3月開催予定の日弁連臨時総会に寄せて

 日弁連臨時総会が3月初旬に開催されることを常議員会で聞いた。

 そこで決議される議題の一つは、いわゆる谷間世代への20万円支給案だ。

 出席できない方々も、執行部の提案だから、問題ないだろうとか、悪いようにはしないはずだ等と安易に考えずに、良く考えて議案に対する委任状を提出して欲しい

 20億円もの大金が日弁連の財布から失われる提案なのだ


 (可決されたと仮定して)仮に首都直下型地震や、南海トラフ大地震が生じて、日弁連が日弁連としての機能を維持するためにお金が必要になったとしても、既に谷間世代に支給した20億円は返ってこない。
 そうなった際に、日弁連を維持するために必要な臨時会費を徴収されるのは、一律20万円を支給された谷間世代だけではない。全日弁連会員(つまり弁護士である、あなた)なのだ。


 私はこれまで、筋違いの谷間世代救済策について反対してきたし、今もその気持ちは変わらない。反対理由を再度述べておく。


1 給費制復活を目指し、また、谷間世代の不公正是正を国に求めている弁護士たちの活動に水を差す。つまり谷間世代の不公正是正を国に求めても、もう、日弁連や各弁護士会が対応しているではないか、そもそも弁護士会費が高額なのが問題なのだと、反論する論拠を国に与えることになり、今回の支給が国に対する不公正是正を求める活動に明らかにマイナスになる。

2 谷間世代が、給費世代に比べて結果的に不公平な取扱になったのは国の制度設計の問題であり、国に責任を問うのであれば筋が通るが、日弁連が責任を負ういわれは全くない。他国でひどい扱いを受けた後に日本に帰化した人がいたとして、他国でのひどい扱いに対して、帰化した先の日本がその人に賠償や金銭を支給する責任があるだろうか。

3 弁護士になった谷間世代が困窮しているから援助する、というのであれば、その事実を証拠によって明確に示すべきだし、困窮しているかどうかにかかわらず申請者に一律に支給するという今回の支給制度と矛盾する。もちろん、ないよりはマシだが、20万円程度の支給で困窮状況が改善するはずがないだろう。また困窮が理由なのであれば、谷間世代でなくても困窮している会員に等しく支給を考えてもおかしくはないだろうが、そのような話は全くない。

4 給費を受けた世代に比較して谷間世代は不公平であるという理屈なのであれば、そもそも不公平を生み出したところが解決すべき問題であるから、日弁連の関知するところではないはずだ。同じく谷間世代で貸与制度を利用し給費世代と比較すれば同様に不公平と言える裁判官、検察官についても、救済が問題とならざるを得ないだろう(そのような話は一切出ていない)。

5 そもそも支給金の原資となる20億円は、天から降ってきたお金ではない。もちろん今の日弁連執行部が寄付したものでもない。これまでの日弁連会員が高額な日弁連会費を、文句もいわずに(文句をいいながらも?)支払ってきたからこそ作り上げられたお金である。その20億を会員に支給するというのであれば、日弁連会費を支払ってきた期間に応じて返金するのが最も実質的公平に資するというべきだろう。日弁連の会員へのサービスは平等になされているはずである。そうだとすれば長年日弁連会費を支払ってきていながら何ら支給を受けられない会員と、20万円の支給を受ける谷間世代の会員との差は、不公平・不平等ではないのか。「谷間世代の負担感を弁護士全員で受け止めて弁護士の一体感を醸成する」なんてお題目、むしろ逆だろう。真剣にそんなお題目を信じているとすれば、とことん楽天的なドアホの戯言、脳内にタンポポが咲き乱れるお花畑しか存在していない者の発言としか思えない。

6 さらに、給費制時代の世代と谷間世代の不公平を認め、是正する必要があると日弁連がいうのであれば、現行の給付金+貸与制世代だって給費制時代の世代よりも不利に扱われているから不公平と言える。現行給付金世代が、将来において今回の支給実例を根拠に、日弁連に対して金銭の支給を求めてきた場合に、日弁連は抗弁できるのか。100困っていた世代には、その経済状態にかかわらず一律20万円を支給したが、40困っている世代には全く支給しないという扱いの方が不平等にならないか。現状、谷間世代だけを念頭に置いていることから、おそらく給付金+貸与制世代を救済する気は、日弁連執行部には毛頭なさそうだが、現行の給付金もいつ減額・打ち切りになるやもしれず、そうなった場合にも今回の前例が作られてしまえば、その世代から救済を要求された場合に執行部が断る理屈は、日弁連の経済的危機以外には困難だろう。

7 また、何度もブログで言っているが、日弁連会費からお金をばらまかなくても谷間世代への支給は可能だ。救済したい人が基金を作ってそこから支給すれば足りるのだ。しかも支給の際に本当に困っているかをきちんと確認し、儲かっている人を外せば、より支給も多くなり救済につながるだろう。しつこく谷間世代救済案を出し続け、さらに今回の支給案を提案するに至った日弁連執行部に所属する先生方は、もちろん喜んで先を争って大金を基金に投じてくれるだろうし、各単位会で今回の日弁連案に賛成した弁護士さんも、もちろん寄付してくれるだろう。それが一貫した態度ってモンだ。大阪弁護士会の常議員会だけでも反対4、保留4、賛成33だったので、基金さえできれば寄付してくれる会員はたくさんいるはずだ。

8 以上簡単に言えば、給費制復活活動にマイナスを与えるばかりか、筋違いも甚だしいし、根拠もないうえ、理屈にも合わない。それだけでなく、真面目に日弁連会費を支払ってきた世代に対して不公平に働くばかりだけではなく、将来に禍根を残す恐れもあるのだ。しかも、代替手段も可能なのだから、敢えて20万円支給案を押し通す必要は全くない。


 私は、前にも述べたが、谷間世代が憎くてこのようなことを言っているのではない。むしろ気の毒に思っている。また、このような支給金など完全に筋違いだと理解されている谷間世代の方々も多くいらっしゃることも良く分かっている。
 私が言いたいのは、執行部の言いなりになって執行部提案に賛成し、目先の救済なり支援の方法を許してしまえば、おそらく将来的に日弁連に大きな禍根を残す可能性が高いだろうということだ。
 執行部が提案し、日弁連総会で可決してしまったのであれば、日弁連全体として執行部の提案を認めたことになり、その後の責任や問題点が生じるとしても、それは後の世代にツケとして残される。
 問題が発覚したときには、おそらく今の執行部の人たちはもういない。その人達が責任を取ってくれるわけではないのである。南海トラフ大地震や首都直下型地震が発生して日弁連のお金が足りなくなり、「あのときの20億円があれば・・・」と歯がみして悔しがってももう遅いのである。

 だから良く考えて、執行部案に賛成するかどうかを決めて欲しいと思っているのだ。

今年の諏訪先生の年賀状

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 今年も画家の諏訪敦先生から、年賀状を頂くことができた。

 またか、毎年言ってるじゃん、と仰る方もおられるかもしれないが、こればっかりは、嬉しいのだから仕方がない。

 先生の作品がハガキの左側に寄せて配置され、右側の余白上部に謹賀新年と赤文字の記載が入っているものだ。普通このような配置にすればどこか不自然になるような気もするが、むしろこの構図がドンピシャとハガキにおさまり、それどころか美しく感じるのは、やはり先生のセンスによるのだろう。

 年賀状に載せられた先生の作品については、諏訪先生のツイッター

 https://twitter.com/suwakeitai

 1月3日の投稿をご参照頂ければ、写真が掲載されているので見ることができる。

 年賀状には、先生の直筆で、一言添え、お名前を書いて下さっている。おそらく宛名も直筆なのではないかと思われる。

 この文字を書いた手や指で、多くの人の心を揺り動かす芸術作品が産み出されているのかと考えると、直筆で頂けたことが嬉しい反面、なんだかもったいないような申し訳ないような、不思議な気持ちになったりもする。

 年賀状とはいえ、私にとっては、立派に先生から頂いた作品なので、個人情報はマスキングして、事務所に飾ろうと思っている。

 早速アマゾンで額縁を探したところだ。

 とてもお忙しいであろうに、私のような末端のファンにまできちんと年賀状を下さる諏訪先生に、改めて敬服するとともに感謝の念を禁じ得ない。

 

 諏訪先生、有り難うございました。

 今年も、素晴らしい作品を拝見させて頂けることを楽しみにしております。

今年もよろしくお願い致します。

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 皆様

 明けましておめでとうございます。

 当事務所は、本日より通常通り営業を開始しております。

 今年も皆様のお力になれるよう、当事務所一同、全力を尽くす所存ですので、どうかよろしくお願い致します。

 当事務所は、敷居の低い、どんなことでも気軽に相談できる法律事務所を目指しております。昨年も多くの方から、「弁護士って怖いと思っていたけれども、話しやすくて良かった。こんなことなら、もっと早くに相談すれば良かった。」等の嬉しいお言葉を頂戴致しました。

 こんなことを相談しても構わないのかな?と思われる相談でも、相談されることによりお悩みの実体がハッキリし、今後の方針が明確になることもございます。

 また、紛争は火事にも似ています。出火直後ならすぐに消せますが、火が大きくなると消火どころか近所に迷惑をかける恐れも出てきます。このように、紛争も小さいときに適切に対応すれば、問題が大きくなる前に解決できる場合もあるのです。

 これはちょっと、問題になるかもしれないなと思われた場合は、まずは、一度ご相談頂くことを、お勧め致しております。

 

 末筆になりましたが、新しい年が、皆様にとって本当に良き年になることを、なによりも祈念させて頂き、新年のご挨拶に代えさせて頂きます。

ウィン綜合法律事務所代表弁護士 坂野真一

  

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年末の御礼

皆 様

 ウィン綜合法律事務所は、明日より、新年1月4日まで冬季休業を頂きます。

 新年1月5日・6日が土日となるため、新年の業務開始は1月7日からとなります。

 今年1年、地震・台風などの自然災害をはじめ、様々な事がありました。

 それでも当事務所が、弁護士・職員一同、そろって無事に年末を迎えることができたのは、ひとえにクライアントの皆様を始め、多くの方々の御支援があってのことと、深く感謝しております。

 新たな年は、亥年。猪にちなんだ猪突猛進との言葉もありますように、当事務所にとって更なる前進・飛躍の年にしたいと強く思っております。

 新年も、当事務所に対し、変わらぬ御支援、ご指導・ご鞭撻を賜りますよう、お願い申しあげます。

 末筆になりましたが、皆様におかれましては、良き年末、より良き新年をお迎えされますよう、心から祈念しております。

 今年1年間、誠に有り難うございました。

ウィン綜合法律事務所 代表弁護士 坂 野 真 一

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晩秋の黄昏時(大分~熊本 瀬ノ本高原にて)

判事補採用が一番多いのは予備試験ルート

共同通信社が、新判事補の採用に関して次のような報道をしたとのことだ。

(記事ここから)

最高裁は26日、司法修習を12日に終えた修習生1517人のうち、82人を判事補として採用すると決めた。閣議を経て来年1月16日付で発令される。

 年齢は23~41歳で、平均年齢は26・0歳。女性は21人。女性裁判官は全体で795人、全体に占める割合は約22%となる見込み。

 出身法科大学院は10校。最多の慶応大が16人、次いで東大14人、一橋大9人、京大7人、中央大6人と続く。法科大学院を修了しなくても司法試験の受験資格が得られる予備試験の合格者は22人だった。

(記事ここまで)

 さてさて、法科大学院維持派の御主張は、法科大学院によるプロセスによる教育が法曹には不可欠(だからこそ、司法試験受験のために、法科大学院卒業が要件とされるよう法改正させた)とのことだった。

 以前ブログで指摘したとおり、日本の大手法律事務所は司法試験を受験していない予備試験合格者に対して、青田刈りをやっているし、東京地検もついに予備試験合格者に対する青田刈りをはじめた。

 さらに、最高裁が任命する今年の新判事補においても、予備試験ルートの者がどの法科大学院よりも多いので、最多数を占めることになった。ちなみに新判事補任命のためには、裁判教官が修習中から希望者や見込みのある者をしっかり見極めて選抜することが多く、場当たり的に選抜することはまず無い。検察官の任命もその傾向が強い。

 一流の実務家からみて、予備試験ルートの者が裁判官にも検察官にも、たくさん選抜されるということは、もはや、法科大学院が主張する、「法曹には法科大学院でのプロセスによる教育が必須」という命題がもはや崩壊しているということを意味するだろう。

 もう一度いうが、実務では、法科大学院でのプロセスによる教育が法曹に必須だなんて、法科大学院維持派以外は、おそらくだーれも思っていない。

 

 万一、法曹に法科大学院のプロセスによる教育が必須だとするなら、大手法律事務所・検察庁・裁判所が、こぞって予備試験ルートの修習生を採用しようとするはずがないからだ。

 

 実務で必須とは言えない「プロセスによる教育」に、法科大学院維持派の学者は、いつまですがり続けるのか。

 イワシの頭も信心から、とは良くいったものだ。

 念のために説明しておくと、鰯の頭のように取るに足らないものでも、信じる気持ちがあれば尊く見える。という意味だ。

 もし、本当に「法科大学院によるプロセスによる教育が法曹にとって必須」なのであれば、予備試験ルートの法曹にプロセスによる教育が欠けていたことに起因してどのような問題が生じており、法科大学院ルートの法曹がプロセスによる教育を受けた結果どれだけ予備試験ルートに比べて優れているかを、直ちに示せるだろうし、示すべきだろう。

 

 何の根拠もなく、法科大学院教育を礼賛し続けても、私から見れば、鰯の頭を拝んでいるとしか思えないのだ。

 

 もちろん、現実認識ができないほど、頭の中にタンポポが咲き乱れている先生方ばかりではないと思うので、本当は法科大学院維持派の先生方もご存じなのだろうとは思う。

 だとすれば、どうすればよいかはすぐ分かると思うのだが、、、。

 

 

IWC脱退報道に関して。

 私は、和歌山県太地町出身であることもあり、捕鯨容認派である。

 今回のIWCからの脱退報道に接して、ようやく脱退に踏み切ってくれたかとの感想を持っている。

 私の立場は、以前イルカの追い込み漁に関して記載したブログをもとに、作られた下記の記事を参照して頂きたい。

 https://news.biglobe.ne.jp/trend/0614/bdc_150614_1793192415.html

 また、太地町で町民を挑発したり盗撮して作成されたザ・コーヴという映画の虚偽、欧米の傲慢さを暴き立てることに成功した映画「ビハインド・ザ・コーヴ」についてもブログで触れたのでこれも参照されたい。

 

 http://win-law.jp/blog/sakano/2017/11/post-209.html

この映画を御覧頂ければ、いかに欧米反捕鯨国が身勝手な主張をしているか、理解して頂けるだろう。

 特に、かつて捕鯨国であったアメリカも、ある時期から反捕鯨運動をとるようになるが、その動機はベトナム戦争の環境破壊問題から目をそらせるためだったという事実(もちろんその証拠も映画の中で提示される)もあるし、反捕鯨の立場をとりながらも、ある時期まで宇宙開発に不可欠であったマッコウクジラの鯨油について、アメリカは日本から輸入していた事実もあるそうだ。
 その際に、輸入品の名目としては「高級アルコール」と名前をつけ反捕鯨の立場と矛盾しないような小細工も弄していたという。

 

 

 また、捕鯨を批判する方には、まず、「いのちの食べ方」という映画を見て欲しいと強く思っている。

 

 人が生きていくためにはどうしても、食料として他の生き物の命を奪わなくてはならないこと、そして食料とされる他の生き物の命がどう奪われ、現実にはどう扱われているのか等につき、いかに私達が無知であることが少しは理解できるのではないか。

 自分達は食用にしない動物について、それを食用とするのは野蛮だという発想には、自己の価値観が絶対であるという尊大な考えがその裏に潜んでいる。

 もちろん国際協調は必要だが、価値観の押しつけに屈する必要はないはずだ。

 私の知る限りではあるが、「鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展を図る」という設立目的から、いつの間にか、かけ離れた行動に終始してきたこれまでのIWCの活動から見れば、むしろ遅すぎるIWCからの脱退だといってもよいのではないだろうか。

 

 

ギャップターム問題ってホンマにあるのかな?

法科大学院制度改革の一つとして、近時ギャップターム問題が盛んに取り上げられているようだ。

 いわゆるギャップターム問題とは、法科大学院修了(卒業)の3月末から、5月に行われる司法試験、司法試験合格を経て、11月末頃から開始される司法修習までに、約8ヶ月程度の期間が存在するが、この期間の存在が法曹志願者の時間的経済的負担になっていると指摘するものである。

 そしてこのギャップタームが解消されれば、激減した法曹志願者が回復に転じるという見通しの下、法科大学院在学中に司法試験の受験を認めようとする制度変更が議論されているようだ。

 確かに、法科大学院卒業と同時に司法修習を開始しようとすれば、法科大学院在学中に司法試験を受験させ、合格させておかなくてはならないことになる。

 しかし、そもそも法科大学院は、司法試験という点の選抜は弊害があると主張し、法科大学院でのプロセスによる教育が法曹に必要だと主張していたはずだった。学生が法科大学院で勉強中であり、卒業もできていない段階という、プロセスによる教育課程の途中で、司法試験を受験させることを主張することは、自ら法曹に必要だと主張したはずの、プロセスによる教育が実は不要であったことを自認するに等しい。

 以前から指摘しているように、大手法律事務所は予備試験ルートの司法修習生を優遇する就職説明会を開催しているし、ついには東京地検までが、予備試験に合格しただけで、まだ司法試験を受験していない者に対して、体験型プログラムを実施する等、検察庁も予備試験合格者の囲い込みに動き出した。

 つまり、法科大学院が、「法曹には法科大学院におけるプロセスによる教育が不可欠なのだ」と、いくら主張しても、実務界では、法科大学院におけるプロセスによる教育などには、全く価値を置いていないというべきなのだ。

 

 実務の役に立たないうえに、税金食いの制度など、マスコミなんかがすぐに批判しそうなモンだが、法科大学院はマスコミを利用して宣伝をしてくれるスポンサーでもあるためか、ちっともまともな批判をしないのは、見ていて悲しくなる。

 そもそも、ギャップターム問題を言うなら、旧司法試験時代だってそれ以上のギャップタームはあった。5月に短答式試験を受験し、7月に論文試験、10月に口述試験を経て最終合格し、司法修習開始は翌年の4月からだった。それなのに、ギャップターム問題それ自体を誰1人問題視することなく、法曹志願者も増加の一途だった。

 それはつまり、当時は、法曹になれば少なくとも食いっぱぐれはないと考えられており、法曹資格はプラチナチケットと言われるだけ法曹という資格に魅力があったのだ。だからこそ、合格率2~3%という狭き門であっても、ギャップタームが大きく存在したとしても、法曹志願者は増加の一途をたどっていたのだ。

 断言しても良いと思うが、いまギャップタームを解消したところで、法曹志願者が急に増加に転じることはないだろう。法曹の職業としての魅力を上げない限り、優れた人材が法曹界を志願しない傾向は変わらないだろう。

 当たり前のことだが、良い人材を得るためには、それに見合った対価が必要だ。ヘッドハンティングをしようとするときに、金か名誉か権力か、とにかく魅力のある提案をしないと良い人材は得られまい。努力や能力に見合ったリターンが得られない道を選択する人間は極めて少ない。

理由は簡単だ。

職業は生活を支える手段でもあるからだ。

 だとすれば、法曹志願者を増やすことは簡単だ。

 現在志願者が激増している医師と同様、その資格の魅力を上げればよいのだ。

 なぜこのような簡単なことがわからないのか。

 いや、分からないふりをして、議論していないのだろう。法曹資格の価値を上げようとするなら、(今さら遅いかもしれないが)司法試験合格者を減少させて資格の価値を上げることが最も効果的だが、それでは法科大学院を卒業しても司法試験に合格できない生徒が激増することにつながり、法科大学院制度の自殺にもつながるからだ。

 法科大学院を維持しようとすることが、いまや、法曹養成制度の桎梏となっていることを直視する必要があるだろう。

  それに、こんなに制度をいじくり回したら、受験生は予測可能性を失い、さらに志願者が減少するだろう。

 もういい加減、(法科大学院維持派の)学者の先生方による、現実無視の議論は止めてもらいたいものだ。

 

もうやめて、法科大学院延命策

 最近、法科大学院在学中に司法試験を受験することを認める案が、議論されている。それとともに、予備試験ルートを狭めるべきという主張も併せてなされているようだ。


 私は、上記の議論には、もちろん(というより法科大学院制度を維持すること自体に)反対だ。


 そもそも、旧司法試験制度に異議を唱え、法曹としての必須の素養を身に付けさせるために時間をかけて双方向授業を行うなどプロセスによる教育が必要だと主張したのは、法科大学院推進派だった。

 その法科大学院の方から、プロセスによる教育も終わっていない段階での司法試験受験を認めることを提唱するなど、自己矛盾も良いところだ。

 さらに、法科大学院在学中に司法試験に合格しても、法科大学院を卒業しないと司法修習生に採用させない方法も考慮していると聞く。
 司法試験に合格すれば、その時点で、国から法曹として必要な最低限度の知識や応用能力が認められることにはなるはずだから(近時の採点雑感によるとそれすら危ういといわんばかりの批判も多いが)、何も法科大学院を卒業させる必要など無い。


 結局のところ、在学中受験を認める策は、法科大学院延命のための弥縫策にすぎないのだと考えるしかないだろう。

 しかし翻って考えるに、法科大学院がいうように、法科大学院におけるプロセスによる教育が法曹にとって本当に必要なのだろうか。


 私達、旧司法試験世代が体験した司法研修所での教育は、一流の実務家教官の献身的な努力によって実施される、密度が濃く、双方向性の高い、まさにプロセスによる教育の理想型に近いものだった。

 私は、少なくとも私の時代の司法研修所の教育を上回るだけの、プロセスによる教育を、法科大学院ができるはずがないと断言しても良いと思っている。
 理由は簡単だ。
 プロセスによる教育が効果を生むためには、教育を受ける側と教育を施す側のレベルがいずれも高く粒ぞろいでなくてはならないが法科大学院にそれは望めないし、司法試験がある以上法科大学院生は受験対策をせざるを得ないから、悠長なプロセスによる教育など受けていられる状況にはないからである。
 そうかといって、人間は怠け者だから、突破すべき試験がないと勉強しない人がほとんどだ。また、権利侵害を受けた場合の最後の拠り所がヘボ法曹ばかりだったとすればそれこそ、優秀な法曹を生み出すはずの司法改革が司法改悪になってしまうから、(現実には、採点雑感等から合格レベルは相当下がっていると思われるが)これ以上司法試験のレベルを下げて合格させ易くしろとは言えないだろう。
 だから、法科大学院で、かつての司法研修所のような、きちんとしたプロセスによる教育を行うことは、ほぼ不可能だと私は考える。
 

 旧司法試験制度では、司法試験を突破する実力をつけた者に対して、国がまさに手塩にかけて、プロセスによる教育を行い実務家の卵を育ててくれたのだ。


 それと比較して、法科大学院は、志願者減もあって優秀な学生を集めることに苦慮しているばかりではなく、司法試験に合格したことも実務を体験したこともない学者が多数、教員として学生を教えている。


 以前にも例えたことがあるが、
 旧司法試験制度は自ら生育の可能性を示した稲を司法試験で選抜し、司法修習で手塩にかけて育て上げる方法、
 法科大学院制度は田んぼ一面にモミを撒き、芽を出すかどうか分からないモミも含めて、最初から手間と金をかけて教育を行おうとする方法、である。しかもその農家は、農業の一部分の(例えば遺伝子とか、肥料とか)研究ばかりをしており、畑に出たこともない研究者が、相当数を占めていることになるのだ。しかもその農家の耕作方法は、発足から10年以上、ずっと改善すべきと指摘され続けているのだ。

 優秀な法曹を生み出すという効率を重視すれば、もちろん前者の方が優れているだろう。
 しかし、農家(法科大学院側)とすれば、国から補助金が出るのであれば、モミが育つかどうかは関係がなく、多くのモミをいじる方が(きちんと育て上げられるかどうかは別として)儲かることになる。


 その補助金の出所が、国民の血税であるところが泣けるところだ。

 そもそも、法科大学院が行うプロセスによる教育が法曹に必須であるのなら、法科大学院制度以前の法曹は全て欠陥があることになる。
 また、予備試験ルートの司法試験合格者も同じはずだ。


 ところが現実はどうだろう。法科大学院でも法科大学院を卒業していない優秀な実務家が教鞭をとっていることも多いだろうし、新人法曹に関しては、裁判所、検察庁でも予備試験ルートの司法試験合格者は何ら排除されていない。そればかりか、大手法律事務所は、こぞって予備試験ルートの司法試験合格者を募集し続けている。


 つまり法科大学院がいくら法科大学院によるプロセスによる教育が、法曹に必須だと主張しても、現実世界ではそんなお題目、一顧だにされていないのだ。


 それでも、法科大学院でのプロセスによる教育が法曹にとって必須であると主張するのであれば、少なくとも、予備試験ルートの法曹にどれだけの問題が生じているのか、また、法科大学院ルートの法曹が予備試験ルートの法曹と比較してどれだけ優れているのか、を示すことが先だろう。


 その実証もしないで、法科大学院のプロセスによる教育が優れていると言い張るのであれば、それは、イワシの頭を神様だと断言して崇めることとそう変わりがなかろう。それを法科大学院推進派の、学者としては一流と思われる方々が、こぞって主張しているところが、悲しすぎる。

 さらにいえば、司法試験受験制限(5年5回、かつては5年3回)の理由として、法科大学院教育の効果は5年で消滅するからと説明されていたはずだ
 しかも、法科大学院教育に関しては、発足からこれまで10年以上ずっと、教育の改善必要性が指摘され続けているではないか。


 もういい加減、小手先の延命策はやめるべきではないのか。


 過ちを認めることができずにひたすら繕うことに尽力するより、過ちを認めてやり直す方が傷は浅くて済むことが多い。


 そろそろ、(何が何でも法科大学院維持という)結論ありきではなく、現実を見据えた議論を期待したいところだ。


 先日の大阪弁護士会常議員会で、日弁連の提案する、いわゆる谷間世代(貸与制世代)への20万円支給案に賛成する意見が、可決されてしまった。

 大阪弁護士会執行部の賛成意見の理由は、概ね次の通り。
 ① いわゆる谷間世代は日弁連会員の約4分の1を占めており、この世代が経済的理由により、その活動に支障をきたすようなことがあっては、我が国司法の人的インフラが抱える大きな問題ともなり得る。
 ② 約20億円の予算であれば、日弁連での将来必要な支出や活動を大きく制限しその執行に支障が生じるとは言えない。
 ③ 谷間世代が有している負担感等を全会員として受け止め一体感と統一性を醸成することで日弁連のメッセージとして意味がある。


 前回私が、質問したことを気にしたのか、「日弁連理事会では谷間世代に関する立法事実に関する客観的資料は提出されていなかったことに違いないが、検討委員会では提出されていた」と釈明して、昨年9月に実施されたアンケート結果が配布された。

 それによると、65期修習の有効回答者の中で、貸与金返済のめどが立っていないとの回答者は46%にものぼったそうだ。


 そのような説明が副会長からなされたので、私は聞いてみた。


 「日弁連では、貸与金を返還できない状況にある者に貸付金制度を作ったはずだが、65期で、実際の制度利用者は何名なのか。もし利用者が少ないのであれば、返済のめどが立たない者が多いというアンケート結果は事実と異なる可能性があるのではないか。」

 執行部からは、正確な数字は分からないが10件以内であるとの回答があった。付け加えて聞いてもいないことだったが、最高裁に猶予を認められた者が32名いるとの回答があった。また副会長からは補足で、実際に困っているという問題という視点だけではなく、給費制との不公平という視点もかなりあるとの説明があった。


 仮に最高裁の猶予者と日弁連の貸付を受けた者が重複していないとしても約40名。65期の弁護士数は1838名。約2%である。

 谷間世代の多くが実際に困っているから助ける趣旨だ、というのであれば、日弁連貸付金制度利用者の数が少なすぎて、そのような立法事実は認められないというべきだろう。

 それに、仮に経済的理由で谷間世代の弁護士活動に支障をきたすくらいの問題が生じているのであれば、20万円一回の支給で、弁護士活動に支障をきたすくらい深刻な経済的問題が解決するとも到底思えない。また、実際に困っているかどうかの資力調査もせずに、申請者一律に20万円をばらまく制度なのだから、困っているから助けるという趣旨と制度の構造自体も矛盾する。

 さらにいえば、弁護士数の増加に伴った仕事が増加しているのであれば、このような問題はそもそも生じていない。今後も弁護士数の激増に歯止めがかからないのであれば、この弁護士の経済的問題は深刻化しこそすれ、解決するはずがないのである。


 もちろん副会長の「不公平」という補足説明は、上記の点に配慮した説明だったのだろうと思う。しかし、不公平という点を重視するなら、不公平に扱ったのは誰なんだ。それは国ではないのか
 また、きちんと長年日弁連会費を支払いながら支給を受けない会員と支給を受ける谷間世代会員との扱いの違いは、不公平ではないのか。


 不公平を理由にすることは、理屈に合わないだけではなく、将来に禍根を残しかねない危険な言い訳でもあるのだ。


 つまり、現在の修習生は、確かに給付金を受領しているが、それでも給費と違い額は低く抑えられている。したがって、貸与制も併存しているのだ。

 だとすれば、給付金+貸与制度世代からも、「俺たちは、給費制に比べて僅かな給付金しかもらえていない。貸与制度も利用した。給費世代と比べて不公平ではないのか。谷間世代が20万円もらえたのなら、同額と言わないまでも、半額はもらえても良いのではないか。」との主張が十分考えられる。

 給付金+貸与制度世代は、制度が変わらない限り、今後新しく弁護士になる全ての修習生が該当するのだ。いつまで対策を続けたって終わりゃしないのである。

 もし給付金+貸与制度世代から上記のような主張がなされた場合、執行部はどうやって抗弁するのか。少ないながらも給付金をもらっているから不公平ではないと言い切るつもりなのか。もしそうなら、恣意的に公平、不公平を使い分けるご都合主義者と言われても文句は言えまい。


 このような問題点について、日弁連執行部は、な~んにも考えていないとしか思えない。

 上記の問題が現実化した時点で、現日弁連執行部の弁護士たちは既に弁護士稼業を引退しているのかもしれないが、問題の火種を作り上げて放置したまま、後の世代に丸投げするのは、止めてもらいたい。


 その他、他の常議員の先生から、日弁連の財務シミュレーションでは会費収入が減少しないことになっているが、本当に南海トラフ地震などが起きたとしたら、会費収入は減額するのではないか、その想定を全く加味していないのはシミュレーションとしておかしくないか、との指摘もあった。

 担当副会長は、正面から答えることができなかったのだろう、質問に対してきちんと答えずに、東北の震災の時はそんなに会費収入は減少していないと答弁するにとどまった。

 東北の震災に比べて、南海トラフ地震や、首都直下型地震では、被災する弁護士数も桁違いになるはずだ。きちんと返答できないのは、シミュレーションが、結論ありきで作成されているからだろうし、かといって、立場上そのシミュレーションを否定することもできないからだろう。もちろん、そのようなシミュレーションを作ったのは日弁連であり、大阪弁護士会の副会長に責任はないのだが、そのような適当なシミュレーションを作っておいて、それを根拠に会員を煙に巻こうなんざ、全国の弁護士も、ずいぶんとなめられたモンである。


 そのようないい加減な根拠の施策だが、大阪弁護士化の常議員会では、反対4保留4、賛成33で可決されてしまった。


 おそらく賛成された常議員の方は、理屈やシミュレーションがおかしくても谷間世代に支給すべきというお考えなのだろうし、まさか、他人の金なら支給すべきだが自分の金なら嫌だともいわないだろうから、万一困った谷間世代がいらっしゃったら、現日弁連執行部・大阪弁護士会執行部、及び大阪弁護士会常議員の先生で本議案に賛成された先生を見つけて支援を求めた方が良さそうだ。


 まさかお断りになることはないと思うから。

谷間世代給付金案~常議員会で討議の報告

 先日ブログにも掲載したが、日弁連が司法修習中に給費を得られなかった世代に対して、会費減額をする案を撤回したと思ったら、こんどは20万円を給付する案をだし、各単位会に意見照会をかけている。

 20万円の給付を谷間世代に行うと、日弁連にとって(つまり全世代の弁護士にとって)約20億円の支出となる。

 どうしてそんなに、日弁連執行部が谷間世代を優遇したがるのか、私には謎だ。ちなみに同じ時期に給費を得られずに修習を行い、裁判官・検察官になった人たちには特にそのような救済策はなされていないし、救済策を講じる予定もなさそうだ。


 常議員会で、討議事項に上がったので、私は2点質問してみた。


①谷間世代の裁判官・検察官に国が救済策を講じるかどうか、そのような動きがあるかについて調査しているのか(これは従前、谷間世代救済の件について、執行部が常議員会で、裁判所検察庁の動向も見ながらと発言していた記憶があるために質問した)。

②このような施策を実行する立法事実・根拠事実をどうやって把握しているのか。客観的な谷間世代の困窮を示す調査資料があれば出して欲しい。


 担当副会長の回答は、①について、調査していない。②については、客観的な調査は行っていないので資料はない。日弁連執行部が、各地でそのような声があると聞いているためではないか。というものだった。


 およそ、法律家には釈迦に説法ということになるが、『「立法事実」とは、立法的判断の基礎となっている事実であり、「法律を制定する場合の基礎を形成し、かつその合理性を支える一般的事実、すなわち社会的、経済的、政治的もしくは科学的事実」(芦部信喜、判例時報932号12頁)』を意味する。


 日弁連が、一般会計の剰余金のうち、ほぼ半額に匹敵する20億円もの支出を行う施策を行う場合、その支出の合理性を支える事実について、当然きちんと把握して然るべきだろう。
 その根拠が、「執行部がそのような声を聞いたから」、というのではあまりにもお粗末にすぎる。


 お話を簡単にするために、全員が同じ額を納税し、同じ公共サービスを受けている人口4万人のB国(日弁連)があったと仮定しよう。T世代(谷間世代)は、いまは多くがB国の国民だが、B国の国民になる前に、S国(司法修習)で、無給という酷な扱いを受けていたことあったと例えることが出来そうだ。なお、T世代のなかにはJ国(裁判官)、P国(検察官)の国民となった者もいるが、J国、P国ではT世代に対して何らの施策も採っていない。


 このような状況下で、
 「B国国民になる前に、S国から不当な扱いをうけたT世代の人が、S国から受けた不当な扱いが原因で困っていると聞いたんで、事実は全く調査していませんがそのT世代の国民全てに対して申し出てくれれば、国庫一般会計に貯めていた万一の時のためのお金の半分を出してばらまきます。よろしくね。」、なんてことをB国首相が言ったらT世代以外の納税者は納得できないどころか、激怒するはずだ。

 そもそも、T世代に対して不当な扱いをしたのはS国なんだし、その不当な扱いはB国国民になる前に行われた話なのだから、S国に責任を問うのが筋だろう。


 確かにB国が好景気に沸いていて、右肩上がりの成長が今後も十分見込める余裕十分の国民ばかりであったのであれば、あるいは、このような施策もあり得るのかもしれない。

 しかし、B国国民の所得は各世代において減少しつつある。国税庁統計(日本)から算出されたデータによれば、所得の中央値を見ると、2006年の1200万円から、2014年には600万円と、わずか8年でキレイに半額になっているとの指摘もある。それでもB国の税金(日弁連会費)はほとんど減額されていないどころか、滞納を続けるとB国を追放される処分を受ける苛酷なものとしてB国国民に課されている。

 仮にB国の国民になったのだからということで、(J国・P国との均衡を無視して)相互に助け合うべきだと強調するにしても、全体としてB国が傾いている状況でT世代以外の国民も納付した税金を使うのだから、きちんとした根拠とその支出の合理性を全国民に説明する必要があるはずだ。


 日弁連執行部の人気取りかどうか知らないが、雰囲気で20億円もの支出をされてはたまったものではない。


 そんなに助けてあげたいなら、何度も言っているように、助けてあげる余裕があって、助けてあげたい人たちで基金を作ればいいじゃない。少なくとも日弁連執行部に所属する人たちは、しつこく谷間世代救済を主張するんだから、喜んで私財を投げ出してくれるはずだ。

 良いカッコしたいけど、かかる費用は他人の金で、とは虫がよすぎないか。