寒蘭

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 いつの頃からか私の父親は、日本寒蘭を趣味にするようになっていた。


 洋蘭、特に胡蝶蘭はよく知られているが、日本寒蘭の花を知っている人はそういないのではあるまいか。
 

 寒蘭は、九州・四国・紀州という比較的暖かな地域で自生するそうで、私の田舎は和歌山県南部にあることから、紀州寒蘭が自生できる地域でもあった。


 寒蘭の花は、外三弁は真っすぐ一文字に開くかまたはやや抱えるものが好まれ、後ろに反り返る形は好まれないし実際に見ても美しく感じない。
 側弁は蕊柱を抱えるように閉じるものがよく、開くとよくないとされる。実際に見ても側弁が開くとだらしがない印象があり、良い感じに閉じていると控えめな印象すら受ける。
 舌弁は昔は大きく広がらないものが好ましいとされた事もあったが、最近では広く大きく迫力があり、そのまま巻かない物の方がより人気があるそうだ。


 私の印象だが、良い寒蘭の花は、まるで鶴が空を大きく舞うようにも見える形をもっている。それでいて、洋蘭のように自己主張が強いというわけでもなく、極めて美しいにもかかわらずその美しさを自らは主張せず、控えめでありながら凛とした強さを感じる、今や絶滅危惧種の大和撫子に通じる端正な美しさを感じるものなのだ。

 蘭は乱に通じるとの格言もあるように、かなり父親は寒蘭に入れ込み、蘭小屋を建てて、熱心に世話をしており、それは今も続いているようだ。

 寒蘭の図鑑のようなものも父は買い込んであり、その中で見た、土佐寒蘭の「豊雪」は、さして寒蘭に興味もなかった私でも、息をのむ程の美しさをもっていた。

 「豊雪」の花は、全てが乳白色であり、形も申し分がない。天使が雪を使って戯れに作りだしたのではないのかと思うくらい儚げでありながら、俗世の塵芥に染まることは決してないという毅然とした佇まい。このような花を人間のような世俗にまみれた生き物が鉢植えにして所持して良いものなのか、と感じるくらいの美しさだった。


 30年以上も前に父親に見せてもらった、実物の「豊雪」も、やはり美しかった。


 現在インターネットで出ている画像では、私の記憶している「豊雪」よりも形が少し崩れているものが多く、また色も純粋な乳白色ではないものもあって、真の「豊雪」の美しさを十分に伝え切れていないと思うが、もし機会があれば、一度本物の「豊雪」を御覧になっても損ではないと私は思っている。


 もとより、蘭にも様々な種類があり、洋蘭や春蘭もそれぞれの美しさをもっている。

 しかし、洋蘭のように爛熟さを感じさせる花よりも、端正な美しさを感じる寒蘭の方が私の好みなのである。