オオカミのこと

 私は、犬好きであるということもあって、絵本などでは悪者にされていることも多いが、犬の祖先と言われるオオカミも相当好きだ。

 動物園に行ったときには、オオカミのコーナーがあれば欠かさず見に行くようにしているし、大抵は、しばらく見ている。

 オオカミも動物園によって、元気さが全然違っている。概ね日本の動物園で飼育されているオオカミは、あまり元気が感じられない気がする。スウェーデンのスカンセンでも雪の上で寝ているオオカミを見たが、あまり元気はなさそうだった。

 一方、プラハ動物園ではそこそこ広いオオカミの野外展示場があり、比較的自由に活動しているように感じられた。しばらく見ていると、若い一頭のオオカミが群れの掟に従わなかったのか、数匹のオオカミに焼きを入れられている場面にも遭遇した。順位が上のオオカミのうなり声にも相当迫力があったことを覚えている。

 私のブログ(非公式)の方に、写真入りで載せたが、人が繁殖させたオオカミと遊べるということをネットで知り、北極圏にあるノルウェーのトロムソという街から更に遠い、人里離れた「ポーラー・ズー」に出かけたこともある。

 はるばる、行ったのに、ポーラー・ズーでは、お客が少ないので今日はやらないと言われたことは、痛恨であったが、そこで見た、一頭のボスらしきオオカミは、何とも言えない威厳をもって、あたりを見下ろしていた。

 その姿は、本当に格好いいものだった。

 機会があれば、ポーラー・ズーに是非再チャレンジしてみたいと思っている。

 私は、もう随分前から大阪弁護士会の常議員を務めさせて頂いている。大体2~3週間に1回火曜日の15:00~17:00の予定で、常議員会は開催される。

 常議員会では、大阪弁護士会の意見を決めたり、総会提出議案や日弁連の諮問に対する大阪弁護士会としての立場を決めたりする。

 普段の弁護士生活では、なかなか知り得ない執行部や日弁連の活動や思惑を知ることができるまたとない機会だ。

 若手の方の常議員がもっと増えれば、常議員会も若手を無視した施策をとりにくくなるのではないかと私は考えているが、なにぶん、会派で選出されてくる常議員の先生は私よりも先輩の弁護士が相当多い。人数比からすれば、女性クォーター制度を採用した日弁連副会長よりも歪んだ構成になっているはずだ。

 常議員も建前上選挙で選ばれることになっているが、実際には、各会派から常議員候補者が推薦されて出てくるので、選挙が行われたことは、私が知る限りないと思う。また、無所属の立候補が20人もいれば別だろうが、万一選挙になって会派のエライさんが落選したら大変だろうから、無所属で立候補しても、おそらく会派が順番に常議員数を減らして、選挙にならないように対応するはずだ。

 立候補といっても、立候補用紙をもらって記入し、選挙費用の2万円を添えて提出すれば足りるし、選挙がなければそのほとんどが戻ってくるから、費用の問題は考えなくても良いくらいだ。

 また、執行部にも、若手の発言や、跳ねっ返りの私の反対意見を聞いてくれるだけの度量はある(取り上げてくれることはまず無いが・・・)。

 執行部には、若手のことを本当に考えているのかわからない施策や無駄な施策が多いと問題を感じる若手の方がどんどん立候補してくれれば、少しずつ執行部のやり方を変えていけるかもしれない。

 確かに平日の午後に時間をとられるのは面倒だ。そして、面倒なことは誰かにやってもらった方が楽は楽だ。

 しかし、自分達のことを決めるのにずっと他人任せで良いものだろうか。

 特に、若手の方の立候補があればと、強く願う昨今である。

年賀状

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 昨年大晦日に帰省して、1月1日・2日と実家で過ごした。

 姉と甥・姪も実家にきており、なかなか賑やかなお正月だった。

 甥と姪は医学生で、甥は卒業試験と国家試験が、姪は定期試験が近いとのことで、それぞれが勉強道具を持ち込んでおり、TVの点いたダイニングで、姉と話したりしながら、あまり、身にならないような勉強をしていた。

 新年に年賀状が届いたが、両親から、年賀状を出すのは、今回でもう終わりにするのだ、と聞かされた。

 本文などはプリンターで印刷ができるようになったものの、宛名を書くのが大変で、パソコンでの宛名管理も難しいからだという理由だった。

 思えば、両親の年賀状作成は、私にとっても年中行事の一つであり、古くはガリ版で一枚一枚ローラーで印刷していた。原案は大抵母親が考えていたように思う。ずれないように慎重に年賀ハガキをセットして、ローラーを動かし、ガリ版にくっついたハガキをはがす手順で、どんどん印刷していたように記憶している。

 途中で、ガリ版印刷はプリントゴッコに代替わりし、カラーでの印刷ができるようになった。最後には、パソコン経由でプリンターを使用していたようだ。

 しかし、私には寒い畳の上で、ガリ版で印刷し、乾かすために、霜焼けになった手を暖めつつ部屋中に年賀状を並べる役をさせられていた頃が懐かしい。

 両親の年賀状の作成が始まると、もう年末なんだ、という思いを強くしたものだった。

 年賀状に関わる作業はそれだけではなかった。新年に年賀状が届くと、こちらから出していない相手がいるかの確認作業があった。年賀状を出した人についてア行・カ行・・・と名前を記載した手書きのメモを作っておき、届いた年賀状をチェックして確認するのである。もし、出していない人から届いていた場合は、できるだけ早くこちらからも年賀状を出すようにしていたようだ。

 一応、ア行・カ行・・・と分類されているものの、完全なあいうえお順にはメモは作られていなかったうえに、手書きの文字が読みにくかったりして、家族が年賀状チェックを手伝うこともあった。

 そして、最後のお楽しみは、年賀ハガキくじの当選確認だ。ほとんど末等の切手シートしか当たらなかったが、その確認を任されると、何となく楽しかった記憶がある。

 今年からは、両親も年賀状の作成・チェックという、作業をしなくて済むことになる。

 両親に対して老婆心からというのも失礼な話だが、年賀状に関わる作業をしなくて済むことで、却って寂しさを感じはしないかと、私は、少しだけ老婆心から心配していたりする。

 

新年明けましておめでとうございます。

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新年明けましておめでとうございます。

新しき年が、皆様にとって幸多き年であるよう祈念しております。

本日より、ウィン綜合法律事務所は、業務を開始しております。

本年も、ウィン綜合法律事務所に、御支援・ご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげ、新年のご挨拶に代えさせて頂きます。

ウィン綜合法律事務所 代表弁護士 坂  野  真  一

今年も一年間有り難うございました。

皆 様

 今年も一年間、ご指導ご鞭撻頂き、誠に有り難うございました。

 携わって下さった方、応援して下さった方、誠に有り難うございました。

 当事務所の、本年の業務は本日で終了致します。

 新年は、1月5日より、業務を開始する予定です。

 一歩一歩着実に問題を解決していく、親しみやすい法律事務所であることを目指して新年からも頑張る所存です。

 新年が皆様にとって、良き年であることを祈念して、年末のご挨拶とさせて頂きます。

 有り難うございました。

 平成29年12月28日

 ウィン綜合法律事務所 代表弁護士 坂  野  真  一

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(世界遺産 「森の墓地」~ストックホルム)

 ジョバンニは、孤児だった。それでも、一つだけ得意なことがあった。それは、たくさんのモノをお手玉のようにぐるぐると回すこと。

 ジョバンニは、その芸を磨き、やがて独立して生きていけるようになる。

 

 しかし、ジョバンニは次第に年をとり、かつて喝采を勝ち得たその芸も飽きられていく・・・。

 

 

 友人に勧められてこの絵本を読んだ。

 

  主人公であるジョバンニは、本当に一筋に自分の能力を磨き、人を楽しませることに喜びを見出していたのだ。

 高い身分の人間に対しても、自分の信じる芸を臆することなく表現し、ジョバンニはお金や地位に、媚びることがない。自らの芸を信じていたからこそ、できたことだ。

 一つの芸を磨き、それを表現することに喜びを見出す。この点では、ジョバンニは、まさにプロフェッショナルであって、見事と言うほかはない。

 

 しかし、時代は移ろう。

 

 あれほど喝采を受けた芸も、見飽きた人には陳腐な芸としか写らなくなっていく。ジョバンニの芸自体は、変わらず一流であっても、時代がそれを一流と認めなくなっていくのだ。自らの芸を信じその芸を磨くことによりプロフェッショナルとなったジョバンニにとって、この状況は極めて苛酷だ。

 

 ジョバンニが次第に年を重ね、ついに芸を披露する際に失敗をしてしまう。

 

 観衆は、ジョバンニに対して石を投げつけることによって、その失敗したという結果に報いる。その観衆達には、これまでジョバンニの芸によって感動させてもらったり、癒されたり、希望をもらったことなどを思い出す者は、もう誰1人いないのだ。

 

 ジョバンニは、道化の仕事を辞めて故郷に帰ることを決意する。絵本の中では淡々と書かれているが、自ら磨いてきた唯一の芸、長年一緒に人生を歩んできた芸を止めると決意し、川で道化のメイクを落とすジョバンニの心境は如何なるものだったのか。

 

 最後にジョバンニは、故郷の教会の中で、聖母マリアに抱かれた子供の頃のキリスト像を目にする。

 

 多くのクリスマスの捧げ物を受けていながら、子供のキリスト像は、ちっとも楽しそうではないとジョバンニは気付く。物質的な満足だけでは満たされない部分も世界にはあるのだ。ジョバンニは、物質的な捧げ物は出来ないものの、唯一自分ができること、つまり自らの芸を、心を込めて、キリスト像に捧げる。

 

 誰も他に見てくれる者がいない、冬の教会の中で、ジョバンニは年老いた身体でキリスト像に対して一世一代の芸を披露し、息絶える。

 

 誰も見てはいなかった。

 誰1人、彼を賞賛する「人間」はいなかった。

 

 だが、息絶えたジョバンニの亡骸を見つけた修道士は、振り返って、キリスト像がにこやかに微笑んでいることに気付くのである・・・。

 

 

 現実に置き換えてみると、今の世界は、否応なく多くの人をジョバンニのようにしていく。熟練工は工作機械の発達で仕事を失い、優秀な大工も大量生産されるプレハブの家の前に仕事を失う。

 

 このような現代において、子供のキリスト像のように、一つのことを磨いてきた努力に報いてくれる存在はあるのだろうか。

 

 おそらく、ジョバンニは、天国では間違いなく高く評価されているだろう。不機嫌なキリストの機嫌を直したくらいの腕前なのだから。

  

 はたして、この物語の主人公であるジョバンニは幸せであったのか、そうではなかったのか、それは読み手の判断に任されているように思う。

 

 是非一度、お読み頂くことをオススメする絵本である。

 

 

ほるぷ出版 1,470円

(続き)

 大阪弁護士会では関係委員会に意見照会している。しかし、肝心の司法修習費用給費制対策緊急本部の答申が、この谷間世代会費減額制度案について反対しているのだ。

 同本部の反対意見は、概ね①給費制・給付金の意義と運動の観点から、②弁護士会内と日弁連内に混乱をきたす可能性、③統一修習の理念から、反対の結論を裏付けている。

 ①を私なりに要約すると、こういうことのようだ。つまり、給費制は国家が責任を持って法曹を養成する制度の根幹部分の一つであり、その理念から、貸与制では問題があるので給費制の復活運動を行ってきた。これに対して、貸与制で問題があるなら高額な弁護士会費を安くすればいいとの反論もあり、その無理解な発言との戦いを乗り越えてようやく、給付金制度が実現したのだ。しかし、給付金制度は金額も未だ不十分であるばかりか、貸与制も併存しており、給付金の額も法律に定められているわけではなく、いつ貸与制に近い制度に戻されてもおかしくない状況にあるといえなくもない。給費制のように確固たる制度として確立しているとはいえない状況だともいえよう。
 また、現在でも日弁連・弁護士会は給付金の増額と谷間世代の対応策を国家に求めているところなのだ。
 ところが、今回のような谷間世代の会費減額案を実行すれば、法曹養成は国家の責任だから谷間世代にも対応すべきだとの主張に矛盾を生じかねないばかりか、貸与制論者に「弁護士会費を取りすぎているから貸与制が問題視されているだけであって、高額な弁護士会費を下げれば貸与制でも良いはずだ」との論拠を与えかねない。最悪の場合、給付金制度の縮小等にもつながりかねない危険をはらんでいる可能性もあるのだ。

②についてもたくさんの理由があるが、主なものを私なりにあげると、

・昨今の厳しい状況から、弁護士会費減額を求めているのは若手世代に限らない。

・谷間世代以外の会員からの不満が醸成されかねない。

・国の責任をどうして弁護士会費で尻ぬぐいしなければならないのか筋が通らない。

・病気、出産・育児等で会費免除を受けている会員には、効果がまるでない。

・71期以降も不十分な給付金であり、その配慮を求められたらどうするのか。

・各弁護士会がそれぞれ独自に会費減額を実行するなら各弁護士会で不公平が生じ、減額制度のない弁護士会に所属する谷間世代会員らが、不満・不公平感を抱く可能性がある。

・日弁連会費の減額は限界があり、僅かな金額にしかならないから効果が低いだけではなく、その制度構築過程で様々な意見が噴出し日弁連の求心力を大きく減殺する懸念がある。
などである。

 ③については、谷間世代といえども、裁判官・検察官になった者や、法曹にならなかった者もいるなど様々で、そのうち弁護士会一般会費減額案は、貸与世代の者のうち貸与金返還期間中、弁護士会に所属している者だけを対象とすることになるから、今後、国が裁判官・検察官になったものに対して優遇策をとる口実になりかねない。そうなれば統一修習制度をぐらつかせる要因になりかねない。等の理由である。

 結論的には、問題がある思いつきであるばかりか、給費制緊急対策本部の運動にも悪影響を及ぼしかねないとする意見であろう。


 私見だが、谷間世代のために尽力してきた、給費制緊急対策本部が反対している以上、それだけで、今回の減額案は実行すべきではないように思う。

 もちろん小原会長は聡明な方であり、その小原会長が率いる大阪弁護士会執行部は、このような状況も当然分かっていて、この案を常議員会にかけたはずだ。

 だとすれば、その狙いは単純に谷間世代の不公平是正というだけではないのかもしれない。


 ここからは、全く根拠のない完全に穿った見方、おとぎ話になっていくのだが、どんどん想像を巡らせると次のようにも考えられるかもしれない。すなわち、

 ①給費制の復活や給付金の増額はもう不可能と考え、現状での手当てを優先しようと考えた?

 ②東京などでは谷間世代に対する救済策として会館特別会費の減額40~50万円程度を実行しているようだし、近畿でも京都弁護士会が救済策を実施しているようなので、大阪弁護士会として放置することは執行部のプライドが許さなかった?

 ③谷間世代の弁護士数は大阪弁護士会では約20%であり、将来の(主流派)執行部支持のための布石を打った?

 ④これは完全なおとぎ話になるのだが、弁護士会が谷間世代の救済に当たるようになれば、国家としてはいくら谷間世代から不公平是正を求められ、世論が同調しても、弁護士会が既に救済しているのだから救済不要、と言いやすくなる。そこまで国が大問題として捉えているのか疑問があるし、大人の事情は分からないが、何らかの条件と引き替えに、谷間世代の不満を抑えるような話が出たとも限らない。東京3会と大阪を合わせれば弁護士数のほぼ6割になるから、大規模会の谷間世代の不満を抑えれば、過半数は抑えられる。現在の日弁連会長である中本先生は小原会長と同じ大阪弁護士会の同一会派の盟友であったはずだから、そんなお話しがあったのかもしれない?

 おそらく谷間世代は不公平感をもっている人もいるだろう。私も制度に振り回された経験があるから、その不公平感はかなり切実に分かるつもりであり、何らかの救済を求める気持ちも分からなくはない。だがその救済を求める先は、やはり制度を迷走させた国である。

 確かに、弁護士全てに余裕がある時代なら、理想のために身銭を切ることもできなくはなかった。仲間(谷間世代)の現実的救済のために自腹を切ることもできなくはなかっただろう。しかし、今はそうではない。昨今の新聞報道にあるように低所得の弁護士が大量に増加し、極めて苛酷な生活を送る者もいる。収入があがらずに税金の還付を受ける弁護士も、ここ7年間でほぼ倍増しているのだ(2008年と2015年の比較で11604人→19176人)。

 その状況で、理想のために身銭を切るという考えは、悪い言い方をすれば、収入が悪化しても生活水準を落とすことができないようなもので、破産に繋がる発想である。
 
 日本の人口は既に減少傾向にあり、裁判所に持ち込まれる事件も増える見込みも、今のところ全く見えない。

 執行部にはもっと身の丈にあった、弁護士会活動を行って欲しいと私は思っている。
 

 

 最後に一つ素朴な疑問がある。

 彼らの現実的な救済を本当に願うのであれば、弁護士会の財布をあてにせずとも、救済を願う有志で基金を作って谷間世代の返済に充当してあげればいいのだ。

 何故それをやらないのだろうか。

(この項終わり)
 

 おそらく大阪弁護士会の多くの方はご存じないと思うが、現在、大阪弁護士会執行部は、いわゆる谷間世代(修習中の給費制ももらえず、新たに認められた修習給付金ももらえず、自費で修習期間を生活せざるを得なかった世代)の弁護士会費(大阪弁護士会の一般会費)を減額する案を総会に提出しようと画策している。

 現在、大阪弁護士会では既に65期から70期の会員に対して5年間の一般会費の減額措置はとられており、その額は修習期によって若干違うものの、5年間で総額252000円から284000円が減額されている

 これに加えて、谷間世代には、さらに月額7000円で10年間、合計840000円分の減額を一律に認めたらどうか、という案だ。


 その理由として執行部は、谷間世代の会員の多くは300万円もの貸与を受けているものが多く、その三分の一の負担を軽減して、不公平を是正したい、と主張しているようだ。

 確かに、貸与金の返済が開始される予定の時期が近いことから、谷間世代の弁護士にとっては歓迎すべき施策かもしれない。
 しかし、残念ながら私は賛成出来ない

 まず第一に、同じ弁護士会に所属しその弁護士会を経済的に支えなくてはならず、また、同じ弁護士会館との施設を使用できる限り、会費は平等に負担するのが筋である。谷間世代の弁護士が弁護士会の制度や設備を制限的にしか利用出来ないのであればともかく、弁護士会の経済基盤は全会員が支えなくてはならず、かつ、通常の会費を支払っている会員と同等に弁護士会の制度や施設を利用可能なのであるから、当然であろう。


 また、会費が潤沢に余っているのであれば会員全員に対して会費を減額するのが筋である。仮に、谷間世代減額案が現在の一般会費を増額せずに実現可能だとしても、谷間世代の会費を減額するということは、谷間世代以外に対し、本来減額を受けられる会費を減額しない、という犠牲を強いた上で、成立しうるものなのだ。

 次に、そもそも給費制度→貸与制度→修習給付金と制度が変遷し、修習期別の不公平を生んだのは、国家の制度設計の迷走が原因であり、不公平を是正する必要があるのなら国家がやるべきことであって弁護士会がやるべきことではない


 また、谷間世代の弁護士も制度設計を迷走させた国家に対する不満はあるだろうが、その不満を、他の弁護士の犠牲の上で我々を優遇せよ等と弁護士会に対する不満にすり替えたりするような非論理的な思考をするとは思えない。また、そのようなことを潔しとしない弁護士も多数いるはずだ。


 また、言っちゃあ悪いが、不公平は制度変更がある場合に不可避的に生じるものでもある。私からいわせれば、受験回数が多いというだけで私は不合格になり、私よりも司法試験の点数が低かった人間が200人以上も合格した司法試験合格者若手優遇策の丙案などは、貸与制よりも、遥かにひどい不公平だった。
 仮に大学受験で現役生は競争倍率5倍で合格させるが、浪人生は競争倍率10倍を突破しないと合格させない、などと制度変更をしたら世論が許さなかったはずだが、私が受験していた時代の司法試験では、それがまかり通っていた。
 貸与制なら一応成績どおりに合格させてくれて、法曹資格は得られるが、丙案では法曹資格すら与えられなかったのだ。その差は果てしなく大きかった。

(つづく)

すみません。HPの表示が・・・。

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 つい先程気付いたのですが、当事務所のHPのアドレス

http://www.win-law.jp/

をクリックして頂くと、「相続サポートパートナーズ」という現在作成中のHP

http://souzoku.housou.org/

につながってしまう状態になっていたことが判明しました。

 現在は復旧しておりますが、しばらくは、キャッシュなどで表示されてしまうかもしれません。

 大変申し訳ありませんでした。

 原因は、HPについては、私がHPビルダーというソフトを使用して自作しているのですが、その転送設定を、どうやら誤って設定しまったことのようです。

 ついさっきまで気付かず、おそらく2週間近く?妙な表示になったままだったのではないかと思います。

 パニクりながら修復したはずですので、現在は復旧しているはずです。

 もし当事務所のHPアドレスをクリックしても、当事務所のHPが表示されない場合は、お手数ですがF5ボタンで再読み込みをして頂けますようお願い致します

 不手際、大変申し訳ありませんでした。

 皆様が、良きクリスマスをお迎えになれるよう、祈念しております。

 

ロシア語のこと

 NHKのEテレを見ていて思い出したことがある。

 30年以上前の話だが、大学に進学する際には第2外国語の選択が必要だった(今もそうだろうが)。


 私の進学した京都大学法学部は、当時ドイツ語、フランス語、中国語、ロシア語が選択可能だった。
 当時は、アメリカとソビエトがまだ冷戦を継続している時代で、2大強国とされていた。そこで、英語は受験で少しは勉強したから、もう一つの大国でありながら謎めいた存在であるソビエトのロシア語でもとってみようかな・・・。というほとんど理由になってない理由で私はロシア語を選択したのだった。

 当時の京都大学法学部は、第2外国語の選択によってクラス分けがなされており、私は確か5組に配属された。
 5組は中国語選択者とロシア語選択者を中心としたクラスだったが、一部にフランス語かドイツ語選択者がいたような気もする。クラス分けのあとに知ったのだが、ロシア語選択者は私ともう1人だけだった。

 330人強の法学部1回生のうち、ロシア語選択は僅か2名。しかも、残りの1人も、単位を取れずに中国語に変わったと、風の噂で知った。

 ロシア語の先生は、山口巌先生と植野修司先生だった。法学部生だけでは生徒が少なすぎるため他の学部のロシア語選択者も一緒に授業を受けていたはずだ。お二人とも人格的には穏やかな先生だったが、植野先生の授業は出席すると容赦なくあてて答えさせられた。植野先生からは、出席と試験が良くないと落としますから、と言われていたため出席せざるを得なかった。

 しかし、出席してもあてられて、トンチンカンな返答で恥をかくことも私は多く、ロシア語のある日は憂鬱だったという記憶しか残っていない。
 ロシア語には変な(?)アルファベットもあり、なじめず苦労したが、アルファベットさえ知っておけばローマ字読みの要領でなんとか読めることは新鮮だった。

 とはいえ、元もとロシア語を勉強したいという強い動機もなかったうえに、ソビエトに旅行することも当時はまず考えられなかったことから、私としては、ロシア語を身に付けるというよりも、最低点で良いのでなんとか単位を取ることだけに集中していたように記憶している。

 あとになって知ったのだが、お二人とも凄い先生だったので、もっとロシア文学などについて勉強して、いろいろお話しをお伺いすれば良かったと悔やまれる。それと同時に、そのような先生からロシア語を学べる環境にいたことは、実に恵まれていたのだと、今さらながら思うのだ。

 ただ、その環境の素晴らしさに当時は気づくことができなかった。

 それが悔しい。