宮島のこと(昔話)~その1

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 私は、大学時代に中型二輪免許を取得した後、免許試験場で限定解除をし、憧れのスズキGSX-1100S(通称カタナイレブン)を運良く手に入れ、気分良く乗り回していた頃があった。当時は国内向けのバイクは最大で750ccであり、それ以上の排気量のバイクは、輸入するしかなかった。国産バイクでも750ccを超えるバイクは逆輸入しなければならないという理不尽な時代でもあった。

 カタナは、ハンス・ムートによる先鋭的デザインで見た目は文句のつけようがないバイクだった。とはいえ、実際に乗ってみると、まるで猛牛のように加速するものの、ライディングポジションはきつく、曲がらない、止まらない、クラッチワイヤーが切れやすいという弱点もあった。

 私はそのバイクで、北海道から九州までツーリングしたものだが、逆輸入車でメーターが240キロまであると、やはり男の子は馬鹿である。どこまでスピードが出るか試してみたくなってしまうものなのだ。


 ある春の日、早朝に目を覚ました私は、あまりに良いお天気だったので、なぜか、広島県の宮島の桜は綺麗だろうな~と思った。ひろしま美術館には、好きだった鴨居玲の作品「教会」もある。それを見るのも良いだろう。幸い、家庭教師のバイト代が入って少しだけなら余裕がある。

 よし、今から宮島にいって、桜をみよう。そう思いたった私は、バイクに乗った。


 大学にまで行かせてもらいながらこんなことをやってたことを知れば、親は嘆くだろうが、当時の京大は、語学・体育以外は出席をとっておらず、試験にさえパスすれば単位がもらえた。

 履修登録制度もなかったので、同じ時間に行われている講義であっても、試験にパスすれば両方の単位がもらえたのだ。例えば木曜日第3限に民法総則と刑法総論があったとして、物理的には、いずれかの講義にしか出席できないから、どちらかしか単位はもらえないはずであるが、試験にパスしさえすれば、どちらの科目も単位がもらえるという実におおらかな時代だった。

 一応、ちゃんと卒業はしているので、今となっては、親には勘弁してもらうしかない。


 さて、広島を目指して出発した後、名神高速を経由して中国道を延々と走っていると一直線のトンネルが現れた。

 平日であったこともあり、前後に自動車はいない。
 トンネルの中では横風の影響も受けない。


 よしやってやろうと、不埒な私は思ってしまったのだ。

(続く)