大小の火消し

 弁護士の友人と話していて一致したのが、問題が小さいうちに問題の本質を見抜いて解決すると、本当は依頼者の利益はとても大きいのにあまり感謝されないね、ということだ。

 確かに、火事でも小さな火元を見つけて素早く消火した場合は、被害は最小限に収まる。つまり消火活動によって得られる利益は多大だ。しかし、その消火活動は大きく評価されない場合も多い。

 これに対して、大火事になって相当燃え上がってから消防車が多数出て鎮火させた場合、ほとんど消火活動で救われる財産は残っていないかもしれない。ところが、この場合の方が感謝される度合いは強いように思われる。

 このように、人は自分が現実にリスクに直面してみないと、問題となっている状況のリスクを感じ取れない(潜在的リスクを理解できない)傾向にあるようなのだ。

 それどころか、弁護士が問題の本質を見抜いて素早く解決した場合、依頼者は、自分でもそれくらい解決できたと思いこむ傾向もあるように思う。

 現に、先だって、自分で解決しようとして数年がかりで解決できなかった案件を持ち込まれ、数ヶ月で解決に持ち込んだ際に、依頼者から、「こんなものですか、自分でもできましたね。」と感想を言われたことがある。

 そういう依頼者だったので、弁護士費用についても、「数ヶ月しか働いていないではないか」と払い渋りをされた。

 その案件も、別の弁護士がやり方を間違えて訴訟などになり、数年がかりで解決すれば、おそらく感謝されただろうし弁護士費用も頂きやすいだろう。

 依頼者は、弁護士があっさり解決してしまうと、簡単な問題だったのだと誤解しやすい。その場合には自分で解決しようとしてできなかったことなどもう忘れているのだ。

 人間は全てを理解できているわけではないが、早い解決は依頼者にとって多大な利益をもたらしていることが多いこと、解決できたことに弁護士の能力が関係していることも多々あること、を忘れてもらいたくないな、と思うときもときにはあるのですね。