかわそうとする。

 幸いにも、白い車はそのまま、至近距離を対抗車線をすーっと通り過ぎていった。
 運転手は、やけにしろっぽい顔をした、血の気の薄い印象の男性だったが、真っ直ぐ前を向いてこちらの挙動など気にしていない様子で、そのまま通り過ぎていった。


 危なかった~。


 衝突を避けられたことに安堵して、すこしスピードを緩めつつ、車の時計を見ると2:22だった。
 しかしである。
 何か、違和感があった。何かが変だと、学生Sの直感が叫んでいた。


 すこし運転を続けているうちに、別の車がエンジン音を響かせて対抗車線を通り過ぎていった。学生Sは、そこで初めて異常な事態が生じていたことに気付くことになる。


 つまりこうなのだ。

 いくら学生Sの運転が、同乗者を乗り物酔いさせるようなものであっても、無茶はしないのだ。対抗車が来るのを分かっていながら左カーブをやや膨らんで走行することなどは、絶対にしないのである。

 それにも関わらず、左カーブをやや膨らんでしまうスピードで走行したのは、学生Sは、対抗車線にライトの明かりが全くなかったことから、対向車が来ないことを確信していたからなのだった。


 つまり、対向車は、ライトを点灯させずに、走行していたのだ。そして、そのことに、そこで初めて気付いたのだった。


 「ちょっと、さっきの危なかった車、ライト点いてなかったよな」と確認してみたところ、両手でシートベルトを握ったまま、助手席に座っていた女性は2~3度肯き、間違いないという。怖がり、嫌がる女性を説き伏せつつ、怖いもの知らずの学生Sは、現場に戻って自動車が来ないことを確認の上、ライトを消してみた。

 何も見えない漆黒の闇である。

 ちょうどその現場は、街灯が途切れており、道路を照らす明かりが全くないのである。しかも山の中であり、月も出ていない深夜である。道路の中央線ですら分からない位なのだ。
 無灯火では、危なくてとても自動車を運転できるような状態ではない。


 また、自動車がすれ違う際には何らかの音が聞こえるものだ。風を切る音やエンジンの音などである。
 しかし、思い返してみても、その白い車とのすれ違いでは、そのような音を聞いた記憶がどうしても見つからないのである。


 周山街道では、妙に血の気の薄い男性が、運転席で真っ直ぐ前を見据えたまま、音も立てずに漆黒の闇の中を、無灯火で白い自動車を走らせている・・・・・?


 しかし、カーブの多い周山街道を深夜、街灯もない闇の中でライトもつけずに自動車を走らせるなど、現実的には不可能である。


 この一瞬のすれ違いは、どうにも説明できない体験として、未だにS弁護士の記憶には残っている。

不思議な体験

 もともとS弁護士は、たぶん霊感なんか一切ない方であり、座敷わらしに会っていたいなどという不埒な願望を持ちながらも、霊的なものについては極めて鈍感な男であると自負している。


 ただ、説明の付かない不思議な夢は、体験したことがある。


 ある日、司法試験の受験勉強を夜通しやっていて疲れてしまい、夕方に仮眠を取っていた時のことだ。


 ふと気付くと、深い蒼色に充たされた世界に受験生Sはいた。蒼くて暗いのだが、ド近眼の受験生Sにも、なぜか遠くまで見通せる。
 空間それ自体が蒼い色に染まり、その蒼い空間それ自体からぼんやりと明るさが出ているような不思議な世界だった。

 もちろん、当の本人は夢の世界なので、そのときは、なんの不思議も感じていない。

 どうやら受験生Sは、長く続く大きな階段の途中に腰掛けているらしい。
 その、階段の両脇には杉の巨木が列をなして植わっている。樹齢にして何百年も経過していることがなぜだか、受験生Sには感じられる。

 そして、その階段を、続々と人が上ってきて、ゆっくりと受験生Sのそばを通り過ぎていく。

 なぜか全員がうつむいて、黙り込んでいる。

 うつむいて黙ったまま、黙々と、階段を上ってくる。
 思い返してみても、その人達の顔を見たような記憶がない。

 しかも、全員が白い着物を着ているのだ。

 これだけの人数が歩いているのだから、人のざわめきや衣擦れの音が聞こえても良いはずなのだが、なぜか、音が、全くといって良いほど聞こえない。

 振り返って上の方を見てみても、やはり白い着物を着た大勢の人がずっとつながって階段を登っている。薄い霧がかかっているような感じがして、上の方は遠くまでは見えない。

 というあたりで目が覚めた。


 目が覚めた受験生Sは、夕食を一緒に食べた友人に、この不思議な夢の話をした。友人は、ひとしきり受験生Sの話を聞いた後、「変わった夢やね。」と大して興味もなさそうに言った。

 そして、夜になり受験生Sは寝床につき、寝入った。
 
 ゴーッ

 妙な音を聞いた気がして、受験生Sは目を覚ました。
 ベッドの中で耳を澄ましてみたが、しかし、現実には、音は聞こえないようだ。
 「やれやれ、最近は神経が高ぶっているのかな」と思ってもう一度寝ようとしたその瞬間だった。

 大きな揺れが襲ってきた。

 大きな被害を出した阪神淡路大震災だった。


 「後からおもえば、あのとき不思議な夢を見ていた」と言う人はよくいるが、受験生Sの場合は、その前日に友人と不思議な夢について話していたという点で、地震の半日前に不思議な夢を見ていたことについての証人がいることになる。

 その頃は、精神的に不安定だったのか受験生Sの見る夢は、なぜか変なものが多く、中国の飛行機が落ちて電話を探す変な夢を見たと友人に話した数日後に中国の飛行機が墜落したりして、我ながら予知能力があるのでは、と少し疑ったこともあった。

 しかし、もちろんそんなことはなく、それっきり何かを暗示するような夢は見なくなっており、やはり自分に霊感を感じることはない。


 けれどもごく希に、その友人と震災の前日に見た夢の話を話題にして、不思議なこともあるものだ、と夢の話題で話すことは、未だにあったりする。

よくわからん予備試験制限論~2

 

(前回の続きです。)


 予備試験制限論者の主張で、さらに理解しにくいのが、大学在学中や法科大学院在学中の学生が予備試験を受験すると、どうして法科大学院教育に重大な影響が生じるのかという点である。

 他にもあるとは思うが、私がいまざっと想像するに、次の4点くらいが予備試験制限論者の根拠ではないかと思う。

①予備試験受験者が法科大学院の授業に集中しなくなる。
②予備試験に合格すると大学生が法科大学院に来ないか、法科大学院生が中退してしまう。
③予備試験に合格する学生は優秀な学生であって、優秀な学生が中退してしまうと、双方向授業がなりたたない。
④法科大学院を中核とする法曹養成制度という理念に反する。


①については、理由にならない。
 法科大学院に行ったからといって、必ず授業に集中しなければならないわけではなく、サボろうが内職しようがそれは学生の自由である。授業に集中しなくて学力が身につかなくてもそれは自己責任だ。司法研修所でも内職している修習生がいたぞ。それに、法科大学院の授業に集中しないからといって予備試験受験者が、学級崩壊よろしく、こぞって授業妨害するとも思えない。
 たとえ予備試験受験者が授業にあまり集中しなくても、熱心に授業に参加する学生にしっかりと教育してあげれば良いだけであって、なんら法科大学院の授業に重大な影響を及ぼすとは思えない。

②についても、理由にならない。
 むしろ予備試験合格者が抜けてくれた方が、熱心に法科大学院教育を受けたい学生だけが残るから、法科大学院教育にとっては、むしろ好都合なのではないか。敢えて言うなら、予備試験に合格して中退されてしまうと、その法科大学院の司法試験合格実績にはならない可能性があるが、それは教育内容とは全く別次元の法科大学院の経営面に関する問題であって、法科大学院教育に重大な影響を及ぼすことにはならないはずだ。

③についても同様である。
 優秀な法曹を育てるには優秀な人材が必要だというのなら、あなたの法科大学院では、優秀な人材がなければきちんとした教育ができないのですか?と逆に聞いてみたい。そもそも、法科大学院は適性試験と入試を科して、その合格者を入学させているはずである。つまり、入試に合格させた以上、法科大学院としては法曹になりうるだけの能力を学生に見出しているはずだ。
 何も学費目当てで合格させているわけではないだろう。万一、学費目当てなら、それこそ法曹養成制度の理念に反している。
 だとすれば、そのうち特に優秀なやつが予備試験に合格して中退したとしても、そもそもきちんと教育すれば、法曹になれる可能性がある人間を入試で合格させている以上、授業が成り立たないなどという泣き言は、とおらない。自らの教育能力の欠如を自白しているようなもんだ

④についても理由にはならないだろう。
 そもそも、プロセスによる教育が何を意味するかはっきりしないし、法科大学院を中核とするプロセスによる教育が優れているという実証は何一つ無い。学者が勝手にそういっているだけの話であり、理念が正しいとの立証は、何一つなされていないのだ。仮に理念が正しいとしても、理念だけでは優れた結果が付いてくるとも限らない。理念を実現する手段が貧弱であれば、貧弱な結果しか付いてこない
 むしろ、近時の司法試験の採点雑感を見ると、日本語の能力すら疑わしい答案が続出しているそうだし、前回も述べたが、実務界では(少なくとも大手法律事務所は)予備試験合格者の方を高く評価している
 法科大学院で幅広い教育をするという話もあったようだが、最近の司法試験の採点雑感を見てみると、試験科目ですら基本ができていないという指摘のオンパレードである。基本科目もできずに先端科目など教えても分かるはずがない。理解できない先端知識があっても実務では全く役に立たない。因数分解ができない者に、きちんとした微積分は理解できない。
 一方、司法試験に合格しなかった法科大学院卒業者が社会で高く評価されているとの噂は、寡聞にして知らない。仮に社会で法科大学院卒業者が高く評価されているのなら、就職に関して引く手あまたのはずだが、そのような景気のいい話はついぞ聞いたことがない。何より社会が法科大学院教育を評価しているのなら、こんなにたくさんの法科大学院がつぶれるはずがないじゃないか。

 結局、法科大学院教育は実務界と社会からは評価されていないのだ。

 予備試験の制限を求める主張は、結局、血税まで投入されていながら、不味くて高いラーメンしか作れない法科大学院(と文科省)が、自分の不手際を棚に上げて、自分達の利権を守るために、安くて美味い屋台のラーメン屋を追放しろと言っているようなものだ。

 それが実現した時に、結局、美味いラーメンを食べ損ねるのは国民の皆様だ。本来どっちを追放すべきかは明らかなはずだ。


 私の知らない大学教授が言ったことがある。世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない、と。
 この成仏理論が正しいとすれば、経営難で続々とつぶれている法科大学院は世の中のお役に立っていないということになるはずだ。

 

どうして、予備試験を制限して世の中のお役に立たない法科大学院を残そうとするのかね。やっぱり予備試験制限論は、私にはよく分からん。

 予備試験制限論者は、ポジショントークと建前はもういいから、現実を見て欲しい。

 現実をきちんと見ないと、誤った対応しかできないよ。

 

よくわからん予備試験制限論~1


 法曹養成制度改革推進会議は、その決定文の中で次のような指摘をしており、法曹養成制度改革連絡協議会はこの決定文をしきりに引用していることに鑑みれば、法科大学院側は、どうもこの記載をテコに、予備試験の制限を狙いたい考えのようだ


 『予備試験受験者の半数近くを法科大学院生や大学生が占める上、予備試験合格者の多くが法科大学院在学中の者や大学在学中の者であり、しかも、その人数が予備試験合格者の約8割を占めるまでに年々増加し、法科大学院教育に重大な影響を及ぼしていることが指摘されている。
 このことから、予備試験制度創設の趣旨と現在の利用状況がかい離している点に鑑み、本来の趣旨を踏まえて予備試験制度の在り方を早急に検討し、その結果に基づき所要の方策を講ずるべきとの指摘がされている。』(法曹養成制度改革推進会議決定文より)


 しかし、私は思うのだ。

 法科大学院教育が重大な影響を受けようと、それがなんなのだ。
 法科大学院経由だろうと予備試験経由だろうと、優秀な法曹が生み出されれば国民の皆様にとってはその方が有益なはずだ。

 では予備試験合格ルートで実務家になる者は、実務界ではどのように扱われているのだろうか。
 69期司法修習生において、
 裁判官任官者78名中、予備試験合格者8名
 検察官任官者70名中、予備試験合格者7名
 ほぼ10%以上が予備試験合格ルートの者だ。

 従前から指摘しているように、大手法律事務所の多くは、予備試験合格者を特別な事務所説明会に招くなど、予備試験合格者を競って採用する傾向にある。
 そして、大手法律事務所の予備試験合格者を優先的に採用する傾向は、ずっと変わっていない。

 このような採用状況を素直に見れば、少なくとも、予備試験合格者を採用しても裁判官、検察官として特に問題があるわけではないばかりか、弁護士としてはむしろ予備試験合格者の方が大手法律事務所に求められている状況にあるといってもよいだろう。

 はっきりいってしまえば、法科大学院や文科省がアホの一つ覚えのように繰り返す、法曹教育の理念やら、プロセスによる教育なんぞに、実務界では、これっぽっちも価値を認めていないし、予備試験合格者が法曹になっても全く問題は無いということを実質的に認めているというべきだろう。

 分かりやすく例えてみれば、こう言えるかもしれない。

 ○○法科大学院ラーメン店があったとしよう。
 この○○法科大学院ラーメン店が、衛生的で美味いラーメンを作るという理念を掲げ、国民の血税を投入してもらってお金のかかる清潔な設備を揃えて、高価なラーメンを作っている。しかし肝心のラーメンが不味く、しかも高いので、当然のことながらお客は少ない。

 これに対し、特に理念はなくても、また多少清潔感に欠けていても(実質的にはお客の健康には何の問題もない)美味いラーメンを安く作る屋台の方にお客は流れる。

 いくら屋台のラーメン屋には理念がないとか、清潔感に欠けるから食品を扱うラーメン屋の趣旨に反していると叫ぼうが、高価で不味いラーメンしか作れないのであればその○○法科大学院ラーメン店に価値はない。しかも、○○法科大学院ラーメン店は、開店以降10年以上経っても未だに、元締めの文科省からラーメンの質の向上を図るよう指摘され続けている情けないラーメン屋なのだ。
 

 ところが、○○法科大学院ラーメン店とその元締めの文科省は、自らのラーメンの味の向上ができないことを棚に上げて、「いくら美味いラーメンを作っていても屋台には多少清潔感に欠けるところがあるではないか、それは食品を扱う店としての趣旨に反している。また屋台には、美味いラーメンを作ろうとする理念がない。」、等と言い出して、実質的にはなんの健康問題もおこさず安くて美味いラーメンを提供して繁盛している屋台に対して、文句をつけ、制限しようしているのだ。


 もし、本当に法科大学院や文科省がいうような、法曹教育の理念やプロセスによる教育が法曹に本当に必要不可欠なら、最高裁や法務省は法科大学院出身者だけを採用するはずだし、大手法律事務所が競って予備試験合格者を採用しようとするはずがないではないか。

 しかも、5年間3回の司法試験受験制限をかけていたときの理由として、文科省などは確か、法科大学院教育の効果は5年で失われるから、受験制限しても不当ではないと主張していたのではなかったか?

 法科大学院や文科省のいう、法曹教育の理念やらプロセスによる教育が法曹にとって本当に正しく、かつ必要なものなのかについて、いったい誰が決めたんだ。根拠はあるのか?自分で都合の良いことを言ってるだけじゃないのか。本当に法曹教育の理念が正しくて、プロセスによる教育が法曹にとって本当に必要だということを誰もが納得するかたちで明らかにし、また、それを法科大学院教育で身に付けさせることが可能であることを証明してから主張すべきなんじゃないのか。

 かつて、司法試験の答案が論点主義に陥っているとの批判が強く、法科大学院制度を導入すれば、それを克服できるかのような説明もあったやに思うが、それも今は昔。実質的にはこの問題は未だに解決されていないのだ。

 例えば、平成28年度司法試験採点者の雑感を見ると、未だに論証を吐き出すだけで論理的思考が見られない答案が多いとの指摘がある。選択科目を除いてもざっと見ただけで、下記のような指摘がある。

★本年も,論点単位で覚えてきた論証をはき出すだけで具体的な事案に即した論述が十分でない答案,条文等を羅列するのみで論理的思考過程を示すことなく結論を導く答案などが散見された(公法系第2問)。
★総じて,条文の引用,判例の引用又は判例への言及が少なく,条文の適用若しくは条文の文言の解釈を行っているという意識又は最高裁判所の判例に対する意識が低く,問題の所在との関係で,条文の適用関係を明らかにしないまま,又は解釈上問題となる条文の文言を明らかにしないままで,論点について,条文等の趣旨を十分に考慮せず,又は判例を意識せずに,自説を論述する例が見られる(民事系第2問)。
★例えば,訴訟共同の必要に関する管理処分権に関する規範定立についてお決まりの論証パターンを持ち出す答案が極めて多く見られた。他方で,思考力が試される設問2や設問3(特に下線部③についての検討など)については,十分な水準に達したと言える答案は少なかったと言わざるを得ない。このような状況は,法科大学院の民事訴訟法教育を受けてきた受験生が,基本的事項の理解をおろそかにし,いわゆる論点主義的な思考パターンに陥ってしまっているのではないかという懸念も生じさせないではない(民事系第3問)。
★総じて,規範定立部分についてはいわゆる論証パターンをそのまま書き写すことに終始しているのではないかと思われるものが多く,論点の正確な理解ができているのかに不安を覚える答案が目に付いた(刑事系第1問)。
★今回の論文式試験では,主要な論点について暗記していたいわゆる論証パターンを単にそのまま書いたにすぎないように思われる答案が見受けられたが,それは法的思考能力を身に付けるために必要な,前記に指摘した諸点の重要性に関する理解・認識が不十分であるためではないかと思われる(刑事系第1問)。
 

プロセスによる教育を受けたはずの法科大学院卒業生の答案に対する採点者の雑感がこれである。

プロセスによる教育、敗れたり!


(続く)