サモトラケのニケ~2 2011.1.11掲載

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 ギリシャのサモトラケ(サモトラキ)島で発掘されたこの彫像は、勝利の女神ニケをモチーフにしたものだ。

 

 スポーツメーカーのナイキは、この女神の名NIKEから取られている。

 

 まさに飛び立たんと、翼を広げたその余りにも優美な姿は、見る者の心を奪うのに十分な美しさを持っている。

 衣服により表現された、吹き渡る風、飛び立つために大きく広げられたその両の翼。その翼の、わずか一度の羽ばたきで、地上の全てを消し去り、光すら置いてきぼりにし、幾千の歳月をかけ虚空を旅してくる星々の光と戯れることすらできてしまう飛翔が可能なのではないかとすら思われる。

 

 しかし、そのような飛翔がおそらく可能であると思わせながら、ニケは、微動だにしない姿を私達に見せている。

 

 まるで、全能なる神が、何らかの意図で、まさに飛び立とうとするその瞬間で時間を止めたかのようだ。

 

 そう考えていくと、展示場所もなかなかニクイ。天窓から自然光が差し込む「ダリュの階段の踊り場」に展示されている。

 

 上手くは言えないが、ホンの軽いひと羽ばたきで、光溢れる自由な天空へ脱出が可能でありながら、全能なる神によってまさにその瞬間に飛翔を止められてしまったニケを、天空とわずかに窓一枚隔てた場所に安置することにより、ニケに限りなく空に近い場所を与え、ニケの魂を鎮めようとしたのか、あるいは、ニケの羽ばたきで消し去られる可能性のある地上の崩壊を全能の神の気まぐれで阻止できた人類の安堵の思いがそうさせたのか、彫刻を見ながら様々な思いにふけることが出来るのだ。

 

 実は、この像については、右腕も発掘され、ルーブル美術館で保管されているらしい。

 

 そうなると、冷静に考えて、この彫像は、現実的には不完全すぎる像だ、と言えなくもない。発掘された右腕はつけられていないし、なにより、現状でも女神の頭・両腕が欠けているからだ。

 しかし、ニケから受ける印象は完全なる優美な躍動と美、そして(私だけかもしれないが)限りない静寂と孤独だ。

 

 不完全なのに美、むしろ、不完全であるがゆえの完全な美、ひょっとしたら、完全にパーツのそろったニケ像を見た神は、不要な部分を消し去ろうとしていたのではないか、ニケ像を、ずっと完成時のまま安置させ続けるのではなく、後に発掘される状況に置くことにより事後的に完全な美として完成させようとしていたのではないか、とすら思える。そうなると、右腕を敢えて修復しないルーブル美術館の判断は、さすがだといわざるをえない。

 

 これだけ書いても、私がニケ像を見ていて感じ・考えていたことの10分の1すらも、お伝えできていない。いつもながら、言葉は芸術の前には無力だと思い知らされる。

 

 ルーブルに行かれる機会のある方には、是非ご覧になって頂きたい彫刻だ。

 

 ※これは、あくまで坂野が個人的に感じた印象であり、専門家の方の分析と全く異なっていることも十分あり得ますし、全く間違っている可能性すらあります。でも、芸術って、人それぞれの受け取り方ですよね。