少なくとも、美術ファンの方にとっては朗報と言っていいと思う。

 今年の4月にNHK ETVで放映された「ETV特集:忘れられた人々の肖像~画家・諏訪敦"満州難民"を描く」の再放送が決定したとのことだ。

詳細は下記のアドレスをご参照のこと。
http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2016-09-17/31/66093/2259526/


 諏訪先生のファンである私は、当然4月の放映を見ているが、番組から受けた重さのあまり、その番組の感想は、なかなか上手く表現できずにいる。

 もちろんTV番組の宿命として、制作者側の考えも入っていて、諏訪先生をそのまま伝えてくれるものではないだろう。しかし、自らの生命を作品に刻み込むかのような芸術家の苦闘と、諏訪先生の思いの片鱗は見出すことができ、きっと、何かを与えてくれるように思う。

 美術ファンの方にも、そうでない方にも、非常に多くの示唆を与えてくれる番組であるはずだ。

 放映日は、9月17日 23:00~24:00
 必見である。

ゴルフのこと~6


 初めての1人予約で、初心者は初心者用のクラブを使うべきだと、同伴者3人から指摘を受けたS弁護士は、まず、自分の使用クラブの正体を探ってみた。
 最近は便利なもので、インターネットで中古クラブの製造年などが分かるサイトがある。インターネットのサイトによると、S弁護士の使用していた、親父譲りのクラブは1997年製の上級者用アイアン、ドライバーも1998年製であることが判明した。


 なんと、ほぼ20年前に作られたクラブを、しかも上級者用のクラブを使用していたのだ。毎年、更に易しく、更に飛ばせるゴルフクラブが開発され続け、日進月歩の進化を遂げている中で、まさに20世紀の遺物を振り回していたことになる。
 知らぬが仏とは良く言ったもので、まさかずぶの素人が、20年前の上級者用クラブを振り回していたとは、お釈迦様でもご存じあるまい。いくら、弘法筆を選ばずと言ったところで、みんながプリウスに乗っている時代に、弘法様がオート三輪で対抗しようったって所詮無理な話である。しかもS弁護士は弘法様と違ってただの凡人である。
 かすかな記憶をたどってみると、親父殿も、「ものは良いけど、俺には合わん」と言っていたような・・・。我流ではあるがゴルフ歴はそこそこあるはずの親父殿が使えん難しいクラブを、何も知らないヒヨコ状態のS弁護士に与えたって、上手く行くはずないやんか。巷では、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言われているが、結構見ている動物番組では、そんな様子、一度も見たことないぞ。もっと子供は大切に育てられているモンだ。


 調べてみると、初心者用クラブはスイートスポットが広く、事実上、真の会心の当たりが出ることはないが、芯を外して打ってもそこそこ前に飛んでくれることが分かった。一方、上級者用クラブは、スイートスポットは狭いが芯に当たればまさに会心の当たりとなる反面、芯を外せばカスあたりになり大して飛んでくれないらしい。広く浅くの初心者用、狭く深いのが上級者用ってことだ。


 これで、S弁護士にも、自分の打球の飛距離が、どのクラブを使っても変わらなかった謎が解けた。要するに、下手くそなS弁護士は、上級者用クラブの狭いスイートスポットに、ただの一度もボールを当てることができず、これまで数ヶ月の間、延々とカス当たりを繰り返してきたということなのだ。


 おそらく、これまで1000回近くのスイングで一度も会心の当たりが出なかったという恥ずかしい実績はともかく、積年の謎は、じっちゃんの名を懸けるまでもなく、全て解けた。
 しかし、謎は解けても、問題は残る。
 狭いスイートスポットに当てる技術がすぐに身につくはずがないし、1人予約でも誤解を受けるおそれがある。
 初心者用クラブを探さなくてはならない。


 かといって、ゴルフ専門店に出向いてアイアンセットを買うだけの勇気は、S弁護士にはない。


 もちろん仕事では、依頼者のために断固とした態度をとるS弁護士である。しかし、プライベートのS弁護士にとってのゴルフ専門店は、女性の店員さんが、「これが流行ってるんですよ~」とか、「これがお似合いと思いますよ~。わっ、ス・テ・キで~す。」等と、心にもないことを言いながら、おじさんの心をくすぐり倒して、大して必要でもない、様々な道具をあっさり買わせてしまう魔女の巣窟である。

 この魔女ときたら、相当したたかで、「このウエッジのバンスはどれくらいですか?」「このクラブのバランスはD1ですか?」等という、S弁護士も当然分からないマニアック?な質問に対しても、「でもこのクラブ、とっても流行っていて格好いいんです~。」「どのお客さんも、良く飛ぶって仰ってます。」「きっと、お似合いですよ~。」と答えになっていない答えを笑顔で切り返し、ひるまない。

 しかも、間違いなく店側の戦略だろうが、基本的に接客対応の店員さんは若くて可愛らしく、中高年のおじさん達が断りにくい状況が設定されている。

 服を買う際に、散々試着を繰り返し、服をしわくちゃにして生地を確認し、棚の上からも店員さんに服を取り出させて着てみたあげく、「気に入った服じゃないわ」と、ひとこと言って平然と店を後にできる女性の態度を見習いたいが、そこまでの勇気もない。


 仕事ならともかく、かつて、高校生の頃、マクドナルドで、「ご一緒にポテトもいかがですか」と言われ、断るのに苦労した経験をもつS弁護士には鬼門と言っても過言ではない。

 君子危うきに近寄らずは古今の名言。
 ここはじっくり、インターネットで購入だ。

(続く)

ゴルフのこと~5


 S弁護士が1人予約で予約を入れたのは、某パブリックゴルフコース。

 せめてパブリックなら、何かの間違いで、ド下手なゴルファーが1人くらい紛れ込んでいても、おかしくないのではないか、という淡い期待で申し込んだものだった。

 緊張して迎えた当日、S弁護士が自分のキャディバッグが載せられたカートに近づくと、いかにも上手そうな方々3名が既に待機中。
 「すみません。本当に下手なんです。ご迷惑おかけしますが、ごめんなさい。」どうせ謝るなら早いうちに、とばかりに先制パンチで謝っておく。

 ところが、そのうち一番上手そうな方が、カートに積まれたS弁護士のゴルフクラブをちらっと一瞥して、「いやいや、ご謙遜を。相当上手な方じゃないんですか?」と、牽制球が飛んで来た。

 「え~!なんでや。ホンマに初心者やのに~!」S弁護士は心の中で叫ぶが、どうやら、上手そうな方が、S弁護士のクラブを見て判断した見立ては違うらしい。

 よくよく考えてみると、S弁護士は自分でクラブを買ったことはなかった。父親からもらったゴルフクラブを使っている。記憶を遡ってみると、父親も○○叔父から譲ってもらったといっていた。そういえば、○○叔父は大学のゴルフ部だったと聞いたような気がする。

 ゴルフ部出身の叔父が使っていたクラブから推測されたら、完全に現実と違う事実が認定されちまう。
「誤解だ!完全な誤解なんだ~!俺は本当に下手なんだ~。これ以上、ハードルを上げないでくれ~!!」

 S弁護士が引きつりながらも、促されて打順を決めるくじを引くと、これがあろう事か1番くじ!
 ゴルフは、前のホールで成績の良かった順にショットを打っていく決まりだ。ただ、最初のホールだけは、くじ引きで決めるのである。最も緊張するスタートホールのティーショット(1打目)だけは、おそらく誰であろうと、最初に打つのは避けたいところだろう、と思う。

 初めての1人予約で、誰もが避けたいスタートホールでの1番くじをひいちまう。
ある意味引きが強いとも言えるが、現実には、神から更なる試練を与えられたも同然である。

 「おちつけ、おちつけ、失敗しても命とられる訳じゃない。」
 と、心の中でぶつぶつ呟きつつ、S弁護士はティーグラウンドに上がる。
 ボールをティーに載っけてドライバーを構えてみたものの、いつもよりボールが遠く小さく見える。

 とても当たるようには思えない。
 いま打ってはダメなんじゃないか、心の中で悪魔だか背後霊だか分からんが声が聞こえるような気がする。
 できればこのまま、打たずに帰りたい。
 それが許されなくても、初心者なんやから、第1打だけは、手で投げさせてもらってもええんとちがうか。弱者に優しい、それが紳士やろ。紳士のスポーツやろ。
 弱気の虫がざわめく。

 なんでこんなに緊張するんや。
 刑事事件なんかでも法廷で検察官に向かって、異議出したり、「それは検察官おかしいでしょ!」等とやり合っているときは大して緊張もしていないのに、遊びで小さなボールを打つだけなのに、緊張しきっている自分がいる。

 しかし、スロープレーは、最大のマナー違反の一つだ。
 かの白州次郎も、プレーファーストが大事だと言っていたはずだ。
 これ以上、同伴者に迷惑はかけられない。

 行くしかない。

 ええいままよ。振っちまえ!


 「ピキーーン」
 予想に反して、ジャストミートしたドライバーから快音を残して放たれた白球は、僅かにフェードしながら見事フェアウェイやや右をバウンドしていく。
 やった、フェアウェイを捉えた!
 


 少なくとも、S弁護士の期待はそのような僥倖だった。
 しかし、僥倖とは、「思いがけない幸運」を意味する。

 「思いがけない幸運」は、滅多に訪れないから思いがけないものなのである。そう易々と、僥倖が訪れてくれるだろうか。
 人生、そこまで甘くはなかった。


 同伴者の注目を集める中、ティーグラウンドに響き渡ったのは、
 「ぶぅ~~~ん」
 と鈍い風切り音だけ。
 打球音なし。
 つまりは、ドライバーは空を切った。
 要するに空振りである。
 

「ま、、、、、まあ、さ、最初やからね~。」と同伴者の誰かが、引きつりながらフォローしてくれたようにも思うが、頭が真っ白になったS弁護士は、その後のラウンドのことを、実のところ良く覚えていないのである。


 一点だけ、お昼休憩のときに、初心者は初心者用のクラブを使うことが大事だと、同伴者全員からご指導いただいたことは、S弁護士も覚えていた。おそらく相当ご迷惑をおかけしていたのだろう。今思いだしても、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 ただ、少なくともこのときの同伴者の方は優しい方ばかりで、1人予約は怖くないことは分かった。

 また、初心者は初心者用のクラブを使うべきであると分かったことも収穫だった。

(続く)

日弁連にひとこと言いたい。


 今年の3月11日、日弁連の臨時総会で、執行部案が大差で決議された。もちろん、総会決議があったのだから、執行部はその実現をする義務を負うことになった。

 ところが、先日、常議員会の日弁連報告で、日弁連は、司法試験合格者1500人に向けての活動を何ら行っていないことが報告された。


 3月11日の臨時総会における、執行部の議案説明における司法試験合格者1500人に関する部分を、議事録から引用すると次の通り。

伊藤茂昭副会長:(前略)・・・昨年の司法試験合格者数は1850人であり、1500人は未だ実現されていません。このような現状において日弁連が緊急に取り組まなければならないのは、人口提言にあるとおり、まず1500人の実現です。(中略)執行部としては、推進会議決定のとりまとめがなされ、法曹養成制度改革の実現を目指す新たな段階を迎えた今、年間の司法試験合格者数につきましては、まず緊急の課題として「1500人の速やかな実現を図る」というメッセージを明確に打ち出し、日弁連と全国の会員、弁護士会が一丸となって取り組むことを提案する次第であります。(後略)


 日弁連は、司法試験合格者1500人に向けて、緊急に取り組まなければならないんでしたよね。
 日弁連は、緊急の課題として、司法試験合格者1500人の速やかな実現を図るとのメッセージを明確に打ち出して、日弁連、会員、各弁護士会が一丸となって取り組むことを約束した議案だったんですよね。
 そしてその議案が総会で可決された以上、執行部はその決議に拘束されているはずなんですよね?


 で、司法試験合格者1500人に向けて取り組んでいないという日弁連執行部の現状は、説明できるんですか?
 総会決議を無視しちゃっているんじゃないですか?

 やると言った以上は、ちゃんとやって下さいよ。まさか、どうせ忘れちまうからいいだろうと、会員をなめきって提出した議案じゃないんでしょ。

 「弁護士たる者」、な~んて執行部におられるような立派な方々は、良く言いたがるように思うよね。ならば言わせてもらうけど、弁護士たる者、嘘ついたり、騙したりしちゃあ~、いかんでしょ。やると言ったならやって下さいよ。


 7月29日付けの日弁連FAXニュースでは、法曹養成制度改革実現本部とやらの報告も書いてあるけど、法曹志願者の確保を最重要課題とするとしか書いてないよね。


 司法試験合格者1500人の実現は、そっちのけで、法科大学院と組んで弁護士の仕事のやり甲斐を説明すれば、法曹志願者が増えるとの目論見で、いろいろパンフレットなど作っているようだけど、意味があるの?
 優秀な人材を法曹界に集めたいなら、仕事のやり甲斐だけでは集まらないよ。当たり前でしょ。ヘッドハンティングで、やりがいだけをエサにしても、ごく一部の特殊な方を除いて、優秀な人材を多数確保できるわけないじゃない。やり方次第で儲かるなんて理屈は、どこの世界も一緒で、弁護士資格だけの特典では全くないからね。むしろ、怪しいフランチャイズの勧誘に使われそうな理屈じゃないの。
 やりがいと転職に見合うだけのリターンを保証しないと、普通ヘッドハンティングに応募なんてないでしょ。「仕事のやり甲斐はあるけど、リターンは不透明です。あなたのやり方次第では儲かりますよ。」ってな世界に、金と時間をかけて(即ち法科大学院を経由して)まで飛び込もうって奇特な奴はほぼいないと思うよ。そんなこともわからんのかね?

 弁護士資格は、法的需要が増えてないのに弁護士激増をどんどん進めた結果、既に月刊プレジデントではブラック資格(苦労して取得しても見返りがない)と、ばっさりやられているんだけどな。


 日弁連の法曹養成制度改革実現本部とやらに参加している弁護士さんが、大阪弁護士会の部会報告で言っていたらしいけど、日弁連の実現本部は、このまま何もしなくてもこれだけ法曹志願者が減少しているので、いずれ司法試験合格者は1500人になる、と見込んでいるらしい。
 その一方で、法曹志願者を増やすために、弁護士の仕事のやり甲斐をどんどん広告していくんだそうな。


 一見なんだか矛盾しているように感じるな。


 洪水対策に向けて一丸となって取り組みます!っていうから、現在氾濫している川の洪水対策をお願いしたのに、「現在雨が止んできたので、何もしなくても、そのうち洪水は収まりますよ~。」、と言って何もやってくれない。その一方で、水不足になったら大変だからと、決壊した堤防を直すこともせずに他から洪水を起こす元凶の水をどんどん氾濫している川に導こうとしているんだから、洪水を止めようとしているのか、更に氾濫地域を増やそうとしているのかよく分からんね。


 当たり前のようにやってはいるけど、法曹志願者の増加対策まで、日弁連の責任でやるべきものなのかも疑問がないわけじゃない。法科大学院の利害関係人とかが自分でやりたくて、自腹切ってやるならいいけどさ。もし日弁連の責任と言われるのなら、個人的には、相当違和感がある。

 そもそも本当に、法科大学院の教育に価値があるのなら、法科大学院志願者・入学者が壊滅的に減少するはずがないでしょ。

 いみじくも、成仏理論を唱えた学者が、「世の中の人々のお役に立つ仕事をしている限り、世の中の人々の方が自分達を飢えさせることをしない」、って言っていたじゃない。それは嘘だったんでしょうかね?それとも法科大学院が世の中の人々のお役に立つ仕事じゃなかったことの裏返しなんでしょうかね?

 弁護士会費を、弁護士の仕事の魅力紹介なんて、無駄なことに使わんでもらいたい。

 もっと、弁護士会員は、日弁連に対して、怒ってもいいように思うけどなぁ。

夢の記憶~2010.3.3掲載

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小さい頃、怖い夢を見て大泣きし、両親に慰めてもらった記憶をお持ちの方は多いだろうと思う。

 

 私も怖い夢を何度も見て、泣いたことがある。母親や父親に、怖い夢を見たと訴え、泣いていたのだが、どんな夢かと聞かれても、きちんと説明できなかった。

 

 もちろん、怖い夢ばかり見るわけではなく、楽しいものや、訳の分からん夢も多く見たのだが、私が幼少の頃見た怖い夢の中に、何度も見る同じ夢で、とてつもなく怖いものがあった。

 

 その夢が出てくると、「ああ、また怖い思いをするのだ・・・」一瞬にして思うのだが、夢というものは見ているときは極めてリアルであって、夢であることも忘れて、その渦中で非常に恐怖を感じる、そういうことの繰り返しだった。

 

 多分、その夢は、小学校くらいから次第に見なくなり、中学生から今に至るまで、司法試験受験中に一度見たという例外を除いて、もう見なくなっている。

 

 ではその怖い夢とはどんな夢かと問われると困るのだが、天地が裂けるような恐ろしい天変地異の夢としか説明ができなかった。どんなに言葉を尽くしてもおそらく、その夢を表現することは無理だと、最初にその夢を見たときから私には分かっていた。全く音が聞こえない冷たい静寂のなかで、物凄い恐ろしさと、仮に、人間が神の恩寵を失い、この宇宙から、時の終わる刻(とき)が来たのなら、その夢の光景のようになるのかも知れないという非常な不安を、同時に感じるような夢だったからだ。

 

 私は、その恐ろしい夢を誰かに伝えることは、もう無理だろうとあきらていたのだが、あるとき、私が見た怖い夢の記憶に近い、絵を見つけてしまった。

 

 ジョン・マーティン(1789~1854)という画家の、「神の大いなる怒りの日」という絵だ。

 

 見た瞬間、私の見ていた夢の映像とは全く違うものの、絵の中に描かれ、表現されている「大いなる、なにか」は、私の見ていた怖い夢に表れていたものと同じものではないか、と強く感じた。私と同じように、なにかを感じていた人が昔いたのだ、そしてその何かをこのような凄い絵にして表現していたのだ、と思うと、驚くというより、嬉しく、また、地球の裏側の路地裏の店で隣人とばったり出会ったような不思議な思いを同時に感じた。

 

 「神の大いなる怒りの日」は、トレヴィルという出版社が1995年頃に出していた「ジョン・マーティン画集」に掲載されており、幸い私は当時購入したその本を未だに大事に持っている。(その後、絶版になったが、最近復刻版が出版されたようだ)。正確には、同じくトレヴィルが出していた「死都」という画集に、「神の大いなる怒りの日」が掲載されており、そこで初めてジョンマーティンを知り、彼の画集を買ったのだ。

 

  トレヴィルは、素晴らしい画集や写真集を出版していたが、残念ながら経営者が亡くなって、会社を整理したのではないかと思う。

 

 好き嫌いはあると思うが、異色の画家として是非一度ご覧頂きたい画集である。

 

(「ジョン・マーティン画集(復刻版)」 エディシオン・トレヴィル 3990円)

(3月4日追記) 

 

 

 3月3日のブログで紹介した、ジョン・マーティンの「神の大いなる怒りの日」であるが、これはヨハネの黙示録第6章の、以下の部分を描いたものとされている。

 

 6:12第六の封印を解き給ひし時、われ見しに、大なる地震ありて日は荒き毛布のごとく黒く、月は全面血の如くなり、 6:13天の星は無花果の樹の大風に搖られて、生り後の果の落つるごとく地におち、 6:14天は卷物を卷くごとく去りゆき、山と島とは悉とくその處を移されたり。 6:15地の王たち・大臣・將校・富める者・強き者・奴隷・自主の人、みな洞と山の巖間とに匿れ、 6:16山と巖とに對ひて言ふ『請ふ、我らの上に墜ちて御座に坐したまふ者の御顏より、羔羊の怒より、我らを隱せ。 6:17そは御怒の大なる日既に來ればなり。誰か立つことを得ん』

ゴルフのこと~4


 不名誉部長に任命されたどころか「マリオネットS」という有難くない徒名まで頂戴して、さすがにS弁護士も、熟成理論にこだわっていることが出来なくなってきた。

 部長と呼ばれ、マリオネットのようにOBを打ちまくり、顔で笑って心で泣き、秘かに屈辱に堪え忍ぶ日々を送っていたS弁護士であった。
 しかし、2015年1月7日のIS田会、「大宝塚ゴルフクラブ」で前半63,後半83、合計146(もちろんパー72である。)と驚異のスコアをたたき出してしまったことをきっかけに、これまですがっていた熟成理論をうち捨て、ついに打ちっ放しに練習に行ってみることにしたのだ。

 新生S弁護士(ゴルフに前向きver.)の誕生である。

 しかし、練習に行ったからといって、身体が入れ替わるわけではなく、能力がすぐに身につくわけでもない。つまり、心を入れ替えて練習に励むつもりで臨んでも、直ちにクラブにボールがきちんと当たってくれるほどゴルフは生やさしいものではない。

 張り切って真冬の練習場に乗り込んだものの、打ちっ放しに敷いてある人工芝を通して、コンクリートの床をドン!・ガン!とぶったたく、まるで道路工事のような騒音を立てる練習となった。
 あまりの音に、S弁護士の近くで練習していた人が2階の打席に移動したくらいだった。冷え切った固いコンクリートの床と戦い、悴む手を温めながら騒音を立て続けるS弁護士も自分の手首に痛みを感じていた。
 ボールはやっぱり、まともには飛んでくれない。
 たまに早めに帰宅できた日には、寒い中を震えながら、2時間ほど練習場に通ってみたものの上達する気配は全くない。

 やはり、不名誉部長の返上は適わないのか・・・・。
 打球を打ってはいけない方向をささやかれ、その悪魔の囁きにあらがえず、悪魔の期待通りに囁かれた方向に打ってしまい、肩を落としながら悲嘆に暮れるS弁護士の後ろで、同伴者達が交わし合っている(と思われる)楽しそうな笑みが目に浮かぶ。
 そもそも、IS田教授なんかレッスンプロに習っているくせに、部長制度を創るなんて狡いじゃないか。などと、自らがゴルフレッスンをやめたはずなのに、八つ当たり的な発想もS弁護士の脳裏をよぎる。


・・・・・悔しい・・・。


 全然あかんわ~と、ゴルフ歴の長い友人のM弁護士に愚痴ったところ、「やっぱ、コースに出なあかんで。」とのこと。
「練習場ではあかん?」
「そりゃあ全然違うはずやで。練習も必要やけど、どんどんコースに出なあかんわ。」

 何事にも先達あらまほしきものなれ。
 経験者の言葉は傾聴に値するものだ。
 それならばコースに出てやろうではないか。

 かといってゴルフは、基本4人一組、どんなに少なくても2人一組で回るもの。なかなか1人でというわけにはいかない。
 さりとて、同期の弁護士たちはとっくの昔からゴルフをやっていて、大差が付いている。しかも弁護士という人種は基本的にはわがままだから、下手すぎる人と一緒に回ることを嫌がる奴もいるし、寒い冬や暑い夏はゴルフをやらない人も多い。
 くどいようだが、S弁護士の直前のスコアは146。このスコアで「下手ではない」と主張しても裁判では、「原告の主張は客観的な証拠に沿わない独自の主張と言うべきであって、当裁判所の認定を左右しない。」とあっさり下手くそ認定されるはずである。しかも、今は冬である。

 思案に暮れていたS弁護士だが、インターネットによれば、1人でもゴルフをしたい人を集めてゴルフをさせてくれる、1人予約という便利な制度があることが分かった。

 子細に見てみてみたが、少なくとも、「下手な人はお断り」とは書いていない。
 ということは、不幸にもS弁護士と同じ組になって、S弁護士の秘奥義「無念芝刈り斬~球飛ばずver.」等の珍プレーを見せつけられたとしても、それは制度の問題であってS弁護士のせいではない。

 かの宮本武蔵だって、他流試合で実力を付けたと書いてあったような気がするし、仕事柄、初対面の人と話すことは、苦にしないほうだ。

これだ。
やってみよう。

 物事には、いつかやろうと思っていても、「いつか」なんて来ないこともある。やろうと思ったら多少無理してでもやっておいた方が後悔は少ないというのがS弁護士の持論である。
 S弁護士は、20歳代で中学の友人を2名、大学のクラブの友人を1名、事故で亡くしており、さらに40歳代大学の同級生の友人・知人を既に2名ほど食道癌で亡くしているので、その思いは比較的強い方だと思う。

 思い起こせば、高3のときに、好意を抱いていた同級生に告白して轟沈したが、それも今となっては、良い想い出になっているではないか。

よくやった、そのときの俺!
人生なんて、所詮うたかたの夢、邯鄲の夢枕。いつ終わっちまうか分かったものではない。
よし、やってみよう。

と、たかがゴルフの予約を入れるのに、散々自分を鼓舞したうえで、S弁護士は緊張する手で日曜日の1人予約を入れたのであった。

やると決めたんだ、やってみよう。


(続く)

中学生にも分かる新自由主義3

中学生にも分かる新自由主義3
菊池英博著「新自由主義の自滅」(文春新書)を教科書として


O:トリクルダウンとは、もともと「滴り落ちる」、という意味なんだ。富裕層に富を集中させれば富裕層がどんどんお金を使ってくれるから、世の中にお金がまわり、中間層以下の人々はその「おこぼれ」に預かれる。その結果、経済が活性化して万事うまく行く、そういう理屈なんだ。富裕層に富を集中させるには、所得税と法人税を減税して、これまで大きい政府のために集められていた税金を政府ではなく富裕層に集中すればいい、という考えさ。トリクルダウン「理論」と言われているが、歴史上そのようなことが起きたことはないようだし、現実には誰もそのようなことが起きるか分からないから、実際には理論というより学者が言い出した単なる仮説に過ぎないのだとの指摘もあるけれどね・・・・。

N:ちょっと待って下さいよ。それ、何かおかしくないですか。お金持ちを更にお金持ちにしたらみんながハッピーになれるんですか?お金持ちのところにお金が集まったら、他の人はそれだけ貧乏になっちゃうんじゃないですか?会社だって従業員にたくさん給料を払ったら、儲けが減りますよね。納得いかないなぁ。
それに、政府に税金としてお金が入っていれば、そのお金は、いずれみんなのために使ってくれそうだけど、お金持ちにお金が集まっても、そのお金を、お金持ちは確実にみんなのために使ってくれるんですか?
僕なら、自分のためにしか使わないかもしれないなぁ。
それに、おこぼれってのが一番嫌だなぁ。プライドが傷ついちゃう。


O:N君はお金の話になると元気が出るな。それに正直だ(笑)。まあ、おこぼれはともかく、トリクルダウンとはそういう理屈(仮説)さ。

N:う~ん、トリクルダウン理論って怪しい気がしますよ。僕の印象からすれば、その昔、王様や貴族が富を圧倒的に握っていた時代に、一般人が経済的に豊かでハッピーだったとは到底思えないんですけどね。現代なら、そして、企業活動が自由になれば、それが可能になるんでしょうか。本当に学者が、そんな理屈を言い出したんですか?


O:まあ、これは経済に関する仮説のようだし、素直に考えればN君の疑問はもっともだ。でも、新自由主義者は確かにトリクルダウン理論を主張していたようだよ。それだけじゃない。所得税の減税を正当化する理論として「ラッファー理論」も用いられているとの話もある。

N:また理論ですかぁ。変な理屈じゃないといいんだけど。今度は、一体どんな理論なんですか?


O:簡単にいえば、最適な税率を設定することにより政府は最大の税収を得ることができるという理屈だね。

N:よく分かりませんが。


O:そうだね。例えば、税率0%だったら政府に税金の収入はないよね。そんな国で生活したいかい?

N:そんなの当たり前ですよ~。税金がかからないってことですから。

O:でも、政府にお金が無いとしたら、警察も消防も動かないかもしれないよ。道路も管理されないだろうし、犯罪者がいても誰も咎められないかもしれない。ゴミの収集だってできない。揉め事が起こっても裁判することもできない・・・・。

N:あ、そうか。それは嫌だなぁ。やっぱりやめておきます。多少税金がかかっても、ちゃんとした国に住みたいです。


O:では、税率100%の国があったとしたら、そこに住んでみたいかい?

N:税率100%ってことは、一所懸命働いても、全部税金で持って行かれるということですね。働くだけ損じゃないですか。滅相もない。お断りです。もしそんな国に生まれたら、「働いたら負け」って感じがしちゃいますね。


O:ちょっと極端な例だったけど、そのようなことから、0%-100%のうちのどこかに、最大の税収を得られる最適な税率があるはずだと考えるんだね。そして、もし現在の税率がその「最適な税率」を超える水準にあるのであれば、減税によって税率を「最適な税率」にすることで、税収を増やすことができるとする。とても簡単にして言えば、「減税したら人はやる気を出してもっと働くので、税収が増える」との考えで、所得税減税の理屈として使えるのさ。

N:本当かなぁ。自分で商売している人ならともかく、サラリーマンがやる気を出して働いても働いた分だけ給料が上がるとは限らないような気がしますが。仮にラッファー理論が正しいとすれば、逆も言えますか?「やる気を失わない程度の増税は税収が増える」とか。

O:当たり前だけど(笑)、そうも言えるだろうね。ただし、ラッファー理論はアメリカのレーガン政権下で減税の理屈として用いられたといわれている。レーガンの前のカーター政権のときは、個人の所得税は14~70%、法人税の最高税率は46%だったそうだ。レーガンはその税率を下げていき、個人の所得税の最高税率を28%まで下げ、法人税最高税率も34%に下げるなど、大胆な減税を行ったそうだ。


N:うわ~、70%から28%ですか!10億円儲けた人の税金が7億円から2億8000万円に減るんだ。4億2000万円もお得ですよ。出血大サービスじゃないですか。それで、それで?
  税収は増えたんですか?

O:累進課税だから、そう単純な計算にはならないけどね。さて肝心の税収の方なんだが、この減税によってアメリカの税収は激減したといわれている。


N:なにそれ・・・。大失敗じゃないですか。とすれば、ラッファー理論によれば、減税前の税率だって、最適な税率を超えていなかったことになりますよね。失敗したのなら、どうして税率を戻さないんでしょうか。都合のいいところだけラッファー理論を使っているように感じちゃいますね。

O:アメリカの事情には詳しくないけど、一般に増税は選挙の際にはなかなかプラスに働かないからね。一旦下げた税率を上げていくのは相当難しいのかもしれないね。君だって一度下がった税金がまた上がるのは嫌だろう?消費税を上げると言っていても、選挙の前に増税は延期しますといってくれる政党があったら、支持したくなるだろ(笑)。


N:確かにそうですね、最近どこかの国の選挙で聞いたような気もしますが(笑)・・・・・。でもそれだと、まずいんですよね。税収が激減したんだから・・・・。国はどんどん借金が増えることになるんですよね。結局、国の借金が増えて、その中で一番得したのはお金持ちってことになるのかな・・・。
 あ、そうだ。さっき言ってたトリクルダウン理論はどうなったんですか。富裕層の最高税率を下げたんだから、トリクルダウンからすれば経済がうまく回ってみんなが豊かになるんでしょ。

O:ところが、トリクルダウン理論は機能しなかったといわれている。アメリカの財政収支は大幅な赤字に陥った。

N:げー、最悪じゃん。

(不定期ですが、連載する予定)

中学生にも分かる新自由主義2

中学生にも分かる新自由主義2
菊池英博著「新自由主義の自滅」(文春新書)を教科書として


N:前回、フリードマンのお話を聞きましたが、実際の新自由主義はどんな感じになっているのですか?
O:う~ん漠然と新自由主義の「感じ」を聞かれてもね~。そうだ、新自由主義というイデオロギー(思想)を支えるキーワードをきちんと見ていくと、はっきりするかもしれないね。

N:支えるキーワード?
O:新自由主義がどういうものを目指しているのか分かりやすい部分もあるからね。主なものを言うと、「市場万能主義」「小さい政府」「緊縮財政」「トリクルダウン」「フラット税制」「累進課税の廃止」「福祉国家の否定」「金融万能主義(マネタリズム)」「規制緩和」「財政政策の否定」等があげられそうだ。

N:うう。いきなり難しくなっちゃった。本当に中学生にも分かる話なんですか?看板を疑っちゃうなぁ。でも「規制緩和」は聞いたことがありますよ。「小さい政府」も何となく分かる気がします。「福祉国家の否定」は何となく、やばそうな感じを受けますね。他は分かりにくいですね~。なんだか眠くなりそうだ。今日は帰っていいですか?
O:まあ、そうびびるなよ。君たちの年代じゃあ、背伸びして難しい言葉を使いたがる奴もいるんだろ?全てが分からなくても良いんだから。順を追って説明していこうか。

O:最初に「市場万能主義」、これがフリードマンの基本理念とされている。簡単に言えば、自由に商売させれば経済が最もうまく回るという考えだ。経済活動の中心である企業にどんどん自由に活動させれば、失業問題だって解決すると考える。とにかく企業活動を自由にさせることが一番大事で、そのためには様々な規制は緩和していくべきだし、企業を減税して、企業を強くすればいい、と考える訳だね。
N:う~ん。会社がどんどん活発になれば確かに活気づくような気がしますね。その点では正しそうな気がしますが。

O:じゃあ、企業活動が自由になると、良いことづくめと言って良いだろうか?そもそも会社というものは、法律上は営利社団法人といって、儲け(営利)を目的としている団体なんだ。それをヒントに考えてごらん。
N:え~っと、そうですね。まず、世の中は会社務めの人ばかりじゃないですよ。学校の帰り道にある本屋も、最近閉めちゃいましたよ。そこのおばちゃんが、「ネットで買えちゃうんで本が売れなくなっちゃったからね・・・」と寂しそうに言ってました。こんな人どうすればいいんでしょうか。
 それに、全て会社の自由にさせて儲ける競争をさせたら、それこそ、この間の産地偽装のように儲けが全て、儲かるなら多少ズルをしてもいいって感じになってしまうかもしれませんね。仁義なき戦いって奴ですか(笑)。
 会社が儲けるために安い給料でこき使われる人も多く出てきそうですね。

O:さらに、活動をどんどん自由にして企業に儲けさせておきながら、その企業を減税したらどうなるだろうか。
N:え~と、新自由主義には、さらに会社の減税もあったんですよね?儲かっていても会社が減税されるってことは、会社は税金をちょっとしか払わなくていいってことですよね。会社は儲かるから、会社のオーナーは嬉しいでしょうね。
 ん?でも待てよ、確かこの間学校で、日本の国の税収は、所得税15%、消費税15%、法人税10%位だって聞いたように思いますよ。法人税も儲かった会社からじゃないと入らないと聞きました。それでも日本では税金が足りなくて国債を出しているんでしたよね。
 儲かっている会社が税金を支払わないでいいとしたら、だれが税金を払うんでしょうか。税金が足りなくなりませんか?

O:そこで出てくるのが、「小さな政府」「緊縮財政」論だ。規制を緩和して企業に自由にやらせることによって全てがうまく行くのなら、政府が財政政策といって公共事業で仕事を創り出してあげる必要はないし、政府はできるだけ小さくして、政府の支出もできるだけ少なくしようという話だね。
N:「小さな政府」は、分かる気がします。政府を小さくするんですよね。おっきな政府にすれば公務員の給料がたくさんかかるから、政府は小さくても良いような気がしますね。うちの親父なんか、公務員になれば良かったかなぁ~、なんてぼやいていたりしますけど(笑)。それに日本の国の借金は凄いらしいから政府の支出も少なくなれば、それでいいんじゃないですか?

O:そう簡単な話にはならないので問題なんだ。小さな政府と緊縮財政は政府機能と政府支出を縮小させることになるから、不景気になって仕事がないときに公共事業を使って仕事を増やしたりすることはできないし、社会保障の否定にもつながりかねないとの指摘もある。

N:そもそも社会保障って何となくは分かるんですけど、あまり実感わかないですね。
O:社会保障とは、難しく言うなら、最低生活の維持を目的として、国民所得の再分配機能を利用し、国家がすべての国民に最低水準を確保させる政策をいう、とされているよ。具体的には、日本の社会保障体系は、社会保険(医療、年金、雇用、災害補償、介護)、児童手当、公的扶助、社会福祉、公衆衛生、戦争犠牲者援護などからなると言って良いだろうね。年をとった人への年金、障害を受けた人への年金、離婚した母子家庭への援助、失業保険、健康保険など無くなったら困る人が大勢出てくるはずだ。
N君だって、病気になって病院に行ったことあるだろう?そのとき、病院にいくら払ったか覚えているかい?

N:ええっと、この間体調が悪かったときにお医者さんに見てもらいました。確か、体温を測って、5分くらい診察受けて、「風邪ですね。」って言われて多分1500円くらいでしたよ。
O:健康保険は小学生から70歳未満までは確か、3割が個人負担だから、本当の診療費は5000円なんだね。健康保険制度がなければN君は5000円支払う必要があったってことになる。健康保険制度があって、君のお父さんがちゃんと保険料を納めているから1500円で済んでいるのさ。
N:5000円なんですか!お医者さんに診てもらうのは本当は高いんですね。風邪で5000円支払うくらいなら、我慢しちゃうかもしれませんね。そういえば、再放送されていたアニメの「母を訪ねて三千里」でマルコが友達をお医者さんに診てもらおうとするんだけど、お金がないからといって断られていたのを思い出しましたよ。もし、健康保険が無くなったら、お金持ちしかお医者さんに診てもらえないことになるかもしれない・・・・マルコの時代に逆戻りですか?

O:このように社会保障制度は、多くの人にとって大事なものと言えるだろう。この社会保障制度を否定してしまったとするなら、いざというときに国は何にもしてくれなくなるということにもなりかねない。
N:う~んそれは、いけない気がします。困りますよ。僕だってお菓子を買ったら、いやいや消費税払ってますけど、せっかく税金払っていても、いざというとき何にもしてくれないのなら、他所の国に行きたくなりますもん。
O:オーバーだなぁ。大人になると(働き出すと)消費税だけでは済まないんだぜ(笑)。
 話を元に戻すけど、新自由主義論者の「小さな政府」論は、さっき出てきた「市場万能主義」を実現するために政府の機能を小さくして、企業や富裕層から取る税金を減らして、社会保障制度を否定すればいいという主張(福祉国家の否定の主張)にもつながると指摘されている。それでも、新自由主義論者は市場万能主義が実現出来れば、富裕層に富が集中して経済が成長するから、結果的に国家が栄えるはずだと唱える。

N:え~!本当かなぁ。経済が成長したとして、お金持ちはどんどんお金持ちになるから良いんでしょうけど、社会保障が無くなったら普通の人は困りますよね。「小さな政府」でも大丈夫なくらいみんなが栄えるんでしょうか?
O:そこで、新自由主義者が唱えているのが、お金持ちを、もっともっとお金持ちにした方が国が栄えるからいいんだ、という「トリクルダウン理論」だ。

N:トリクルダウン・・・理論?変な名前。
O:変な名前かどうかは人それぞれだけど(笑)、なかなか興味深い理屈だよ。


(続く~不定期ですが連載の予定)

ゴルフのこと~3

 IS田会に入れてもらってしばらくは、IS田教授に指定されたゴルフ場で月一回ラウンドすることが恒例となった。
 相変わらず、ゴルフの方は空振りも交えてカス当たりばかりだし、7Iで打ってもPWで打っても距離が変わらない状況だったが、以前と違って、広々としたゴルフ場で休日を過ごすことが意外に心地よいものであることに気付いた。人工的な自然であることに間違いないが、休日に高原の中で力いっぱいクラブを振り回し、グリーンを行ったり来たりして汗をかくことは、デスクワークのストレスを解消してくれる面もあることが分かってきた。

 IS田教授からは、練習した方が良い、とのお話もあったが、S弁護士はもともと健康のために始めただけで、そんなに真面目に取り組んでいなかったこともあり、独自の理論を練習しない言い訳にしていた。

 S弁護士独自の理論は、名付けて「熟成理論」。
 若いワインも放置しているうちに芳醇な香りを放つように、ぼちぼちでもゴルフをやっていりゃあ、そのうち、だんだんスコアが縮んで来るはずだ。という極めてお気楽かつ楽観的な理屈だった。

 別にスコアにこだわるわけでもなく、逆に上手くなったら運動量が減って本来の目的に反する可能性だってある。そういうわけで、スコアなんて別にいいじゃんと当初、S弁護士はそう思っていた。

 大体この頃の、スコアは記憶によれば、S木先生が110前後、IS田教授が110~120前後、S弁護士が140~というもので、それはもうひどいものだったと、今にして思う。

 ところが、ある日、IS田教授は、「スコアが一番悪かった人を部長に任命し、部長と呼びましょう。」と、勝手に決めて宣言したのだ。
 この状況で、ジャンケンならともかく、ハンディもなしでスコア順できめるなんて、まさに仮の評価基準、完全な出来レース、結果が見え見えのコンコンチキである。
 誰が不名誉な部長に就任するかは決まりきっているではないか。
 実質は、20打数以上差がつくS弁護士に対して、IS田教授から直接に「S弁護士を不名誉部長に任命する!」との辞令を交付されたも同然である。

 これはS弁護士に練習させようという親心なのか?それとも、単にS弁護士を嘲笑するための罠なのか?それとも、いぢると面白い(らしい)S弁護士を、更にいぢろうとする娯楽なのか?
 教授の真意は、穏やかな微笑の裏側に隠れ、凡人のS弁護士には見通せない。

 しかもゴルフとは不思議なもので、この方向に打ってはいけないと思えば思うほど、そちらに打球が飛んでいったりするものなのだ。
 IS田教授はそのあたりの心理も熟知しておられて、S弁護士がティーグラウンドに立つと、優しく穏やかな声で、「Sさん、谷がありますね~」とか「Sさん、池が見えますね~」とか、「Sさん、右はOB浅いから気をつけてね~」等と、有り難く注意をしてくれたりもする。
 当然S弁護士は、そちらの方には絶対に打つまいと、心に念じてクラブを振る。

「ちきしょう、その手にはのらね~ぞ。絶対にそっちには打たん!絶対ナイスショットしてやる。この一打に一片の悔い無し!燃えろ~俺のコスモ~!!どうりゃあ~~!!」


 「ペチッ!」

 魂の叫びとは裏腹に、変な音を残して、S弁護士の打球は、谷へ、池へ、OBゾーンへと、まるで操られたかのように飛び込んでいく。S木先生も見ていて面白かったのだろう。同じようにご注意下さるようになった。

 そこで付いたあだ名が、「マリオネットS」。

 自由に動けない操り人形の悲哀を、齢50にしてゴルフ場で味わうことになろうとは夢にも思いませなんだ。


(続く) 

ゴルフのこと~2

(続き)

「HbA1cが高めです。」

とかかりつけのお医者様が、血液検査の結果を睨みながら冷たくS弁護士に宣った。
血糖が高いとそうなるらしい。

う~ん、そうなのか。S弁護士の頭の中では、原因探求が始まる。

確かに仕事のストレスはある。
不規則な生活になりがちだ。
9~17時の定時勤務なんて絶対に無理なのは、弁護士稼業をしていれば誰だって分かることだ。
弁護士をやめない限り、これは変えられまい。

両親も糖尿の気があるそうだし、遺伝的にも弱いのかもしれん。

でも納得いかんぞ。

夕食にはだいたい野菜をかなり食べるようにしている。
通勤時だって早足で歩くよう心がけている。

もともと飲めないタチだから酒も飲まないし、タバコも吸わない。この歳になると、ねーちゃんの機嫌とるよりも犬とのんびりしたいくらいだから(飼ってないけど・・・)、北新地で遊んだりもしない。
個人の感想らしいが、毎日一杯で健康が劇的に改善すると謳っていた、まずい青汁だって、嫌々だが毎朝事務所で飲んでいる。
・・・宗教には入っていない。

とS弁護士が考えていたところにお医者様が「運動ですな。有酸素運動、例えば歩くとか。」と仰った。


単純に歩くなんざ、面白くも何ともないぜ。絶対に続かないだろうな~。と意外にも、冷静に自己分析のできるS弁護士には、みえみえの結末がすぐ浮かぶ。

なんとか、自分から運動するように持ち込めないか。

そういえば、将棋の大山康晴15世名人も体調を崩されてから、ゴルフを始めて、どんどん歩き、体調を回復させたことを何かの本で読んだことがあった。
大山名人と言えば、将棋界の第一線に長らく君臨し続けてきた巨星。
その巨星が健康維持のために活用したのなら、凡人のS弁護士にだって、健康維持になりそうである。
しかも、将棋ファンのS弁護士は、倉敷に行ったときに大山名人記念館を見学し、職員の方に珈琲をご馳走になってしまい、そのまま帰れずに、谷川九段のファンであるにも関わらず、つい大山名人の扇子を買って帰ってきてしまったという経緯もある。

よ~し、これだ。

幸い、以前からお付き合いさせて頂いているIS田教授が最近ゴルフを始めていると聞いていた。
伺ってみると、なんとプロについて習っているらしい。それに、公認会計士のS木先生と一緒に、月一ラウンドをしているそうではないか。

IS田会に入って、血糖値を下げよう!

これがゴルフ再開のきっかけになった。


(続く)