ゴルフのこと~4


 不名誉部長に任命されたどころか「マリオネットS」という有難くない徒名まで頂戴して、さすがにS弁護士も、熟成理論にこだわっていることが出来なくなってきた。

 部長と呼ばれ、マリオネットのようにOBを打ちまくり、顔で笑って心で泣き、秘かに屈辱に堪え忍ぶ日々を送っていたS弁護士であった。
 しかし、2015年1月7日のIS田会、「大宝塚ゴルフクラブ」で前半63,後半83、合計146(もちろんパー72である。)と驚異のスコアをたたき出してしまったことをきっかけに、これまですがっていた熟成理論をうち捨て、ついに打ちっ放しに練習に行ってみることにしたのだ。

 新生S弁護士(ゴルフに前向きver.)の誕生である。

 しかし、練習に行ったからといって、身体が入れ替わるわけではなく、能力がすぐに身につくわけでもない。つまり、心を入れ替えて練習に励むつもりで臨んでも、直ちにクラブにボールがきちんと当たってくれるほどゴルフは生やさしいものではない。

 張り切って真冬の練習場に乗り込んだものの、打ちっ放しに敷いてある人工芝を通して、コンクリートの床をドン!・ガン!とぶったたく、まるで道路工事のような騒音を立てる練習となった。
 あまりの音に、S弁護士の近くで練習していた人が2階の打席に移動したくらいだった。冷え切った固いコンクリートの床と戦い、悴む手を温めながら騒音を立て続けるS弁護士も自分の手首に痛みを感じていた。
 ボールはやっぱり、まともには飛んでくれない。
 たまに早めに帰宅できた日には、寒い中を震えながら、2時間ほど練習場に通ってみたものの上達する気配は全くない。

 やはり、不名誉部長の返上は適わないのか・・・・。
 打球を打ってはいけない方向をささやかれ、その悪魔の囁きにあらがえず、悪魔の期待通りに囁かれた方向に打ってしまい、肩を落としながら悲嘆に暮れるS弁護士の後ろで、同伴者達が交わし合っている(と思われる)楽しそうな笑みが目に浮かぶ。
 そもそも、IS田教授なんかレッスンプロに習っているくせに、部長制度を創るなんて狡いじゃないか。などと、自らがゴルフレッスンをやめたはずなのに、八つ当たり的な発想もS弁護士の脳裏をよぎる。


・・・・・悔しい・・・。


 全然あかんわ~と、ゴルフ歴の長い友人のM弁護士に愚痴ったところ、「やっぱ、コースに出なあかんで。」とのこと。
「練習場ではあかん?」
「そりゃあ全然違うはずやで。練習も必要やけど、どんどんコースに出なあかんわ。」

 何事にも先達あらまほしきものなれ。
 経験者の言葉は傾聴に値するものだ。
 それならばコースに出てやろうではないか。

 かといってゴルフは、基本4人一組、どんなに少なくても2人一組で回るもの。なかなか1人でというわけにはいかない。
 さりとて、同期の弁護士たちはとっくの昔からゴルフをやっていて、大差が付いている。しかも弁護士という人種は基本的にはわがままだから、下手すぎる人と一緒に回ることを嫌がる奴もいるし、寒い冬や暑い夏はゴルフをやらない人も多い。
 くどいようだが、S弁護士の直前のスコアは146、このスコアで下手ではないと主張しても裁判では、「原告の主張は客観的な証拠に沿わない独自の主張と言うべきであって、当裁判所の認定を左右しない。」とあっさり下手くそ認定されるはずである。しかも、今は冬である。

 思案に暮れていたS弁護士だが、インターネットによれば、1人でもゴルフをしたい人を集めてゴルフをさせてくれる、1人予約という便利な制度があることが分かった。

 子細に見てみてみたが、少なくとも、「下手な人はお断り」とは書いていない。
 ということは、不幸にもS弁護士と同じ組になってS弁護士の珍プレーを見せつけられたとしても、それは制度の問題であってS弁護士のせいではない。

 かの宮本武蔵だって、他流試合で実力を付けたと書いてあったような気がするし、仕事柄、初対面の人と話すことは、苦にしないほうだ。

これだ。
やってみよう。

 物事には、いつかやろうと思っていても、「いつか」なんて来ないこともある。やろうと思ったら多少無理してでもやっておいた方が後悔は少ないというのがS弁護士の持論である。
 S弁護士は、20歳代で中学の友人を2名、大学のクラブの友人を1名、事故で亡くしており、さらに40歳代大学の同級生の友人・知人を既に2名ほど食道癌で亡くしているので、その思いは比較的強い方だと思う。

 思い起こせば、高3のときに、好意を抱いていた同級生に告白して轟沈したが、それも今となっては、良い想い出になっているではないか。

よくやった、そのときの俺!
人生なんて、いつ終わっちまうか分かったものではない。
よし、やってみよう。

と、たかがゴルフの予約を入れるのに、散々自分を鼓舞したうえで、S弁護士は緊張する手で日曜日の1人予約を入れたのであった。

やると決めたんだ、やってみよう。


(続く)

中学生にも分かる新自由主義3

中学生にも分かる新自由主義3
菊池英博著「新自由主義の自滅」(文春新書)を教科書として


O:トリクルダウンとは、もともと「滴り落ちる」、という意味なんだ。富裕層に富を集中させれば富裕層がどんどんお金を使ってくれるから、世の中にお金がまわり、中間層以下の人々はその「おこぼれ」に預かれる。その結果、経済が活性化して万事うまく行く、そういう理屈なんだ。富裕層に富を集中させるには、所得税と法人税を減税して、これまで大きい政府のために集められていた税金を政府ではなく富裕層に集中すればいい、という考えさ。トリクルダウン「理論」と言われているが、歴史上そのようなことが起きたことはないようだし、現実には誰もそのようなことが起きるか分からないから、実際には理論というより学者が言い出した単なる仮説に過ぎないのだとの指摘もあるけれどね・・・・。

N:ちょっと待って下さいよ。それ、何かおかしくないですか。お金持ちを更にお金持ちにしたらみんながハッピーになれるんですか?お金持ちのところにお金が集まったら、他の人はそれだけ貧乏になっちゃうんじゃないですか?会社だって従業員にたくさん給料を払ったら、儲けが減りますよね。納得いかないなぁ。
それに、政府に税金としてお金が入っていれば、そのお金は、いずれみんなのために使ってくれそうだけど、お金持ちにお金が集まっても、そのお金を、お金持ちは確実にみんなのために使ってくれるんですか?
僕なら、自分のためにしか使わないかもしれないなぁ。
それに、おこぼれってのが一番嫌だなぁ。プライドが傷ついちゃう。


O:N君はお金の話になると元気が出るな。それに正直だ(笑)。まあ、おこぼれはともかく、トリクルダウンとはそういう理屈(仮説)さ。

N:う~ん、トリクルダウン理論って怪しい気がしますよ。僕の印象からすれば、その昔、王様や貴族が富を圧倒的に握っていた時代に、一般人が経済的に豊かでハッピーだったとは到底思えないんですけどね。現代なら、そして、企業活動が自由になれば、それが可能になるんでしょうか。本当に学者が、そんな理屈を言い出したんですか?


O:まあ、これは経済に関する仮説のようだし、素直に考えればN君の疑問はもっともだ。でも、新自由主義者は確かにトリクルダウン理論を主張していたようだよ。それだけじゃない。所得税の減税を正当化する理論として「ラッファー理論」も用いられているとの話もある。

N:また理論ですかぁ。変な理屈じゃないといいんだけど。今度は、一体どんな理論なんですか?


O:簡単にいえば、最適な税率を設定することにより政府は最大の税収を得ることができるという理屈だね。

N:よく分かりませんが。


O:そうだね。例えば、税率0%だったら政府に税金の収入はないよね。そんな国で生活したいかい?

N:そんなの当たり前ですよ~。税金がかからないってことですから。

O:でも、政府にお金が無いとしたら、警察も消防も動かないかもしれないよ。道路も管理されないだろうし、犯罪者がいても誰も咎められないかもしれない。ゴミの収集だってできない。揉め事が起こっても裁判することもできない・・・・。

N:あ、そうか。それは嫌だなぁ。やっぱりやめておきます。多少税金がかかっても、ちゃんとした国に住みたいです。


O:では、税率100%の国があったとしたら、そこに住んでみたいかい?

N:税率100%ってことは、一所懸命働いても、全部税金で持って行かれるということですね。働くだけ損じゃないですか。滅相もない。お断りです。もしそんな国に生まれたら、「働いたら負け」って感じがしちゃいますね。


O:ちょっと極端な例だったけど、そのようなことから、0%-100%のうちのどこかに、最大の税収を得られる最適な税率があるはずだと考えるんだね。そして、もし現在の税率がその「最適な税率」を超える水準にあるのであれば、減税によって税率を「最適な税率」にすることで、税収を増やすことができるとする。とても簡単にして言えば、「減税したら人はやる気を出してもっと働くので、税収が増える」との考えで、所得税減税の理屈として使えるのさ。

N:本当かなぁ。自分で商売している人ならともかく、サラリーマンがやる気を出して働いても働いた分だけ給料が上がるとは限らないような気がしますが。仮にラッファー理論が正しいとすれば、逆も言えますか?「やる気を失わない程度の増税は税収が増える」とか。

O:当たり前だけど(笑)、そうも言えるだろうね。ただし、ラッファー理論はアメリカのレーガン政権下で減税の理屈として用いられたといわれている。レーガンの前のカーター政権のときは、個人の所得税は14~70%、法人税の最高税率は46%だったそうだ。レーガンはその税率を下げていき、個人の所得税の最高税率を28%まで下げ、法人税最高税率も34%に下げるなど、大胆な減税を行ったそうだ。


N:うわ~、70%から28%ですか!10億円儲けた人の税金が7億円から2億8000万円に減るんだ。4億2000万円もお得ですよ。出血大サービスじゃないですか。それで、それで?
  税収は増えたんですか?

O:累進課税だから、そう単純な計算にはならないけどね。さて肝心の税収の方なんだが、この減税によってアメリカの税収は激減したといわれている。


N:なにそれ・・・。大失敗じゃないですか。とすれば、ラッファー理論によれば、減税前の税率だって、最適な税率を超えていなかったことになりますよね。失敗したのなら、どうして税率を戻さないんでしょうか。都合のいいところだけラッファー理論を使っているように感じちゃいますね。

O:アメリカの事情には詳しくないけど、一般に増税は選挙の際にはなかなかプラスに働かないからね。一旦下げた税率を上げていくのは相当難しいのかもしれないね。君だって一度下がった税金がまた上がるのは嫌だろう?消費税を上げると言っていても、選挙の前に増税は延期しますといってくれる政党があったら、支持したくなるだろ(笑)。


N:確かにそうですね、最近どこかの国の選挙で聞いたような気もしますが(笑)・・・・・。でもそれだと、まずいんですよね。税収が激減したんだから・・・・。国はどんどん借金が増えることになるんですよね。結局、国の借金が増えて、その中で一番得したのはお金持ちってことになるのかな・・・。
 あ、そうだ。さっき言ってたトリクルダウン理論はどうなったんですか。富裕層の最高税率を下げたんだから、トリクルダウンからすれば経済がうまく回ってみんなが豊かになるんでしょ。

O:ところが、トリクルダウン理論は機能しなかったといわれている。アメリカの財政収支は大幅な赤字に陥った。

N:げー、最悪じゃん。

(不定期ですが、連載する予定)

中学生にも分かる新自由主義2

中学生にも分かる新自由主義2
菊池英博著「新自由主義の自滅」(文春新書)を教科書として


N:前回、フリードマンのお話を聞きましたが、実際の新自由主義はどんな感じになっているのですか?
O:う~ん漠然と新自由主義の「感じ」を聞かれてもね~。そうだ、新自由主義というイデオロギー(思想)を支えるキーワードをきちんと見ていくと、はっきりするかもしれないね。

N:支えるキーワード?
O:新自由主義がどういうものを目指しているのか分かりやすい部分もあるからね。主なものを言うと、「市場万能主義」「小さい政府」「緊縮財政」「トリクルダウン」「フラット税制」「累進課税の廃止」「福祉国家の否定」「金融万能主義(マネタリズム)」「規制緩和」「財政政策の否定」等があげられそうだ。

N:うう。いきなり難しくなっちゃった。本当に中学生にも分かる話なんですか?看板を疑っちゃうなぁ。でも「規制緩和」は聞いたことがありますよ。「小さい政府」も何となく分かる気がします。「福祉国家の否定」は何となく、やばそうな感じを受けますね。他は分かりにくいですね~。なんだか眠くなりそうだ。今日は帰っていいですか?
O:まあ、そうびびるなよ。君たちの年代じゃあ、背伸びして難しい言葉を使いたがる奴もいるんだろ?全てが分からなくても良いんだから。順を追って説明していこうか。

O:最初に「市場万能主義」、これがフリードマンの基本理念とされている。簡単に言えば、自由に商売させれば経済が最もうまく回るという考えだ。経済活動の中心である企業にどんどん自由に活動させれば、失業問題だって解決すると考える。とにかく企業活動を自由にさせることが一番大事で、そのためには様々な規制は緩和していくべきだし、企業を減税して、企業を強くすればいい、と考える訳だね。
N:う~ん。会社がどんどん活発になれば確かに活気づくような気がしますね。その点では正しそうな気がしますが。

O:じゃあ、企業活動が自由になると、良いことづくめと言って良いだろうか?そもそも会社というものは、法律上は営利社団法人といって、儲け(営利)を目的としている団体なんだ。それをヒントに考えてごらん。
N:え~っと、そうですね。まず、世の中は会社務めの人ばかりじゃないですよ。学校の帰り道にある本屋も、最近閉めちゃいましたよ。そこのおばちゃんが、「ネットで買えちゃうんで本が売れなくなっちゃったからね・・・」と寂しそうに言ってました。こんな人どうすればいいんでしょうか。
 それに、全て会社の自由にさせて儲ける競争をさせたら、それこそ、この間の産地偽装のように儲けが全て、儲かるなら多少ズルをしてもいいって感じになってしまうかもしれませんね。仁義なき戦いって奴ですか(笑)。
 会社が儲けるために安い給料でこき使われる人も多く出てきそうですね。

O:さらに、活動をどんどん自由にして企業に儲けさせておきながら、その企業を減税したらどうなるだろうか。
N:え~と、新自由主義には、さらに会社の減税もあったんですよね?儲かっていても会社が減税されるってことは、会社は税金をちょっとしか払わなくていいってことですよね。会社は儲かるから、会社のオーナーは嬉しいでしょうね。
 ん?でも待てよ、確かこの間学校で、日本の国の税収は、所得税15%、消費税15%、法人税10%位だって聞いたように思いますよ。法人税も儲かった会社からじゃないと入らないと聞きました。それでも日本では税金が足りなくて国債を出しているんでしたよね。
 儲かっている会社が税金を支払わないでいいとしたら、だれが税金を払うんでしょうか。税金が足りなくなりませんか?

O:そこで出てくるのが、「小さな政府」「緊縮財政」論だ。規制を緩和して企業に自由にやらせることによって全てがうまく行くのなら、政府が財政政策といって公共事業で仕事を創り出してあげる必要はないし、政府はできるだけ小さくして、政府の支出もできるだけ少なくしようという話だね。
N:「小さな政府」は、分かる気がします。政府を小さくするんですよね。おっきな政府にすれば公務員の給料がたくさんかかるから、政府は小さくても良いような気がしますね。うちの親父なんか、公務員になれば良かったかなぁ~、なんてぼやいていたりしますけど(笑)。それに日本の国の借金は凄いらしいから政府の支出も少なくなれば、それでいいんじゃないですか?

O:そう簡単な話にはならないので問題なんだ。小さな政府と緊縮財政は政府機能と政府支出を縮小させることになるから、不景気になって仕事がないときに公共事業を使って仕事を増やしたりすることはできないし、社会保障の否定にもつながりかねないとの指摘もある。

N:そもそも社会保障って何となくは分かるんですけど、あまり実感わかないですね。
O:社会保障とは、難しく言うなら、最低生活の維持を目的として、国民所得の再分配機能を利用し、国家がすべての国民に最低水準を確保させる政策をいう、とされているよ。具体的には、日本の社会保障体系は、社会保険(医療、年金、雇用、災害補償、介護)、児童手当、公的扶助、社会福祉、公衆衛生、戦争犠牲者援護などからなると言って良いだろうね。年をとった人への年金、障害を受けた人への年金、離婚した母子家庭への援助、失業保険、健康保険など無くなったら困る人が大勢出てくるはずだ。
N君だって、病気になって病院に行ったことあるだろう?そのとき、病院にいくら払ったか覚えているかい?

N:ええっと、この間体調が悪かったときにお医者さんに見てもらいました。確か、体温を測って、5分くらい診察受けて、「風邪ですね。」って言われて多分1500円くらいでしたよ。
O:健康保険は小学生から70歳未満までは確か、3割が個人負担だから、本当の診療費は5000円なんだね。健康保険制度がなければN君は5000円支払う必要があったってことになる。健康保険制度があって、君のお父さんがちゃんと保険料を納めているから1500円で済んでいるのさ。
N:5000円なんですか!お医者さんに診てもらうのは本当は高いんですね。風邪で5000円支払うくらいなら、我慢しちゃうかもしれませんね。そういえば、再放送されていたアニメの「母を訪ねて三千里」でマルコが友達をお医者さんに診てもらおうとするんだけど、お金がないからといって断られていたのを思い出しましたよ。もし、健康保険が無くなったら、お金持ちしかお医者さんに診てもらえないことになるかもしれない・・・・マルコの時代に逆戻りですか?

O:このように社会保障制度は、多くの人にとって大事なものと言えるだろう。この社会保障制度を否定してしまったとするなら、いざというときに国は何にもしてくれなくなるということにもなりかねない。
N:う~んそれは、いけない気がします。困りますよ。僕だってお菓子を買ったら、いやいや消費税払ってますけど、せっかく税金払っていても、いざというとき何にもしてくれないのなら、他所の国に行きたくなりますもん。
O:オーバーだなぁ。大人になると(働き出すと)消費税だけでは済まないんだぜ(笑)。
 話を元に戻すけど、新自由主義論者の「小さな政府」論は、さっき出てきた「市場万能主義」を実現するために政府の機能を小さくして、企業や富裕層から取る税金を減らして、社会保障制度を否定すればいいという主張(福祉国家の否定の主張)にもつながると指摘されている。それでも、新自由主義論者は市場万能主義が実現出来れば、富裕層に富が集中して経済が成長するから、結果的に国家が栄えるはずだと唱える。

N:え~!本当かなぁ。経済が成長したとして、お金持ちはどんどんお金持ちになるから良いんでしょうけど、社会保障が無くなったら普通の人は困りますよね。「小さな政府」でも大丈夫なくらいみんなが栄えるんでしょうか?
O:そこで、新自由主義者が唱えているのが、お金持ちを、もっともっとお金持ちにした方が国が栄えるからいいんだ、という「トリクルダウン理論」だ。

N:トリクルダウン・・・理論?変な名前。
O:変な名前かどうかは人それぞれだけど(笑)、なかなか興味深い理屈だよ。


(続く~不定期ですが連載の予定)

ゴルフのこと~3

 IS田会に入れてもらってしばらくは、IS田教授に指定されたゴルフ場で月一回ラウンドすることが恒例となった。
 相変わらず、ゴルフの方は空振りも交えてカス当たりばかりだし、7Iで打ってもPWで打っても距離が変わらない状況だったが、以前と違って、広々としたゴルフ場で休日を過ごすことが意外に心地よいものであることに気付いた。人工的な自然であることに間違いないが、休日に高原の中で力いっぱいクラブを振り回し、グリーンを行ったり来たりして汗をかくことは、デスクワークのストレスを解消してくれる面もあることが分かってきた。

 IS田教授からは、練習した方が良い、とのお話もあったが、S弁護士はもともと健康のために始めただけで、そんなに真面目に取り組んでいなかったこともあり、独自の理論を練習しない言い訳にしていた。

 S弁護士独自の理論は、名付けて「熟成理論」。
 若いワインも放置しているうちに芳醇な香りを放つように、ぼちぼちでもゴルフをやっていりゃあ、そのうち、だんだんスコアが縮んで来るはずだ。という極めてお気楽かつ楽観的な理屈だった。

 別にスコアにこだわるわけでもなく、逆に上手くなったら運動量が減って本来の目的に反する可能性だってある。そういうわけで、スコアなんて別にいいじゃんと当初、S弁護士はそう思っていた。

 大体この頃の、スコアは記憶によれば、S木先生が110前後、IS田教授が110~120前後、S弁護士が140~というもので、それはもうひどいものだったと、今にして思う。

 ところが、ある日、IS田教授は、「スコアが一番悪かった人を部長に任命し、部長と呼びましょう。」と、勝手に決めて宣言したのだ。
 この状況で、ジャンケンならともかく、ハンディもなしでスコア順できめるなんて、まさに仮の評価基準、完全な出来レース、結果が見え見えのコンコンチキである。
 誰が不名誉な部長に就任するかは決まりきっているではないか。
 実質は、20打数以上差がつくS弁護士に対して、IS田教授から直接に「S弁護士を不名誉部長に任命する!」との辞令を交付されたも同然である。

 これはS弁護士に練習させようという親心なのか?それとも、単にS弁護士を嘲笑するための罠なのか?それとも、いぢると面白い(らしい)S弁護士を、更にいぢろうとする娯楽なのか?
 教授の真意は、穏やかな微笑の裏側に隠れ、凡人のS弁護士には見通せない。

 しかもゴルフとは不思議なもので、この方向に打ってはいけないと思えば思うほど、そちらに打球が飛んでいったりするものなのだ。
 IS田教授はそのあたりの心理も熟知しておられて、S弁護士がティーグラウンドに立つと、優しく穏やかな声で、「Sさん、谷がありますね~」とか「Sさん、池が見えますね~」とか、「Sさん、右はOB浅いから気をつけてね~」等と、有り難く注意をしてくれたりもする。
 当然S弁護士は、そちらの方には絶対に打つまいと、心に念じてクラブを振る。

「ちきしょう、その手にはのらね~ぞ。絶対にそっちには打たん!絶対ナイスショットしてやる。この一打に一片の悔い無し!燃えろ~俺のコスモ~!!どうりゃあ~~!!」


 「ペチッ!」

 魂の叫びとは裏腹に、変な音を残して、S弁護士の打球は、谷へ、池へ、OBゾーンへと、まるで操られたかのように飛び込んでいく。S木先生も見ていて面白かったのだろう。同じようにご注意下さるようになった。

 そこで付いたあだ名が、「マリオネットS」。

 自由に動けない操り人形の悲哀を、齢50にしてゴルフ場で味わうことになろうとは夢にも思いませなんだ。


(続く) 

ゴルフのこと~2

(続き)

「HbA1cが高めです。」

とかかりつけのお医者様が、血液検査の結果を睨みながら冷たくS弁護士に宣った。
血糖が高いとそうなるらしい。

う~ん、そうなのか。S弁護士の頭の中では、原因探求が始まる。

確かに仕事のストレスはある。
不規則な生活になりがちだ。
9~17時の定時勤務なんて絶対に無理なのは、弁護士稼業をしていれば誰だって分かることだ。
弁護士をやめない限り、これは変えられまい。

両親も糖尿の気があるそうだし、遺伝的にも弱いのかもしれん。

でも納得いかんぞ。

夕食にはだいたい野菜をかなり食べるようにしている。
通勤時だって早足で歩くよう心がけている。

もともと飲めないタチだから酒も飲まないし、タバコも吸わない。この歳になると、ねーちゃんの機嫌とるよりも犬とのんびりしたいくらいだから(飼ってないけど・・・)、北新地で遊んだりもしない。
個人の感想らしいが、毎日一杯で健康が劇的に改善すると謳っていた、まずい青汁だって、嫌々だが毎朝事務所で飲んでいる。
・・・宗教には入っていない。

とS弁護士が考えていたところにお医者様が「運動ですな。有酸素運動、例えば歩くとか。」と仰った。


単純に歩くなんざ、面白くも何ともないぜ。絶対に続かないだろうな~。と意外にも、冷静に自己分析のできるS弁護士には、みえみえの結末がすぐ浮かぶ。

なんとか、自分から運動するように持ち込めないか。

そういえば、将棋の大山康晴15世名人も体調を崩されてから、ゴルフを始めて、どんどん歩き、体調を回復させたことを何かの本で読んだことがあった。
大山名人と言えば、将棋界の第一線に長らく君臨し続けてきた巨星。
その巨星が健康維持のために活用したのなら、凡人のS弁護士にだって、健康維持になりそうである。
しかも、将棋ファンのS弁護士は、倉敷に行ったときに大山名人記念館を見学し、職員の方に珈琲をご馳走になってしまい、そのまま帰れずに、谷川九段のファンであるにも関わらず、つい大山名人の扇子を買って帰ってきてしまったという経緯もある。

よ~し、これだ。

幸い、以前からお付き合いさせて頂いているIS田教授が最近ゴルフを始めていると聞いていた。
伺ってみると、なんとプロについて習っているらしい。それに、公認会計士のS木先生と一緒に、月一ラウンドをしているそうではないか。

IS田会に入って、血糖値を下げよう!

これがゴルフ再開のきっかけになった。


(続く)

中学生にも分かる新自由主義1

中学生にも分かる新自由主義1
 (菊池英博著「新自由主義の自滅」(文春新書)を教科書として)

N:おじさん、最近新聞で「新自由主義」って言葉を見たんだけど、どういうこと?
O:最近って(笑)。随分前からいわれていたと思うよ。それでも、新聞を読むのは良いことだ。さて、質問に答えていくと、新自由主義という考え方を創りだしたのは、1912年生まれのミルトン・フリードマンという経済学者だといわれているよ。

N:へ~。経済学者が言い出したのが「新自由主義」かぁ。言い出したフリードマンって学者なんだ。エライ人なの?
O:フリードマンの両親はハンガリー出身のユダヤ人なんだそうだ。両親はヨーロッパのユダヤ人迫害を逃れて米国に渡り、下積みの仕事などをして生計を立てていたようだよ。フリードマン自身も苦学して奨学金を受けて大学を卒業し、シカゴ大学で修士号、コロンビア大学で博士号を取り、シカゴ大学の教授になったんだ。

N:ふ~ん頑張ったんだね、フリードマンは。えらいじゃん。
O:ところが、フリードマン経済学とその思想は、実現していくと自然と、富が1%の富裕層に集中するよう仕組まれていたんだ。しかもその思想の信奉者は政治と結びついて、それを一生懸命に現実化しようとしてきたと評価する人もいる。

N:えっ!なにそれ。フリードマンは苦労してたんじゃないの。
O:苦労した人が、今も苦労している人を配慮するとは限らないのが人間の難しいところだね。フリードマンがそうかどうかは分からないけれどね。でも、1965年の国際通貨危機の際に、フリードマンがイギリス通貨のポンドを空売りして儲けようとしたが銀行に断られ、真っ赤になって激怒したと伝えられている。

N:空売りってなんだかよく分からないけれどなに?
O:空売りとは、難しくいえば、投資対象である現物を所有せずに、対象物を将来的に売る契約を結ぶ行為だね。分かりやすくしてみようか。例えば、今はチョコレートを手元に持っていないんだけれど、コンビニで100円で売っているAチョコレートを1週間後に友達に100円で売ってあげるという約束をしたとしよう。ところが約束の3日後にAチョコレートが80円に値下がりしたとしたら、どうなる?

N:そりゃあ、80円でコンビニで買って、約束通り100円で友達に売ったら20円儲かるよね。
O:簡単にいえば、それが空売りの儲ける仕組みさ。特に君が、友達と約束するときに、かなりの確率でAチョコレートの値段が下がると知っていたらどうだろう。

N:なるほど。それならいっぱいAチョコレートを100円で売る約束をしておけばそれだけ儲かるよね。友達には悪いけど。
O:なんだ、悪い奴だなぁ(笑)。まあ、実際には、そう読み通りには行かないこともあるんだけど、投資家はこうやって儲けていたりもするんだね。話を戻すと、フリードマンは、ポンドを空売りしようと銀行に行ったんだが銀行からは断られたんだ。

N:なんでなんで?
O:当時は、通貨の売買に空売りのような儲けるためだけの投機的な取引は禁止されていたのさ。フリードマンに空売りを申し込まれた、シカゴのコンティネンタル・イリノイ銀行は「我々はジェントルマンだから、そういうことはやらない。」と断ったそうだ。

N:へ~。銀行もなかなかやるね。かっこいいじゃん。
O:ところが、フリードマンは相当頭に来たらしく、シカゴ大学に戻ってランチの席で「資本主義の世界では、儲かるときに儲けるのがジェントルマンなのだ!」と演説をぶったらしい。

N:でも、儲かるけど禁止されていたことなんだよね。それができないからって怒るのは筋が違うような気がするんだけど。
O:その通りなんだね。しかし、フリードマンは激怒した。儲け損ねたからだ。ここから分かるように、社会での決まり事や道徳的なことを尊重しようとする考えはフリードマンにはなかったとも評価できる。儲かることが正義で、儲けることだけが全てだという発想がその背景にはあるかもしれない。このようなフリードマンが創始したのが新自由主義なんだ。

N:う~ん。確かに、最近は儲かりさえすればいい、ばれなきゃいい、というようなことがあるようにも思うよ。レストランのエビの表示が嘘だったり、自動車の燃費が嘘だったり・・・。
ん?ちょっと待てよ。おじさん、新自由主義ってもう日本の中に入り込んでるんじゃないの?。

O:そうだね、新自由主義についてちょっと勉強してみるかい?
N:うん。ちょっと興味出てきた。

(不定期ですが連載予定)

認定司法書士の裁判外和解に関する代理権の範囲


 最近でこそ減ったものの、一時は地下鉄の吊り広告やスポーツ新聞の広告欄に、借金問題(債務整理)を扱うという、司法書士や弁護士の広告が数多く出されていた。

 もちろん弁護士は、全ての法律問題に関して、全く制限なく、依頼者の方を代理できる。
 一方、研修を受けて認定を受けた認定司法書士は、簡裁民事訴訟手続の代理権を司法書士法で与えられるため、140万円の範囲で依頼者を代理、即ち依頼者の代わりに代理人として行動することが可能である。

 債務整理に関しては、弁護士は全ての案件を扱えるが、認定司法書士には上記の法律の制限があるので、争いがあった。すなわち、借金問題はほぼ定型的な処理が可能な類型であり、仕事としては効率がよいので、簡単に言えば、司法書士側はとしてはできるだけ扱える範囲を大きくしたい考えがあり、弁護士側としては法律の制限を厳格に守れとの考えがあった。

 弁護士側の言い分は、誤解を恐れずに単純化していえば、法律には140万円の範囲と書いてあるのだから、借金として1債権者から請求されている額が140万円を超えている場合、借金総額が140万円を越えている場合は、司法書士には代理権がないというもの。
 認定司法書士側の言い分は、誤解を恐れずに単純化していえば、140万円というのは経済的利益だから、仮に債権者から250万円の請求を受けていても債務整理して借金を120万円に減額できれば、経済的利益は250-120=130万円であり、140万円の範囲内といえるから、代理権はある、というもの。

 今回の最高裁第1小法廷平成28年6月27日判決は、
「債務整理を依頼された認定司法書士は、当該債務整理の対象となる個別の債権の価額が法3条1項7号に規定する額を超える場合には、その債権に係る裁判外の和解について代理することができないと解するのが相当である。」
 として司法書士側の言い分を退け、
「上告人(認定司法書士)は、本件各債権に係る裁判外の和解について代理することができないにもかかわらず、違法にこれを行って報酬を受領したものであるから、不法行為による損害賠償として上記報酬相当額の支払い義務を負うというべきである」
 と判示した。

 つまり、1件あたりで請求されている債権の価額が140万円を超える借金に関する債務整理は、認定司法書士の代理権がないので、認定司法書士が代理して整理することは違法行為であり、依頼者は債務整理に関して司法書士に支払った報酬を返してもらえるということだ。

 例えば、A・B・C3社から合計300万円の借金をしていた人が認定司法書士に債務整理を依頼した場合、
①A社から100万円、B社から100万円、C社から100万円を借りていたのであれば、各社からの借金は全て140万円以内だから、認定司法書士が債務整理を代理できるので、適法な債務整理となる。この場合は、適法な債務整理がなされているから司法書士報酬を返してもらえない。
②A社から150万円、B社から100万円、C社から50万円借りていたのであれば、B社とC社の債務整理は問題がないが、A社との債務整理は140万円の価額を超えているので認定司法書士に代理権がないため違法な債務整理となり、A社の債務整理に関して認定司法書士に支払った報酬は返してもらえる、ということになる。


 違法な債務整理を行った認定司法書士に対する報酬返還の裁判は、今回の最高裁判決が出てしまったので、一定の証拠さえあれば、ほぼ負けようがない裁判になる可能性が高い。

 認定司法書士への報酬返還を、新たなビジネスチャンス・仕事の掘り起こし、と考えて、大々的に広告をうち、集客を図る法律事務所が出てくる可能性もあるかもしれないね。

 

ゴルフのこと~1

 15年ほど前、S弁護士がイソ弁として勤務していた事務所では、ボス弁は3人ともゴルフをやっていた。

 そして、S弁護士もボスからもゴルフをやることを勧められた。大の大人が止まっているボールをぶっ叩いて、穴ぼこに入れて、何が面白いんだろうと思いつつ、父親に聞けば、誰かに習った方が良いとのこと。

 ふーんそうなのか、意外に素直なS弁護士は、インターネットで探して、近くのゴルフスクールに体験入学してみた。確か5000円で3回くらいのお試しレッスンだったと記憶している。

 最初は握り方を教わって、6番アイアンを振らされた。

 上手く当たらない。

 空振り、カスあたりの連続だ。

 止まっている球の方があたらんのか!

 「なんじゃあこりゃぁ~」と心の中で松田優作っぽく愚痴りながら、クラブを振り続ける。

 あまりに苦戦していることに気付いたのか、若い女性を熱心に教えていた、ゴルフのコーチが時折こちらを見て、S弁護士に向かって、「そうじゃなくて、こう振るの。」と身振りで示すが、そんなスイングができるなら、そもそもここに来ているわけがないじゃない。

 あかん、わからんわ。そんな身振りで示されたって、すぐに再現できる程の運動神経がある人なんてどこにいる。そんな運動神経あったら、こんなとこ来るかいな!

 心の中で文句を言いつつも、カスあたりは続く。

 極めて恥ずかしい。

 スクールには、中学生くらいの子供も、若い女性もいるが、間違いなく段違いに、ええ歳こいたS弁護士が下手っぴーなのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、当時はまだ見栄もあったのだろう。恥ずかしくって仕方がない。

 見かねたコーチがつかつかとやって来て、「トップはここ」、と力任せに身体をひねられた。S弁護士の、脇腹には激痛が。。。

 くそーこんなスクール、誰が来てやるか!と思いつつも既に払ってしまったレッスン料はちともったいない。

  そこで耐えて、3回目のスクール。

  別のコーチがS弁護士のスイングを見て、「そうじゃなくて、バチーンと打つの。バチーンと」と口頭指導。

 そのバチーンができるんやったら、苦労せんがな。

 それに、バチーンてなんやねん。

 大阪のおばちゃんの、「ゴキブリが、わーってやってきてなぁ」の「わーっ」と変わらんやないの。

 もうこれはあかん。

 スクール行っても無駄やわ。

 バチーンが分からんS弁護士に、なんぼ指導して頂いても豚に真珠どす。

 ということであえなく、S弁護士のゴルフスクールは、きっかり三日坊主で修了することになった。

 その後何度か、友人に誘われて無理矢理コースに出たこともあるが、ティーグラウンドで友人と別れ、綺麗に整備されたフェアウェイには近寄らず、急斜面やら林やらをゲリラ戦のように渡り歩き、あらぬ方向からグリーン付近に現れて、バンカーの往復びんたから5パットかギブアップという盛りだくさんの内容で、何~にも面白くなかった。

 自分が何打打ったのか分からなくなるので、打数カウンターを買ったものの、10カウントでは足りないことが分かり、15カウントできるものに買い換えたりもしたが、やっぱり面白くも何ともない。

 友人のM弁護士に打ちっ放しに連れて行かれたこともあるが、打席に入り、おもむろにドライバーを振ったら、ボールは物理法則を無視したかのように、ほぼ垂直に舞あがり、真上の屋根に直撃!

「どんな打ち方したら、そんな方向に飛ぶネン?」とあきれられた。

 極めつけは、左ヒジを打撲していたのに、人数が足りないからと無理矢理連れて行かれた北海道で、初日3ホール目くらいにバンカーで大ダフリをやって、更に左ヒジを痛めクラブが握れなくなり、途中リタイヤ。

 翌日は、性懲りもなくゴルフに出かける友人と別れ、美術館と円山動物園のシロクマを見物して時間をつぶす、という何のために北海道に行ったのか分からないことまでやってのけた。

 もうやめだ~。終了~~~~!

 とおもって、S弁護士はゴルフなんぞ記憶の片隅に追いやっていたのですよ。

 ところが・・・・。

(つづく)

「よい子」の苦悩~2007.11.20掲載

 少年事件を扱っている際に、事件を起こした少年の両親の反応として意外に多いのは、「あんなに良い子だったのに」というものです。

 

 そのような少年に接見していると、どうも両親の期待が大きかったり、両親にとって「よい子」を演じすぎてストレスが溜まっていたりすることが多いのです。

 

 どんな子供でも、自分の親に嫌われたくないと考えています。そこで、親が期待するいわゆる「よい子」を演じることが非常に多いと思われます。ところが、親は子供の必死の演技を見破ることができません。この子は、もともと「よい子」なのだと錯覚してしまいます。そして、親はその子が演じている「よい子」が、本当の子供の姿だと思って、「よい子」であることを前提にさらに、先の課題を与えます。

 

 ところが、子供にとっては必死で「よい子」を演じて頑張っているのに、その頑張りは当たり前のこととして評価されず、なんらその点については誉められることなく更に次の課題を与えられてしまうのです。

 

 それでも、親に辛い思いをさせたくない子供は頑張ります。そして親の希望しているであろう内容を実現します。すると、更に次の課題を親は与え、子供は必死に努力してその希望を叶えようとします。そのうち、親は次第になれてきて、「親が希望すればこの子は叶えてくれるのだ」と無意識に思いこみ、親の希望を次々と与えるばかりではなく、その子が努力していても誉めることを忘れ、そればかりか親の希望を叶えられないときは、失望をあらわにします。

 

 子供としては、親の希望をどれだけ頑張って叶えようとしても、それは当たり前とされ、失敗したときだけ責められるという実にストレスの多い場面に陥っていることがあり得るのです。もともと、心の底から良い子である子供なんて殆どいません。どの子供も親に迷惑をかけたくない、親に好かれたいと思って、一生懸命に良い子であろうとしている子供が殆どです。

 

 もっと、親がはやく気づいて誉めてあげていれば、ここまで問題が大きくならなかったのではないかと思う場合も少なくありません。

 

 とはいえ、大人の社会でも、きちんと人を評価することは難しいことです。いつも、ゴミを捨てている人間がたまにゴミを拾っていたりすると、「あいつはええとこもある奴や」と評価されますが、いつもゴミを拾っている人がたまたま急いでいて、落ちているゴミを拾わなかったりすると「あんな奴やとはおもわんかった」と非難されることもあります。

 

 難しいことですが、生まれながらの良い子などまずいないこと、良い子でいる子は殆どが何らかの形で我慢していることが多いこと、を忘れずに、できるだけその子の努力を分かってあげられるようになりたいものです。


 H28.5.26のブログに掲載した、回答率を記載していない文科省のアンケートであるが、さる筋から当該アンケートに関する資料(契約書等)を入手したので、その情報から、本当に法科大学院はバラ色なのか、もう一度ざっと検討してみようと思う。

 当該アンケートは、文科省が株式会社ジュリスティックスと契約を締結して実態調査を行わせたものである。
 (株)ジュリスティックスは、「ジュリナビ」という、法科大学院修了生、在学生の就職支援を生業としている会社であり、もともと、法科大学院に好評価の結果が出ないと自らもおまんま食い上げになりかねない、法科大学院の利害関係者であると思われる。(業務計画書には次の通り記載されている。『株式会社ジュリスティックスは、平成19年度「専門職大学院等における高度職業人養成教育推進プログラム」に選定され、文部科学省より助成を受け、明治大学を主幹事校とする13法科大学院により2008年春から運用を開始した、法科大学院修了生と在学生を対象とする就職・キャリアプランニング支援のためのプロジェクト「ジュリナビ」の実務上の運営主体です。』)

 さて、それを措くとして、問題のアンケート対象であるが、調査対象については業務計画書の表1に明記されている。

 法科大学院修了生は概数38,769名、2008年度以降の「ジュリナビ」登録の全国法科大学院修了生は概数16,000名とされているが、重複を許すものとして調査をしている。その結果、合計約54,769名にアンケート調査を行ったと考えるのが自然である。
そして有効回答数が
①修了生の就業先業種では有効回答数 1274(約53,500名は不明)
②修了生の法科大学院教育に対する満足度では有効回答数 1512
                      (約53,250名は不明)
なのだから、回答率は2.32%~2.76%でしかない。また、どうやって有効回答か否かを判断したかも分からない。
 これでは大した分析も出来ないと思うのだが、豈図らんや、(株)ジュリスティックスは、法科大学院高評価の結論を導き出して見せている。

 更にどういう趣旨なのか分からないが、ジュリナビ登録の法科大学院修了生に限って、「メールのコメント反映すること」との付記がある。
 ヒアリング調査分析については、「ジュリナビ登録の修了生ならびにジュリナビ利用で修了生の採用実績のある企業所属の修了生にヒアリングを開始し、より具体的な就業状況、法科大学院で学んだことの中で実際に業務に役立っていること、法科大学院の魅力等について取りまとめる。」と明記されている。法科大学院の問題点について取りまとめる視点は一切ない。
 これって、実態調査というよりも結論先にありきの偏った調査を行うことを前提とした仕様ではないのか。ひかえめに見たとしても、この時点で出来レース感を払拭できない。

 次に、法科大学院修了生に対する法律事務所の満足度調査であるが、どうやら、新60期以降の弁護士が複数名所属する法律事務所を中心に調査を行ったようだ。(株)ジュリスティックスの算出した概数では6500事務所がその対象となっているらしい。そのうち、有効回答数は775である。
 非常に満足が148事務所、満足が279事務所、どちらでもないが259事務所、不満が57事務所、非常に不満が32事務所となっている。約5700の事務所がノーコメントだ。
 採用者の声欄の中規模・一般民事系法律事務所代表弁護士のコメントは、一見法科大学院卒業生に対する高評価とも取れるが、結局は民間企業で経験を積んできた人への評価をしているだけである。結論的に、法科大学院生ならでは、と無理矢理法科大学院と結びつけている感が否めない。

 公的機関や企業の満足度調査については、どれだけの数を調査したのか明確ではないが、
a 新60期以降の弁護士、法曹有資格者、修了生の所属する行政機関・企業約600、
b 上場企業を中心とする大手企業約3150,
c 経営法友会加盟企業・組織内弁護士協会弁護士所属企業約1180、
d ジュリナビ利用で修了生の採用実績のある行政機関・企業等約250
が対象のようである。
合計で約5180。これは重複しない数字だそうだ。

 ちなみに経営法友会は、法科大学院と組んでしょっちゅうセミナーをやっていたりする。かなり法科大学院よりの団体と見受けられる。

 それはさておくとしても、大手企業の3150社を除くと、法科大学院出身者を採用してその者、若しくは新たな法科大学院出身者が所属し続けている企業等がメインの調査対象のようだ。それなら満足度が高くて当然だ。満足したからこそ継続して所属させているのだろうし、再度採用したりもするだろうからだ。しかし、本来なら一度でも採用しているところ全てを調査対象とすべきはずだ。なぜなら、一度法科大学院出身者を採用して失敗し、二度と採用していないところもあるはずだし、そのような企業・公的機関も対象として取り込まないと法科大学院終了者に対する評価について、正確な判断はできないからだ。

 例えていえば、トヨタ車が好きな人を調査するのに、トヨタに車を買いに来る人だけを調査して、「トヨタ車の好感度は90%だ。だから全国民の90%はトヨタ車が好きなのだ。」、と結論づけることはできないだろう。


 さて、そのような偏った対象を調査した結果になるとは思うが、
④修了生に対する公的機関の満足度では有効回答数 32
⑤修了生に対する企業の満足度では有効回答数 110

 総務省によれば市町村の数は平成26年4月で1718、これに都道府県や特別区、中央官庁を加えれば、かなりの数になる。もっとも、その中で法科大学院出身者を採用している公的機関がどれだけあるのか全く分からない。仮に分かったとしても現在採用している公的機関が対象だから、先のトヨタ車の例から分かるように、偏ったデータになることは明白だ。
このデータで、ホントにきちんとした分析が出来るとは思えない。


 企業についてはかなりの低回答率である。上場企業を中心とする大手企業約3150,経営法友会加盟企業・組織内弁護士協会弁護士所属企業約1180、だから、少なくとも4330社はあるはずだ。
 法科大学院寄りと思われる経営法友会加盟企業・組織内弁護士協会弁護士所属企業約1180を調査対象に入れた上で、なお単純回答率2.54%である。
 つまり97%以上の企業は無関心というのが素直な分析になってもおかしくはない。


 なお、業務計画書には、企業等に対して採用実績と今後の採用希望も調査するようになっている。そして、その結果を一番知りたいのが法科大学院であり法科大学院志願者だと思うが、私の見る限り採用実績と今後の採用希望に関するアンケート結果はどこにも記載されていないぞ。
どうして結果が出てないんだろう?
表沙汰にできない調査結果でも出たのではないかと心配になってしまうね。


 法科大学院って、本当にバラ色なんですか?
 それならどうして、志願者が減っているんですか?

 誰か教えて下さい。