開会式の挨拶のあと、まずは記念撮影ということで外にでる。ハンドメガホンを持った写真屋さんがいて、あれこれ指示を出している。カメラ自体が回転しながらシャッターが下りるという特殊カメラを使ったものだった。多分横に広い、パノラマのような写真ができるのだろう。

 しかし、日差しがまぶしくて目をきちんと開けていられない。

 確かこの間、新調した眼鏡はUVカットのはずだが、、、、と一瞬思ったが、良く考えるとUVは目に見えないのであって、いくらUVをカットしてもまぶしい可視光線を防ぐ効果は全くなかったのだ。つまりは、当たり前のことなのだと妙に納得する。

 おかげで目が痛くなってしまった。

 それにしても、背の低い人のために踏み台にする箱を、写真屋さんが用意していて、身長差による凸凹を調整するのが、昔っぽくておもしろい。

 無事記念撮影は終了したが、このあと、すぐに発表なので気が気ではない。

 会場に戻ると机が並び変えられていた。

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(S弁護士の席。微妙に坂の字が中華っぽい?)

 会場では、通訳ですという北京大学の女子大生の挨拶を受ける。京大に留学していたそうで、流ちょうな日本語を話す。

「へー、Gさんと二人でダブル通訳なんだ」と独り言をいうと、

「いえ、私は、ディスカッションの通訳なんです。」とのお答え。

 ディスカッション?!

 質問はあるかもしれないと聞いてはいたが、ディスカッションなんて聞いてなかったぞ。

 質問以上のディスカッションまで想定され、しかもディスカッション用の通訳まで準備されているとは、こっちにとっては、さらに想定外。


 もうどうにでもしてくれという気になってきた。ここは中国。ラーメンのCMだと4000年の歴史の国だ。細かいことは気にした方がダメなんだろう。

 席は左からGさん、X教授、S弁護士、Y弁護士、女子大生通訳のムンちゃん。

 いよいよシンポジウム開始。昨日の夕食時となりにいた姜先生が、司会。何か注意をしているが、もちろん中国語なので、分からない。
 Gさんによると、どうやら発表時間を20分に制限することになったとのこと。

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(シンポジウム開始の図。~左端が司会の姜教授)

 早速、山東政法学院の李先生(女性)が発表を開始した。発表順は中国の李先生、X教授、S弁護士、Y弁護士、韓国の張教授、中国の芳先生となっている。

 もちろん、李先生が何をいっているのか分からない。

 しかし、今は自分の発表が優先だ。だがここまでどうやって発表するのかも聞かされていない。同時通訳なのか、普通にしゃべって通訳してまたしゃべる方式なのかも分からない。

 質問に加えてディスカッションも予定されているなどと、最初の話と相当違ってきている気もするが、乗りかかった船どころか既に出航している船だ。今更、おうちに帰るとも言い出せない。

 とにかく発表時間が制限されたことから、蛍光ペンで発表原稿から、割愛する部分をチェックし始める。
 他人の発表なぞ聞いている暇はない。

 X教授が発表開始。

 どうやら、同時通訳ではないようだ。発表者が日本語で発表し、区切りの良いところでGさんが中国語に通訳する。しかしこれなら、20分の発表でも通訳に半分時間がかかるから、実質10分の発表時間しかないことになる。

 原稿自体の中国語訳は配布されていると聞いているので、要点だけ発表するしかないと腹をくくって、バッサリと割愛する部分に×印をつけて切り捨てる作業をする。

 そして、ついに、S弁護士の発表となった。

 発表自体は、堂々としていろというX教授の指示と、できるだけゆっくり話したこと、緊張していたこともあって、あっという間だった。

 かなり割愛したが、何とかまとめきる。

 続いてY弁護士の発表だ。

 Y弁護士の紹介がなされるとなぜか、まばらな拍手が。おお、これまでの発表者は紹介されても誰も拍手なんてなかったが、どうしてY弁護士だけ拍手があるんだろう。

 発表を終えて安心したせいか、どうでもいいことが気になるな。
 理由は分からない。
 
 X教授がY弁護士の横について、割愛する部分などを指示する。Y弁護士も無事にまとめきったようだ。

 Y弁護士は発表後、他の先生の発表原稿を女子大生通訳ムンちゃんに翻訳してもらっている様子。どんどん席が接近している。ほとんど肩を寄せ合った状態になっている。どうでもいいけど、ちょっと羨ましいぞ。

 Y弁護士は聞き上手でもあって、女子大生の通訳にうんうんと頷いて聞いている。しかし、Y弁護士が頷くと、頷きアクションに合わせて、Y弁護士の椅子がギシギシいう。少し椅子の立て付けが悪いようだ。

 「こらこら、Y弁護士、女子大生と一緒になって椅子をギシギシ言わせたらあかんやろ。」とちょっと誤解を招きかねない、不埒かつ不適切な表現が頭に浮かぶS弁護士であった(失礼!)。

 他の先生方の発表中は、X教授は教え子のGさんとなにやら話しているし、Y弁護士はムンちゃんと接近遭遇しているし、両者の真ん中でぽつんと、意味もなく、100年の孤独を感じるS弁護士であった。

 
 S弁護士が、「ガルシア・マルケスの100年の孤独っていったって、中国は4000年の歴史なんだよな~」と、ぼーっと考えていたところ、突然停電が起きた。

 どうやら建物全体が停電しているようだ。「最近はこんなこと無かったんですがね~」とGさん。誰も騒がない。どうせそのうち復旧するさ。騒いだって意味ないよ、という感じがいかにも大陸風に感じられる。

 エアコンも止まり次第に暑くなる。

 しかし発表中である韓国の張教授は、原稿も見ずに、暗闇の中、淡々と発表を続ける。ある意味凄い。10分ほどで停電は回復。空調も効き始めた。

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(突然の停電)

 会場のトイレは和式。廊下に飲み物・果物などがおかれているテーブルがあったが、食欲がないことと、食べていいのかわからなかったことで今回はパスした。
最後の山東学院の方のご挨拶がかなり長かった。結局時間が押したせいか、質問もディスカッションもなかった。

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(無事発表を終えて)

 X教授のご命令でY弁護士とムンちゃんのツーショット写真を撮る。Y弁護士へのX教授の命令は、連絡先を聞きだしてS弁護士が撮影した写真をムンちゃんに送ること。

 なるほど、若者達への配慮ですな~。X教授の心遣い、ニクイじゃないですか。

 その後、前の日に夕食を食べた1号館に移動してバイキング方式の昼食。ここで食券が使えた。入る際にも並んでいる学生よりも先に通してもらう。

 発表が終わって気が緩んだのか、箸を落としてしまい、換えをもらおうとするが、食器置き場の箸がもうなくなっていて、困る。料理を追加する前に食器をまず補充せんかいな。結局、格好は悪いが長さと色の違うハシを組み合わせてしのぐ。

 観光について、Gさんが、軽い登山になるが、仏像がたくさんあるという山寺への参拝を提案するが、X教授が「暑いでしょ、行きたければどうぞ。私、下で待ってますから」と即時に却下。このまま観光しなくてもいいという話まであったが、Gさんも残念そうだったので、協議の結果、済南市民の憩いの場、大明湖に行くことになる。

 3時集合。それまでは部屋に戻って準備とのこと。シャワーを浴びて少しさっぱりするが、寝てしまうと起きられない可能性がある。危険と思って我慢する。

 集合場所に来てみると、どこかの法律事務所から是非会ってお話ししたいとの申し入れが来ているそうで、あまり時間がないらしい。急いで大明湖に向けてでかけようとするが、呼んでいるはずのタクシーがこない。Gさんいろいろ連絡するも、どうもうまくいかないようす。

 通訳女子大生ムンちゃんも一緒に行くことになった様子で、彼氏と一緒にきていた。

 中国当局からハニートラップを仕掛けられたのではないかという噂もある、と噂で聞いたX教授が、独身のY弁護士に「いやいや、彼氏がいても、日本の弁護士はもてますから・・・」などと、いつもの笑顔を浮かべながら、その笑顔にそぐわない不穏な発言をしている。

 そういえば、X教授も弁護士登録をしている。X教授は中国渡航歴も多いし、中国人女性が日本の弁護士を見る目について詳しいのかもしれない。しかし、今日は、中国のバレンタインデーだ。恋人達を祝福すべき日のはずだ。

 「X先生、今日は中国のバレンタインデーでっせ!そんな恋人達の聖日に、それは、ないんとちがいますか!」、と心の中で義憤に駆られたS弁護士は、Y弁護士に小声でこう告げるのであった。

 

「Y君、、、、、X先生の言うとおりやで・・・。日本の弁護士の魅力、見せつけてやらなあかんで・・・。」

ナイスガイのY弁護士は、S弁護士の心からの忠告を、笑顔で右から左へと受け流したようだった。

 待ち合わせの6号館前あたりまで歩くが流しのタクシーもない。ホテルの参道みたいな道だから、しかたがないのか。

 Gさんが、どういう関係かわからないが、なんとか車を2台捕まえ、湖まででかけることになる。Gさん、X教授、S弁護士が白い車。日本の弁護士の魅力を発揮せよと、X教授の勅命を受けたY弁護士と、ムンちゃん達カップルが青い車に分乗。


市内は結構込んでいる。 

 もうすぐ着きますという、Gさんの言葉とは裏腹に、渋滞する市内をかなり走るがまだ大明湖にはつかない。

 その間に、車内でX教授と、格差について議論。

 いつも思うのだが、頭のいい人と議論すると、こちらの考えも上手く整理できる気がする。

(続く)

5月20日


 朝食は,X教授に指定されて、七時の予定。遅れてはいけないので、5分前に部屋を出てエレベーターに向かうと、エレベーターホールでたまたまY弁護士と一緒になる。

 1階のホールで少し待っていたが、X教授がやってこない。仕方がないので、先に朝食をとることにする。部屋のキーカードを見せるだけで入れた。昨日もらった資料の中に、食券が入っていたが、それはどうも昼と夜に使うものらしい。

 食事は中華バイキング。コーヒーもお茶もない。粥で水分を取るようにということらしい。昨日逢った偉い方とまたお会いしたので、挨拶を交わす。朝から結構濃い味付けのようで、血圧に影響しないか少し心配。心持ち野菜を多めにとるようにする。


 少しして、Gさんもやってきて、飲み物はないのかなという話になるが、やはり、粥で取るようだ。
 さらに時間がたってX教授登場。食事は7時と決めたのはX教授だが、その時間に、登場しないのが大人物たるゆえんか。

 朝食後に部屋に戻り、服装について考える。今日は発表でもあるから、やはりスーツで行くべきだと思う。しかし暑いのは間違いないので、上着は部屋に置いて、ネクタイだけはしておくことにした。
 これなら、みんながスーツでも、暑いから上着を着ていないだけですよ、という言い訳が可能だし、みんながラフな格好の中で、上着までスーツを着たままで浮いてしまうこともあるまい。
 和解でいうなら折衷案、まあ両面作戦だ。

 待ち合わせの1階ロビーに到着すると、Y弁護士は、上着まで着込んだスーツ姿。「すごいな、暑くない?」と聞くとやはり「少し暑いです。」との返答。そりゃそうだろう。外はかんかん照りだぜ。


 一方、X教授はラフなシャツにノーネクタイ。Gさんもラフなシャツ。シンポジウム会場の6号館まで歩いてみると、かなり暑いので、ラフな格好で来なかったことをかなり後悔する。

 途中、花で飾り付けられたマセラッティと、ドアミラーにリボンを着けたベンツが何台も止まっている。Gさんによると、結婚式なのだそうだ。しかし、自動車の側面には結構泥とかがついていて、綺麗ではない。

 門出にしては、ちょっとなんだな~と思ったが、そんな細かいことに気を使うのは日本人くらいですよ、と米英に留学経験のあるX教授がいう。
 X教授によれば、英国では駐車するときにバンパーをぶつけて隙間を空けて出入りするのが普通なんだとのこと。「『そのためのバンパーでしょ』、とイギリス人は言うんですよ。」と仰る。英国では確かにそうかもしれないが、なかなか日本ではそうは、いかんだろう。

 また5月20日は中国のバレンタインデーのようなものだから結婚式が多いのかもしれない、という説明をGさんから聞く。理由は、5月20日の中国語での発音が、アイラブユーに似ているから、バレンタインデーのようなことになっているのだとか。こんな暑いときにチョコレートをあげても溶けるだけじゃないのだろうか。溶けてベタベタになったら大変だぞ・・・。と数多の離婚事件に携わったS弁護士は、他人事ながら少し心配になる。

 ちなみに、Gさんに聞くと、本命にはチョコレートのプレゼントだが、義理チョコの風習はないそうだ。義理チョコの代わりに脈がない人にはリンゴを渡す風習になっているのだとか。

 やはり今日も暑い。歩いているだけで十分に汗をかく。ハンカチは持っているが、タオルの方が良かった。

 会場である6号館の入り口の外に、兵隊さんのような人が2名立っている。入り口内側にはチャイナドレスの女性が二人立っている。ともに微動だにしない。万が一軍関係の人だと怖いので撮影はしない。Gさんからも、軍関係の撮影はしないように釘を刺されている。良くてカメラ没収、悪ければどこかに連れて行かれるのだそうだ。その「どこか」が分からないだけになお怖い。

 撮影はできなかったが、しばらく見ていると瞬きはしていた。Gさんによると、このホテルは軍部が使うこともあるそうなので、その名残なのだろうかと勝手に考える。

 入ったところには、大きな毛沢東の絵が掲げてある。

 発表者は受付での署名は不要だったので、特にチェックされることもなく会場がある2階にあがる。

 会場は広かった。名札がおいてあり、最前列にS弁護士とY弁護士の名札。他にも着席順は決まっている。X教授とGさんは発表者側の席。いわゆる雛壇の上だ。
 冷房がそこそこ利いている。これならスーツでもなんとか耐えられそうだ。

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(開会式前の会場)

 開会式の時間になって雛壇の上の人たちがやってくると、全員上着まで着用したスーツ姿だった。まあ、国際会議みたいなもんだし、そうだろうなぁ。少しだけネクタイをしてきたことにホッとする。ひな壇でスーツじゃないのは、X教授とGさんだけ。だが、何故かそう強い違和感を感じない。「学会なんだから、勉強が目的でしょ。勉強に適した服装ですが、なにか?」という感じで、逆に、そこはかとなく大物の風格が漂っていたりする。

 しかし、大物ならともかく、一介の弁護士にすぎないS弁護士は別だ。やはりもうすこし貫禄がつかないと、ああはできない。形式的と言われようが、ネクタイ着用はやはり必要だ。

 普段は、お釈迦様の手のひらから脱出できない孫悟空のように、X教授の手のひらの上で踊らされる存在にすぎないS弁護士ではあるが、ここは自分を信じて正解だった。

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(ひな壇の上のエライ人達)

 開会の挨拶だろう。主催者側の中国、日本、韓国の順番になされる。X教授は老子か荘子の言葉を引用して、上手いスピーチをしていた。さすがに場慣れしている。

 正面の壁一面に大きな大会の看板が設置されていて。想像していたよりも相当大きなシンポジウムであることに驚く。しかも配布されたプログラムによると、開会式が行われた会場で発表しなくてはならないことがわかっている。多分一番大きな会場だろう。あ~早く発表が終わってくれんかな。

 とにかく、義務を負ったままだと何も楽しくはない。S弁護士は発表のことばかり考えていた。

(続く)

 15:19発で、済南市には、大体18時過ぎに到着。予定よりも20分ほど遅れたようだが、特に車内アナウンスもなかったように思う。

 出口を出るためにも切符を見せる必要がある。

 結局、駅に入る際、ホームに入る際、車内検札、駅を出る際、の合計4回のチェックを受けたことになる。

 夕方に近くなっているにも関わらず、青島よりも相当暑い。

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(済南市駅~出口と入り口は完全に別と思われる)

 山東政法学院の大学院生が、迎えにきてくれていて、ペットボトルの水をくれる。多くの人がペットボトルの水を携帯しているようだ。日本のように水道水がそのまま飲めることが、とても有難いことなのだと痛感する。

 駅からは車で移動。Gさん曰く、中国で一番渋滞がひどい街だということらしい。宿泊先のホテルは、軍も使用しているとのこと。軍が使用するくらいなら上等なのか、それとも質実剛健で簡素なものなのか、肝心なところが分からない。

 車の窓から外を見ると、歩道をバイクが、ガンガン走っている。電動自転車、電動バイクが多く、エンジン音を響かせるバイクは少ない。そういえば、犬や猫、鳩、カラスまで見ていないような気がする。しかし、どこに行ってもマクドナルドとケンタッキーは目につく。

 渋滞がひどいと聞いてはいたが、一応流れていて、身動き取れないという状態までひどいわけではない。


 中国の歴史にも詳しいY弁護士は、道路標識に書かれている文字を見て、「おお~、●●がある・・・」と独り言を言ったり、「○○は△△の時代の××ですか?!」などと、Gさんに聞いたりしているが、GさんよりY弁護士の方が中国の歴史や古典に詳しいらしく、話があまり弾んでいかない。

 たしかに、こっちも、外国人から源氏物語の第九帖にはしびれますよ、舞台はこのあたりなんですかね~とか、平家物語の小督のくだりは感動ですよね~、片折戸していた家があったのは嵐山のこの辺なんですかね~とかマニアックなことを聞かれても困るわな。

 明日の観光について、Gさんがどこか行ってみたいところがあるか聞いてくれる。

 T君が「黄河はこの近くで見れるんですか!?」と歴史に彩られた黄河を見たいといわんばかりの期待に充ち満ちた発言をしたが、X教授は間髪を入れずに「黄河なんて、ただの川ですから」、と、抜けば玉散る氷の刃(やいば)!

 血が出る間もなく一刀両断された、Y弁護士の歴史への憧憬は、一瞬で次回に持ち越し決定だ。結局、明日考えましょうか、という良くある結論に落ち着いた。

 車内では、Gさんがしきりに電話連絡を取っている。電車が遅延したため、予定よりかなり我々の到着が遅れているようだ。

 ようやく、ホテルについたがフロントに荷物を預けるだけで、着替える暇も与えられず、そのまま夕食会場へ。Y弁護士は、移動を前提としたラフな格好だし、X教授もポロシャツなので、かなりラフな日本代表となってしまった。

 歓迎会場は、大きな中華テーブルが据えてあった。もちろん料理は中華料理。「中華テーブルの発祥は日本と聞いていますね。」、とY弁護士が教えてくれる。確かに、S弁護士もテレビのクイズ番組で、目黒雅叙園が発祥だというような話を聞いた気もする。しかし、X教授はそんなことはないでしょう、と仰るし真相は不明。

 巨大なナマコはちょっとつらかったが、他は、さすがは本場中国、4000年の歴史。なかなか美味しい料理がそろっている。

 もともとS弁護士は偏食である。酢の物が苦手、漬け物が苦手、梅干しも苦手であり、日本人のくせに寿司も食べない。当然納豆のように腐敗した(ように思える)物も食べない。「大人になって一番嬉しかったのは、食べたくない物を無理に食べなくてもよくなったことだ」と、海外で、好んで芋虫などのゲテモノ食いをする医学生の甥っ子に話したりするくらいである。

 食べたい物を食べたいだけとって食べる中華テーブル方式は、極めて理に適っていて、偏食人間には有難いところだ。

 ところで、歓迎夕食会では最初に一番エライ人が「#$%'#"~?!"$%#・・・・」とスピーチして乾杯!となるが、それだけでは終わらない。次に誰かが立ち上がってまた「'%&$#$$%#'()・・・・」とスピーチしてまた、乾杯! 

 何人かの人が乾杯の音頭をとったら、また最初のエライ人が乾杯!っとやるので、一人が3~4回乾杯の音頭をとる。

 また1対1でも、多分「あなたの健康に・・・」なんて言いながらだろうけど、乾杯している。

 どうして何度も乾杯するのはよくわからないが、そういう風習らしい。

 山東省方式が中国のスタンダードなんだとの説明を誰かがしていた。

 もともと、アルコールを少し摂取しただけで頭痛に襲われるS弁護士とすれば、乾杯の嵐に襲われたら、幾つ肝臓があってもたりやしない。

 どっかで聞いた話だが、日本人には縄文人系と大陸からきた弥生人系の人がいて、縄文人系の人はアルコール分解酵素をあまり持たないのでアルコールに弱いという話を聞いたことがある。その話が正しければ、ここは大陸。アルコール強者の巣窟である。

 ところがS弁護士に輪をかけて、Y弁護士も下戸である。X教授がアルコールに強いことにすがって、アルコール弱者の二人はなんとか宴会を乗り切ることを決意したのであった。

 乾杯の嵐を、お茶での乾杯という荒技でお茶を濁しつつ、山東省法学会の副会長さん、韓中法学会の会長さん、近隣の大学の教授など、偉い人と名刺交換をする。

 隣の先生は、愛媛大学と愛知大学に留学して勉強していた煙台大学の姜教授とのことだった。日本語がかなり分かってくれる方なので、司法試験の合格率についてお話ししたりする。

 韓国チームは、見た目がちょっと怖い感じで、明日質問してこないかちょっと心配。

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(歓迎夕食会のあと~巨大な中華テーブル)

 宴会の後、いよいよ明日に迫ったシンポジウムでの服装を確認すると、「みんな暑いからどうせポロシャツ程度ですよ。アロハでも良いくらいなんじゃないですか。」とX教授が断言。

 確かにアロハはハワイの正装だそうだけど、中国でそれをやって良いのだろうか。とはいえ、主催者側のGさんも「暑いですからね~、そんなもんですよ。」と太鼓判を押すので、一瞬ポロシャツで出ようかと考えてしまった。


 質問を受けなきゃならないのかについて、Gさんに聞く。確か、X教授からお誘いを受けたときは、「発表するだけで良いから」とのお話しだったし、S弁護士も当然そのつもりで来ているから、一応確認のつもりだった。

 するとGさんが、「質問あるのは当たり前ですね。S先生の発表する敵対的買収は、司会の姜先生も専門家ですね。他にも韓国の先生とか、いっぱい専門家、来てますから。」と超怖いことを言う。

 おいおい、そんな話聞いてませんよ。X教授の顔を「約束が違いませんかね?」という意味で、ちらっと見たが、「国際シンポジウムなんだから、質問があることくらいは当たり前でしょ~」といわんばかりの穏やかな、いつもの笑顔がそこにある。

 うう、ゴルフのときだけでなく、ここでもX教授に、してやられたか。ゴルフのときにマリオネットSと呼ばれた屈辱の日々が蘇る。しかし、ここは、X教授の笑顔の裏を読み切れなかったこっちが悪い。

 ただ、別に日本語ならやり合えるが、中国語や韓国語で言われても的確に対応できるのか少し不安だ。

 さすがに、X教授も難しい顔になったS弁護士の気落ちを察したのか、「まあ、どうせみんな日本語なんか分かりませんから、適当にしゃべってくれたら、G君が上手にまとめてくれますよ。」と慰めてくれる。一瞬、その手があったか!とも思ったのだが、司会の姜教授は日本に留学していたんだよな~、適当なことをしたらばれるじゃないか。

 しかしここまで来たら、開き直ってやるしかない。質問を受けたら日本の現状をきちんと説明してやれば良いんだし。そう考えたら、少しは気が晴れた。人間、気の持ちようなんだな~と妙に納得したりするS弁護士だった。


 ホテルの部屋はダブルベッドの二人部屋のシングルユース。かなり立派だ。軍部は良いホテルを使えたりするのだということを感じる。

 部屋の中では、一応ワイファイがつながる。

 明日は、7時に朝食会場で待ち合わせの予定。

追記

 夜中に暑くて目が覚めた。エアコンを見ると27度。これは暑いや、と思ってエアコンをいじっていたがうまく行かない。

 お日様のようなマークが液晶に表示されているが、それはお日様に照らされて暑いときにそれを押せばいいのか、お日様に照らされるように暑くするためにその位置にするのか、がわからない。

 寝ぼけ眼で、10分ほど、あれこれボタンを押して格闘していると、そのうちだんだん気温が上がり、ついにエアコン表示は29.5度になってしまった。

 これでは発表前に脱水症状を起こして命が持たないかもしれない。鏡で見たら眼は寝不足で充血している。
電話でフロントを呼ぼうにも、どの漢字がフロントを示しているのかわからない。つまり何番がフロントかわからないので、かけられない。もちろん、既に夜中の2時だから、部屋番号は分かっているが、Y弁護士をたたき起こすこともできない。

 しかたない。人事は尽くした。しかしもうダメだ。

 いじれば温度が上がっていくイケズなエアコンはストップだ。

 ぬるいシャワーを浴びて体温を下げ、窓を開けて寝ることにした。幸い網戸はついている。室内よりは外の方がすこしだけ涼しいようだった。

(続く)

 Kさんが連れてきてくれたのは、半地下の喫茶店。

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 そこで、Gさんの通訳で中国には弁護士補のようなものがあり、Kさんは理系の大学を出てすぐに司法試験に合格して弁護士に成ったばかりであることを知る。弁護士補の身分証明書は青で、1年経てば赤の身分証明書になるそうだ。S弁護士が日弁連の、Y弁護士が大阪弁護士会の身分証明書を出し、身分証明書の話で少し盛り上がる。

 最初にレモンを浮かべた水が出てくるが、中国の水道水は飲めないと聞いている。Gさんに確認すると、水道水を蒸留した水を使うので大丈夫とのこと。メニューは写真入りで手作り感満載。出されたぬるい水を飲みながら考える。

 注文は、暑かったのでアイスコーヒー。X教授も同じ。GさんとKさんはホットコーヒー。

 しばらくたってやってきたアイスコーヒーは、日本のアイスコーヒーとは違っている。まず氷が見えない。飲んでみても冷たい!という感じはない。小さく溶けかけた氷を一つ見つけたが、ここでのアイスコーヒーとは、「熱くはないコーヒー」という意味のようだった。

 スイーツ好きのY弁護士はスイーツ1択。感想は、「意外にいけます」というものだった。しばらく時間をつぶして、お手洗いを完了し、青島駅に向かうことになる。

 喫茶店のカウンターの後ろには、チェ・ゲバラのポスターが貼ってあった。ゲバラはカストロと共に、革命によりキューバに社会主義国家を建設した英雄の一人とされている。中国なら毛沢東でもおかしくないところだが、なぜか、ゲバラだ。ちなみに、「キューバは格差社会ではない」との旅行記を読んだことがあるから、現代中国の格差社会へのささやかな反抗なのかもしれない。

 店を出る際に指さして、チェ・ゲバラ、というと入れ墨をした店員の兄ちゃんが頷いて笑っていた。


 駅まで送ってもらってKさんといったんお別れ。

 Gさんが、チケットを受け取ってきますと言ってパスポートを持って駅の切符売り場の方に行く。その間しばらく、時間がかかるとのこと。

 駅前の広場を見ると、遠くにケンタッキー、マクドナルドが見える。それに「李先生」という店は、中国のファストフードであることを教わる。さっきまで暑かったが、日陰に入って風が吹くと意外にひんやりする。湿度が低いのかもしれない。

 物乞いが2度もやってきて小額紙幣を握りしめた拳を突き出して何か言っていたが、生憎小額紙幣の持ち合わせはない。かといって、六枚しかない100元札を大盤振る舞いするほど豪気でもない。またX教授が、「一度お金を渡すとすぐに情報がまわって10人ぐらいが、あっという間にたかってきますよ。」と注意してくれる。

心は決まった。

スミマセンが、もっとお金持ちの方にお願いするか、頑張って働いて下さいね、だ。

 駅の真ん前に「青鉄特警」と大書した、でかい警察官詰め所がある。拳銃ではなく、自動小銃を肩から下げた警官らしき人が、そのバルコニーのようなところを巡回して睨みをきかせている。

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(向こう側に巡回したときに急いで撮影)


 ちょっと怖いですね~と話すと、「中国ですからね。いろいろ弾圧してるんでしょう。外に出てないだけで。」と、怖~いことをX教授がさらっと仰る。

 そういえばハリウッド映画「2012」で、地球滅亡が予測された後、一部の富裕層・政治家などが庶民を見捨てて自分達だけ脱出しようと、一般に知られないように情報統制しつつ人類の箱船を造船していたが、その造船場所が中国だったという話があった。大量に人員動員が可能でかつ情報統制もできる可能性がある国が存在するとしたら、その国は中国である、という設定が全世界的にも最も説得力があったということなんだろうが、そんな感じなのだろうか。

 ここで、X教授から、一番大事な言葉を覚えておくようにと指示が出た。ツァーサ・サイナーリという言葉だ。??と思っていると、「トイレはどこですか」という意味だそうだ。確かに大事だ。特に水が悪いとお腹を壊しやすいし、中国でトイレットと英語で言っても、ほぼ誰も分かってくれないらしい。何度か声に出して、覚えようとするが、なかなか覚えられないのは年のせいか。

 Gさんがチケットを手にして戻ってくる。チケットにはパスポートナンバーと氏名が印刷されている。確か当初は青島から済南まで高速道路で移動する予定だったそうだが、当局から、安全面から高速道路はまかり成らんとのお達しがあったそうで、結局鉄道になったとのことだった。そんなところまで当局が関与してくるところは、やはり社会主義国家の片鱗が見え隠れする。

 当局がどうして高速道路を走らせてくれないのかはよく分からんが、鉄道好きのS弁護士としては有難い。

 青島駅に入場するにも厳重なチェックが必要。

 パスポートとチケットの確認をしてようやく駅構内に入れる。→空港のような荷物検査→チケット確認して改札を通してもらいやっとホームに入れる。

 しかも、乗車が遅れると、まだ乗客が並んでいても、おいて行かれるのだそうだ。

 さすがにおいて行かれたらお手上げだ。本当は整列乗車が好きなんだが、そんな贅沢言っていられない。郷にいれば郷に従う、これが旅行の鉄則だ。荷物を引き吊り、足を踏まれたりしながら、列も何もない感じで改札口突破を目指す。

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(我先に改札を突破しようとする人々)

 ホームに出ると一安心だと思ったが、発車時間までに乗らないと置いていかれるそうなので、指定車両に急ぐ。

 指定車両に乗り込むと、既に荷物棚は荷物で一杯。X教授やY弁護士のでかいスーツケースを乗せるため、スペースを空けてなんとか積み込む。

 車内では再度パスポートとチケットの確認、ふん!という感じで愛想はない。車内販売も黙って通り過ぎるときもあり、やる気のない感じ。

 X教授が水を一本、Gさんに買ってもらった。

 車両間のドアは常に開いている。どういう理由があるのか知らないが、日本では閉じているので違和感がある。速度表示があるが、200キロをどうしても超えない。Gさんからは、300キロくらい出る性能があると聞いていたが、何度見ても200キロまで届かない。197キロが最高だったように思う。おそらく線路の性能の問題なのだろう。

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(何故か車両間のドアを開けっ放しで走行する列車)

 車内はほぼ満席。電話でしゃべる奴、端末からイヤホンをはずして周りに聞こえる音を止めない奴などいるが、だーれも注意しない。
マナーが悪いのか、人の自由を尊重しているのか。よく分からない。

 ふと横を見ると、X教授とY弁護士が爆眠していた。

(続く)

(続き)

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(上空より見る明石海峡大橋)

 ところが、離陸してしばらくして分かったのだが、この中国人の子供が難敵だった。

 子供のくせに肘掛けに両手を乗せて、両側の肘掛けを占領する、もたれ掛かってくる、靴を履いたまま横座りをして、靴底をこちらのズボンに押しつけてくる・・・など、かなり傍若無人。

 日本に旅行に来ている中国人なので、きっと富裕層なのだと思うけれど、マナー悪過ぎやろ。
 金はあるけど他はないよ、って感じと違うか。
 このままではろくな大人になれんぞ。日中友好にヒビが入るぞ!と心の中でぼやく。

 ゴン、と軽い頭突きを食らったほどに、余りに勢いをつけて、もたれ掛かられたので、さすがに、一度だけ肩をつついて日本語で注意したが、どこまでわかったものやら。母親も知らんぷりだ。途中で寝てくれたから良かったものの、そうでなければ、機内でかなりのストレスがかかったはずだ。

 昼食はえびとホタテのドリア、野菜、肉団子、小さなパンケーキとなぜかブルボンのあられの小袋。熱々のドリアが食べられるのも電子レンジのおかげだなぁ~と思いつつ、しっかり食べる。日本茶をもらい、うたた寝をしたりしていると、もうチンタオだ。

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(昼食のドリアなど)

 着陸態勢に入ると、山が見える。日本のように山全体が緑に覆われている感じではなく、岩肌が結構見えているところが面白い。概ね飛行時間は2時間50分くらいか。

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(関空から青島までの飛行ルート)

 時差はマイナス一時間。結構暑い。

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(青島付近の山の様子)

 入国手続きの書類を機内で書く際に、宿泊先については、まだGさんから聞いていないとX教授。「地球の歩き方の一番上に載っているシャングリラホテルでいいよ、それに入国目的は「観光」にチェックしておいた方が問題が生じないからいい」、と、経験から得た対処法を教えてくれる。

 何事にも先達あらまほしきものなれ。経験者の言うことの方が基本的には正しい。特に相手は中国。人民軍がいるところだ。用心するに越したことはない。X教授のお話を反対解釈すれば、観光以外の記載だといろいろ聞かれて面倒になるということだろう。問題が起きかねない道は避けるべきだ。結局X教授のご指導に従って、事実とは異なるが、目的:観光、青島での宿泊先:シャングリラホテル、と記入することにする。

 ホテルの漢字表記を記載するためにX教授から借りた地球の歩き方のコピーを参考に、シャングリラホテルと記入する。

 しかし、そのお借りしたコピーを機内に忘れてしまった。早速やらかしてしまった。平謝りのS弁護士だったが、X教授は笑って許してくれた。

 入国審査場では、なんだか人民軍の制服を着たような人が、無表情でパスポートの表紙を見て「そっちへ行け」とばかりに、指をさす。入国審査官も人民軍の制服のような服を着用している。どちらの人も、どこかで訓練してきたかのように、無表情だ。

 S弁護士はひげ面である。特に最近はおつむの毛が寂しくなってきたせいもあって、髭は大事にしている。しかし、ある学校で職業講話をしたときに、その髭のせいで教室に入った際に、「弁護士が来た~」ではなく、「タリバンが来た~」と中学生に騒がれた経験があることも事実である。しかも、今はイスラム国によるテロも多発している状況にある。

 「おい、おまえ、生意気にもヒゲ面しやがって、見るからに怪しいな。本当に、シャングリラホテルに泊まるのか?本当に観光なのか?」などと入国審査官から聞かれて、「すみません。嘘ついていました。本当は学会参加でホテルも未定なんです。」と本当のことを言ったら、やばいような気がする。そのときはX教授に強要されたと言えば助かるかもしれんが、自らの非を認めない奴として、逆に重く処罰されちゃうかも・・・と少し緊張したが、入国審査は審査官の無表情と無言のまま、特に問題なく通り抜けることができた。

 荷物はせっかく「壊れ物あり」にしたのに、3人の中では一番遅く出てきた。まあこういうときもあるさ。荷物を受け取ったあと、入国者出口から空港のロビーに出る。中国語や韓国語のプラカードを持っている人が何人かいたが、日本語のプラカードは、見あたらない。遠くにマクドナルドと味千ラーメンの看板が見える。

 しばらくしても迎えにきているはずのGさんが来ない。X教授がライン?のようなアプリを使って、連絡を取っているが、上手く連絡できない様子だ。10分ほどして、Gさんともう一人の方がやってきた。


 お話によれば、Gさんは、X教授の教え子で、山東政法学院で先生をしているとのこと。もう1人は、青島の有力弁護士野ところに勤務する、Kさんという弁護士になってすぐの人とのこと。お二人と挨拶した後、Kさんのボス弁の所有だというレンジローバーにのせてもらって、チンタオ駅方面に向かう。

途中、でかい橋を見る。なんでもアジアで一番大きな橋だそうだ。

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(Gさんの説明によるとアジアで一番長い橋)

 道路には、日本車、ドイツ車、韓国車、フランス車まで走っている。走っている車だけを見れば、ヨーロッパの道路と変わらない。その昔、NHK特集「シルクロード」で見た中国とは完全に違う。わずか数十年で、経済的に、ものすごい進歩を遂げているのだろう。

 高速は風がひどい。結構ほこりっぽい感じもする。

 しかし、暑いから窓を開けておく方が良い。額から頭頂部にかけて、かなり寂しくなってきたS弁護士の頭髪を、ほこりっぽい風になぶらせながら、車は青島市内へと向かう。

 列車の時間が15:19ということで、「3時間近くあるので食事にしますか」とGさんが提案する。遠慮した方が良いのか迷っていると、X教授が「機内で食事をしたばかりなので、お茶で良いよ」とさくっと指令を出す。

 おお、さすがにX先生、師匠って感じやな。。。。と、X教授を頼もしく思うS弁護士であった。

 青島市内はドイツの居留地でもあったこともあり、欧風の建物がたくさんある。中国語の看板さえ見なければどこかのヨーロッパの町並みと言っても通用しそうだ。

(続く)

ふとしたことから、X教授のお誘いで、Y弁護士と一緒に、2017年5月20日に中国山東省済南市で開催された、日中韓FTAシンポジウムに参加して来ました。

シンポジウムよりも中国旅行に焦点を当ててご報告したいと思います。

事実に基づいた、フィクションとしてお楽しみ下さい。

登場人物(紹介)

X教授:某大学法学部教授・弁護士

Y弁護士:弁護士(某大学法学部非常勤講師)

S弁護士:弁護士(某大学法学部・同大学院非常勤講師)

2017年5月19日

5時30分に起床。
朝食をとり、河原町今出川でタクシーを拾って、京都駅まで向かう。
時間の余裕を持ちすぎて、6:15くらいに京都駅についてしまった。かすかに期待していた、旅情と郷愁をかき立てる立ち食いそば屋も開いていない。

かつて高校時代、列車で通学していたS弁護士は学校からの帰り道、お小遣いに余裕があるときには、新宮駅で立ち食いそばを食べることもあった。立ち食いそばは、まだ未来が茫洋として何となく不安に駆られていた当時の自分を思い出させてくれる鍵でもあるのだ。

仕方なく待合いで時間をつぶし、関西空港行き「特急はるか」に乗車。乗客には外人が多い。途中からは結構乗ってきて、込んできた。昨晩、旅行の準備で寝不足だったので寝る。
8:18に関空着。

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(発車前の特急はるか)

待ち合わせ場所に指定された4階出発ロビー、ANAカウンター前に向かう。
誰も見つからない。少しうろうろしているとX教授を発見。

すでにチェックインして、荷物を預けたとのこと。集合場所と時間は決まっていたが、荷物を預けてから集合とは聞いていなかった。あわてて手荷物を預ける。今までの経験上、預ける荷物について、壊れ物ありにしておいた方が、到着地で早めに出てくる傾向があったことと、手荷物に実際デジタルメモを入れていたことから,壊れ物ありにしてもらう。

S弁護士が荷物を預け終えた頃、Y弁護士登場。かなりでかいスーツケースを引っ張っていて驚く。
Y弁護士も荷物を預けて早速、手荷物検査場へ。

X教授は落ち着いているが、初の中国となる他の二人は落ち着かない。

Y弁護士は、目的地を北京と言い間違えたりする。

荷物検査を終えて、出国手続きをすることになるが、X教授は、指紋認証を登録しているということでさっさと終える。
X教授、Y弁護士が買い物をするということで、S弁護士は先にラウンジに行っておく。

途中で人民元に両替。

1万円あまりで600元。結構レートは良くない。最初1万円を両替するよう依頼したところ587元くらいだったようで、「これでも両替できますが、日本円を少し足せば600元ちょうどになります」との説明。日本円を少し足したところ100元札が六枚来た。100元札一枚分は、もうすこし小額の紙幣に換えて欲しいとお願いすると、100元単位の両替だからできないなどという。

おいおい、ついさっき、1万円を端数のある人民元に両替できると言ったところじゃないか。それなら1万円きっかりを人民元に変えて欲しいという希望に添った両替をこの店はやらないってことなのか?そんな注意書きどこにも出てないぞ。100元単位でしか両替できないなんて、そんな馬鹿なことはないだろう。筋の通らないことを言う担当者だ。本当は面倒くさいだけなんだろう!と、S弁護士は一瞬で担当者の、余分な仕事はしたくない、という思惑を察知したが、ここで喧嘩しても意味がない。

ふっ、本来であれば切って捨てるところだが、まあ今日のところは捨て置いてやる。運が良かったな、両替屋の兄ちゃん・・・と心の中で呟きながら、S弁護士は両替商の窓口を去る。

しかし、よくよく考えると、両替手数料もしっかり取る上に、レートも売り・買いでいじるなんて、実際ぼったくり以外なにものでもないように思える。その上、顧客の要望にも応じないとは、サービス業としてどうなんだ、とも思うS弁護士だった。

クレジットカードで入れるラウンジは、結構しょぼかった。オレンジジュースを飲もうとしたが、売り切れで、仕方なく、野菜ジュースを3杯ほど飲んでしまう。海外旅行出発で盛り上がっている団体がいてうるさい。


途中からラウンジにX教授もやってきて、ゼミで教えているという法実証主義や功利主義等について、少し話す。
Y弁護士が心配だというX教授のお話で、少し早いがゲートまで。

そこでY弁護士と落ち合って、搭乗を待つ。
ゲートに止まっているのはボーイング737-700、大体120席くらいのかなり小さな機体だ。

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(青島行き ANA NH977便)

中国では水道水が飲めないと聞いていたので、念のため水を一本買っておく。
S弁護士は窓から見る外の景色を楽しみにもしているので、飛行機は、取れる限り窓側の席を取る。今回も前日のオンラインチェックインを使って窓側を押さえておいた。

搭乗すると、横が中国人の子供、通路側がそのお母さんと思われる女性だった。

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(搭乗中のX教授とY弁護士)

(続く)

初めての遠近両用眼鏡~その3


 量販店では、たくさんのフレームが並んでいる。

 正直言ってどれが似合うかさっぱり分からない。一応、試着はできる。
 しかし、当たり前だが、そのためには今かけている眼鏡を外さないとできない。そうなるとド近眼のS弁護士には、鏡に映った自分の姿もボケボケで、どれだけ似合っているのか分からないのだ。

 思えば高校の身体測定のときに、視力検査で、視力検査表の一番上の文字を読むように言われた高校生Sは、必死に眼を細めて読もうとしても、どうしても解読できず、「わかりません・・・」と返答した際に、同級生から「え~、あんなに、でかい文字も見えへんのか!」というどよめきが起きたこともそういえばあった。
 そこから、検査表の文字が読めるまで視力検査表に近づくよう指示されるのだが、かなり近づいてもまだ「わかりません・・」という高校生Sの返答に、さらに大きな周囲のどよめきが起きたことは言うまでもない。別に屈辱を感じる必要はないのだが、高校生というのは結構残酷なもので「見えね~んだってよ。」と笑い出す同級生もいて、何故だかかなりの屈辱感を感じたようにも記憶している。
 ちきしょう、俺だって好きで「見えない」って言ってんじゃねーんだよ。と思ったものだが、根性出したところで検査表の文字が読めるようになるわけでもない。そういうわけで視力検査は結構ストレスではあった。

 さて、話を戻すと、フレームの選択である。
 前述の通りド近眼のS弁護士には鏡に映る自分の姿もかなりのピンぼけでしか、わからない。

「う~ん、似合ってますかね~」
「もちろん良くお似合いですよ~」

という、量販店のおじさんの営業トークに抗う術はもはやS弁護士には残されていない。
 こうなれば、売れ残りを売りつけられようが、どうなろうがわかりゃしないが、ここは大阪、古来より商人の街。売り手良し、買い手良し、世間良し、の三方良しは近江商人の心意気だったと思うが、商人であるならそのくらいの心意気は、あるだろう。それに、この量販店は、安心価格・懇切丁寧も標語に上げているようだから、信じてみてもええんやないか・・・。心の中で迷いはあったものの、結局選択肢はあまり残されていない。

勧められるままに、「じゃあ、これで良いです」と、フレームを選び、レンズはできるだけ薄いタイプを選んで、さあ注文だ。
出来上がりは一週間後。


一週間経って、少しドキドキしながら量販店に向かう。
早速始めての遠近両用眼鏡を装着してもらう。

??

なんだか、眼鏡の左右の周縁付近が歪んで見えるな。
足下がなんだか普段より遠く見える気がするぞ。
これは確かに、階段とか危ないかもしれないな。
このように、違和感は結構あった。

しかし、眼鏡レンズの中心部分においては、そんなに歪んではいない。眼鏡上部で遠いところを見つめると今までよりはっきり見える。一方、視線をだんだんと下げていき眼鏡の下部で近いところを見ても、そんなにきつくはない。

つまり、遠いところも、近いところもシームレス(つなぎ目なし)で緩やかに、無段階に見える仕掛けになっているのだ。昔の古本屋の親父のように、眼鏡の下半分に老眼用レンズがついていて、明確に遠用部分、近用部分と分かれているわけではない。無段階に変化するということは、距離に応じた最適なレンズ屈折部分が視線のどこかに存在するということとほぼ同義だ。これは単焦点眼鏡にはない利点だろう。恐るべし現代の遠近両用レンズ。
ある意味感動だ。

 このように、昔の遠近両用レンズを想像していたS弁護士は、技術の進歩に驚かされることになったのだった。

 しかし、未だに読書や裁判用書面の起案の際には、以前からの単焦点眼鏡の方が使いやすい気がして、S弁護士はそれを用いている。
せっかく便利な遠近両用眼鏡を入手した物の、S弁護士が慣れるには、もう少し時間が必要のようである。

山東省の学会に参加してきました。

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 去る、5月20日に開催されました、山東政法学院(大学)・山東省法学会主催の、日中韓FTAシンポジウムに参加して来ました。

 中国といえば、反日教育、パクリ天国・コピー天国というあまり良くないイメージが先行していますが、そのイメージを改めなければならないことを痛感しました。

 おって、S弁護士シリーズとして、多少脚色を加えて(?!)詳細をご報告させて頂きますので、ご期待下さい。

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(山東省済南市燕子山庄6号館の開会式会場~開会前)

初めての遠近両用眼鏡~その2

眼鏡の購入といえば、昔は●●時計店という時計や宝石を売っているお店の眼鏡部で、一本3万円以上もする眼鏡を買うのが普通だったように記憶している。よくよく考えてみると、時計店で宝石や眼鏡を扱うという形態が世界的には珍しいようにも思うが、昔はそれが当たり前だった。そこでは、フレームを選んだ後、視力を計り、レンズを選択して作成してもらうものだった。注文してから数時間かかることもあったように記憶している。

そもそも、S弁護士の眼鏡歴は長い。小学1年生当時の視力は2.0だったのに、何故か急に悪くなって小学5年生頃にはもう近視用の眼鏡をかけていた。

父親にも、母親にも近視の傾向はなく、遺伝ではないと信じ切っていた両親からは、テレビの見過ぎではないかとあらぬ疑いをかけられたりもしたものだ。

確かにテレビにリモコンがない時代に、親がやってくるとすぐにスイッチを切って勉強しているふりをする必要があったため、かなり画面の近くでテレビを見ざるを得なかったという、今どきの子供には理解しがたい理由もあるにはあった。

しかしその後、弟や妹も近視傾向があることが分かり、S弁護士だけがテレビを見過ぎているという疑いはそのうち薄れていった。

それはさておき、眼鏡や自動車のタイヤのように滅多に買い換えないものは、えてして価格が高くなるものだ。買い換え需要がそんなにない以上、限られた需要で経営を賄わざるを得ないから、必然的に1個あたりの利益を上げざるを得ない。

S弁護士が弁護士に成り立ての際に、ボスの受任した大きな眼鏡屋問屋さんの破産管財業務を手伝わされたが、眼鏡小売店の店長達はこぞって、アフターサービスや問屋さんの問題を非難して、なかなか売掛金を支払ってくれなかった。また、時間のある(悪い言い方をすれば暇な)店主が多いらしく、担当者のS弁護士に電話をかけてきて散々問屋さんの問題に関する非難と、売掛金を請求される理不尽さを訴える人もかなり多くいたものである。そんなことに時間を割いていても眼鏡店の経営が成り立っていたのだから、牧歌的な時代だったのかもしれない。

最終的には、合計120件以上の売掛先に訴訟を提起し、10件以上の売掛先に差押をかけ、かなりの部分を回収したのだが、眼鏡屋さんの店主との攻防は本当に時間を割かれるものだった。

ところが、いまは眼鏡も量販店の時代で、フレームとレンズがセットで幾らという販売形態の方が多いようなのだ。まあ、その方がお値段も明快だし、買いやすい。量販店だから品質が悪いという噂もない。

それなら、量販店でも問題はあるまい。

処方箋を持って、S弁護士は、勤務先近くの眼鏡量販店の一つに向かったのだった。

初めての遠近両用眼鏡~その1

 先日、ためしてガッテンだったかで緑内障は怖いという番組を見た。その後、どうにも左目がかすむような気がしてきた。気にすれば気にするだけ、かすみがあるような気がしてきた。こいつは不安だ、と思ったので、眼科で診察を受けてみた。

 眼圧検査の他、暗闇の中で赤い点を見つめさせられて、目玉を調べられる検査などを受けた。結果的には、眼圧などの異常はなかったようで、特に病気を指摘されることはなかった。

それはそれで良かったのだが、その際に、S弁護士は眼鏡の度数が合っていないことを指摘された。

そういえば、ずいぶん前に作った度数のまま、変更してなかったので、「それなら新しい眼鏡をつくります」、と答えたところ、眼科の先生から遠近両用眼鏡を勧められてしまった。

遠近両用眼鏡といえば、眼鏡のレンズの下半分に凸レンズがくっついているイメージ。しかも、S弁護士の勝手な、遠近両用の眼鏡をかけている人の印象ときたら、他人とお話しする際には、眼鏡が下側にずり落ちていて、眼鏡のレンズを通さずフレームの上端越しに見られているような、妙な感じ。なんとなく、頑固で意固地な古本屋の親父がかけていて、ときおり客をじろっと睨んでいそうな雰囲気しか記憶にない。

は~、ついに老眼鏡を兼ねた眼鏡か~。

認めたくないけれども、老いぼれてきてるんだなぁ~、とため息をつきながらも、S弁護士は勝ち目のない最後の抵抗を試みる。

S弁護士 「あのう、今までの近眼用の眼鏡だとダメでしょうかね・・・」

先生 「あのね、どっちにしても老眼は40歳半ばから進行してるの。今から慣れておかないと将来、急に遠近両用に変えたって、慣れるのが大変なんだから!階段踏み外すよ~!!あたしだって、ちゃんと遠近両用の眼鏡持ってるし。」

ちゃきちゃきとした眼科の女医さんに、早口でまくし立てられ、バッサリと斬られた。

「いや、でも、先生、持ってはるってゆうても、眼鏡、かけてはらへんやないですか・・・・」と切り捨てられながらも、混ぜっ返したいところをぐっとこらえるS弁護士。

餅は餅屋。訴訟は弁護士。基本はその道の専門家に任せた方が良いのだ。

極度のド近眼のS弁護士は、相当対象に近づかないとピントが合わないため、あまり近くが見にくいということはない気がするのだが、それはあくまで本人がそう思っているだけなのだそうで、老眼は確実に進行しているらしいのだ。

眼科医院の中で、レンズを何枚か差し込める、見た目がかなり間抜けな、マッドサイエンティストがかけていてもおかしくない眼鏡を装着され、レンズをとっかえひっかえし、気分が悪くないか、近くや遠くは見えるか、等と散々質問を受けたあげくに、ようやく処方箋を頂けた。

もう腹は決まった。どんなにアンチエイジングに狂っている人でも、結局は寿命が来る。つまりどうあがいたところで、結局、加齢による老化には勝てないのだ。しかも処方箋までもらっちまった。どうせ人間は生まれながらに老いていく存在なのだ。それなら、年相応に遠近両用眼鏡にトライしてやろうじゃないの。今までどおり、運動するときは使い捨てコンタクトを使えば良いんだし。

たかが眼鏡を作ることを決めただけで、勝手に盛り上がるS弁護士であった。

さて、次は眼鏡の注文だ。

(続く)